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liberta《リベルタ》  作者: はる
2/2

幻のピアニスト

お楽しみ頂けると幸いです。

 勇利のツイートがあってから三日。全く素性が分からず、謎に包まれた実弥子の存在は「幻のピアニスト」と呼ばれていた。話題は収束していくどころかどんどん拡散されていっていた。

 二万件だったいいねは三万件まで膨れており、再生回数は六十万回を越している。


 さらに驚いたのは、朝、ニュースを見ていた時だった。最近話題の出来事を紹介するコーナーで、勇利が投稿した、私のピアノの演奏が放送されていたのだ。

 とんでもなく恥ずかしくて、でも嬉しくてごちゃ混ぜになった気持ちのまま、実弥子は幻のピアニストの投稿のコメント欄を見た。すると、賞賛する声の中にやはり、


『え、何この人。全然上手くないよ』


『この曲、めっちゃ好きだったのにこいつのせいで嫌いになった』


『これで、いいねが三万件なら、私、十万件はいくわ』


 数々の心無い言葉。どうせ言われていると思っていた実弥子だったが、実際に見てしまった時の精神的ダメージはかなり大きかった。しかし、それと同時に、私の本領発揮した演奏も聞いた事がないくせにという、怒りと、もっと凄い演奏だって私は出来るのにという悔しさが押し寄せてくる。


 気がついた時には、家を飛び出して駅のストリートピアノへ向かっていた。



 そこに、ピアノはまだあった。実弥子は切らした息を整え、ピアノ椅子に軽く腰をかけ、鍵盤を見つめた。いつもなら指先から血の気が引いて、震えている。でも今は違った。つま先から指先までリラックスしていて、沢山の人に聴いてもらいたい。私の奏でる音で魅了したいと思っている。


 実弥子はなんだか、自分が自分じゃないみたいだと思った。そして、頼りなく見えたピアノも何十年も連れ添ったパートナーのように見え、何もかもが今までと違う。実弥子は大きく息を吸うと、鍵盤に身を委ねるように音を奏でる。


 優しく緩やかな旋律は、構内のコンクリートに響き、その音色は艶やかで誰もがうっとりしてしまうようなものだった。


 一曲、演奏が終わり、椅子から立ち上がるとピアノを囲むようにして人集りができていた。

 予想以上の人数に一瞬、たじろいたが、すぐに胸を張り、深くお辞儀をした。観客一人一人の拍手の温かみが体の芯まで伝わってくるようだ。今までのどんなに豪華なステージよりも、この客席もスポットライトもないステージが一番好きだと実弥子思った。

 そして、一人が始めたアンコールは次第に周りに連動し、観客全員がアンコールと連呼している。

 

 実弥子はとにかく、嬉しくて嬉しくて、何度もお辞儀をした。そして体を起こし、


「ありがとうございます。アンコールにお答えしてもう一曲演奏したいと思います。楽しんでお聴き下さい」


 そう言って、再びピアノに向かった。次は一曲目と打って変わって、カッコイイジャズの曲を演奏する。段々楽しくなってきて、自然と体が動き出した。観客からも楽しんでいる空気が伝わってくる。私とピアノと観客が一つの世界を作っている。ずっとこのまま演奏していたいと思った。


 二曲目も終わり、観客から暖かい拍手もらうと、観客たちは次の予定に向かって行った。

「素敵な演奏をありがとう。とても元気をもらえたわ。またこのピアノで演奏してくださいね」

 とわざわざ声をかけてくれた人もいて、今まで辛いことばかりだったピアノの練習の努力がついに報われた気がした。

 さぁ、そろそろ帰ろうかと荷物を持つと、後ろから一人が拍手をしてこちらに近づいて来た。振り返ると、そこにいたのはなんと、libertaリベルタの勇利だった。見間違えたかと思ったが背中に背負うコントラバスと、それに貼られているlibertaリベルタのステッカーが本人である証拠だ。


libertaリベルタの勇利さん?」

「うん。あなたは、幻のピアニストさん?」

「はい」

 

今日、この時から実弥子の人生の歯車が動き出した。

ご精読いただき、ありがとうございます。次話以降も「libertaリベルタ」をよろしくお願いいたします。

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