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06 拾われたもふもふ。




 もふもふの何かが、頬に当たる。温かさも感じるそれにすりすりと頬擦りをした。

 それでは飽き足らず、寝ぼけた私はハムッとくわえる。


「ふわぁああっ!」


 いきなり声が上がったものだから、飛び起きた。

 声の主は、白銀の狼耳と尻尾を持つ獣人の少女カリーだ。


「くわえないでください! レティエナ様!」

「あ、ごめん……カリー」


 頭を押さえている様子からして、私はどうやら耳をくわえてしまったらしい。

 申し訳ないと、コクンと頭を下げた。

 朝一で冒険者ギルドに行くと決めていたので、着替えを始める。

 白のワンピースを着て、黒のコルセットを締めた。スカートの下にナイフを忍ばせ、腰には剣を携える。

 今日はレベルアップを中心に、依頼もこなしてお金を稼ぐつもりだ。

 もちろん、カリーの件を片付けてから。

 出掛けるための服も、カリーに貸した。あのボロボロの衣服で外を歩かせられない。まぁ、被害者アピールをするためにはいい手だとは思うけれど、カリーの証言で十分だろう。

 とは言え、ワンピースとコルセットの組み合わせの服しか持っていないため、カリーも必然的にその格好となる。ワンピースは少々大きいか。でもまぁ許容範囲でしょう。


「こんな可愛い服、初めて……」


 そう呟いたカリーは、赤くなる顔を俯かせた。

 昨日の服装は、ズボンとパーカーに近い上着だったっけ。ズボンは、ほぼ短パンみたいに切り裂かれていた。険しい道のりを通ってきたのだろう。なんとしても、カリーを置き去りにした冒険者を成敗しなくては。

 話さないところを察するに、きっと両親は他界していて、苦労して宿代や食事代を稼いでいたのだろう。

 ろくにお洒落もできず。結構な美少女なのに。

 私は思わず抱き締めて、もふもふの髪の毛に顔を埋めて頬擦りをした。


「も、もう行きましょう! レティエナ様!」

「そうだね」


 じたばたともがくので、そろそろ家を出ることにする。

 すると、ドアを開いた先に、深紅の髪と瞳を持つ美青年が立っていた。


「おはようございます。レティエナ様。今日もお美しいですね」

「ルヴィ様……おはようございます。いつからここに立っていたのですか?」

「ちょうど今来たところです」

「……」


 こんなタイミングよく現れるだろうか。疑いの目を向けつつ、忠犬の如く待っていても別にいいっかと思い直し、冒険者ギルドに行くことにした。いや、それはそれで怖いけれどね。忠犬の如く立たれていては、一人暮らしの女性として恐ろしいことこの上ない。本当に忠犬ならいいけど。

 パン屋さんで、焼き立てのパンを買って朝食を済ませる。


「カリーさんの件が解決したあとのご予定は?」


 ルヴィ様に問われたから仕方なく、答える。


「依頼をこなしつつ、レベル上げですね」

「え? 今日レベル上げをするおつもりなんですか?」


 そこで私の腕に引っ付いて歩くカリーが驚いたように顔を上げた。


「うん、そうだけど?」

「ゴブリンなどを十匹倒してもレベルは上がりませんよ? 半年冒険者をやってますが、自分はまだレベルアップしていません。これでもゴブリンなどの雑魚で経験値を稼いでいましたが……レティエナ様はいつ冒険者になられたのですか?」

「言ってなかったっけ? 昨日よ」

「昨日今日でレベルアップが出来るわけありません!!」


 怒られた。毛を逆立てられて、怒られた。


「でも経験値が溜まればレベルアップする仕組みなのよね? つまりはレベル2の魔物を倒せば、それなりに経験値が入って冒険も出来て一石二鳥でしょう?」

「昨日冒険者になったばかりでレベル2の魔物に挑むつもりですか!? いけません! 危険すぎます!!」

「レベル上げをするなら、手強い敵を打破することが一番でしょう? その方が経験値が多いに決まっているもの」

「危険!! すぎます!!」

「カリー、私が大会で連勝したのを忘れていない? 冒険者としてのレベルが1でも、強さは最強だと自負しているわ」


 しがみ付く左腕がカリーに引っ張られるけれど、私は言い切った。

 自慢ですけど。

 これまで培ってきたものは、そこらの冒険者とは違う。

 確かに魔物と戦った経験は浅いけれども、それでもレベル2の冒険者と戦えば勝つ自信がある。

 思い出してくれたのか、カリーが引き下がろうとした時、右肩に手が置かれた。

 振り返ると、ルヴィ様がいい笑顔で。


「いけません」


 と言った。

 またもや私の冒険を阻む”紅蓮の騎士”……。

 そうこうしているうちに、到着をした。教会のように建つ冒険者ギルド。

 まだ朝早いが、色んな冒険者でごった返していた。

 依頼をこなして帰ってきた冒険者に、依頼を受けてギルドを飛び出す冒険者だ。

 カウンターに行き着くまで時間がかかりそう。

 さりげなくルヴィ様に肩を抱かれて引き寄せられた。私が冒険者とぶつからないようにしてくれたようだ。紳士……。

 並んでいたら、ルヴィ様がいると気付いた女性冒険者達が次第に騒ぎ始めた。男性冒険者達は、面白くなさそうに睨み付ける。

 どちらも視界に入っていないかのように、しれっとしているルヴィ様。この人、私以外に笑った顔を向けていなかったりするのだろうか。


「……カリー?」


 カリーが震えていることに気付いて、顔を覗き込む。


「自分のせいです……足手まといだから、置き去りにされた……だから責められるのは自分かもしれませんっ!」


 怯えた声で、カリーは言った。

 自分が全て悪いかもしれない、なんて。

 酷い目に遭って、心まで折れかかっているのか。

 左腕にしがみ付く彼女の頭を撫でて、私は「大丈夫」と伝える。


「足手まといだからって殺そうとするなんて立派な殺人。彼らが悪いわ。絶対に成敗しましょう」

「レティエナ様っ」


 また大粒の涙を落とすものだから、いい子いい子と頭を撫で続けた。

 そうして、私達の番が巡ってくる。

 ここは令嬢っぽく傲慢風に行こうと思い立つ。


「ギルドマスターを呼んでくださるかしら? 冒険者が冒険者を殺そうとした事件を報告しに来ましたわ。私の名前? レティエナ・ピースソーです」


 少し大きめな声量で、冒険者プレートを提示しながら、受付の女性に言う。

 周囲の冒険者は、ぴたりと話し声を止めた。注目を集まり、そして囁く。


「レティエナ・ピースソー……あの”冷笑の令嬢”だ」

「ああ、間違いない」

「”冷笑の令嬢”だ」


 この注目に焦りながら、眼鏡をかけた受付の女性は、慌てふためきつつ「ギルドマスターの部屋へどうぞ」と案内してくれた。

 中にいたギルドマスターは、いかにもインテリ系。銀髪と灰色の瞳。スーツを着こなし、片眼鏡をつけた男性だった。


「ギルドマスターのハイゼン・ベルクと申します。レティエナ様とルヴィ様ですね。お二人ともお噂はかねがね、レティエナ様の方はこの前の剣術大会の優勝ぶりは素敵でした。お二人とも冒険者になったということで、とても心強い味方を得た気持ちです」


 ソファーに座るように促されて腰を下ろすと、ギルドマスターはそう心境を語る。

 肝試しや興味本位で冒険者になったわけではないと知っているような口振り。

 私が勘当状態なのは把握済みなのだろうか。まぁいい。私のことより、カリーだ。


「今日は、殺人の報告をしに来たそうですね」

「はい。殺人未遂の報告です。彼女を昨夜保護したのですが、ボロボロで酷いありさまでした。レベル1なのに、レベル2の森に置き去りにされて三日間死に物狂いで戻って来たそうです。カリーの口から話してもらいましょう」


 私は真面目な顔で、隣に座ったカリーに促して、話をさせた。

 ぽつりぽつりと、カリーは【無限収納】のスキル持ちを利用して、レベル2の冒険者達と同行させてもらったと言う。

 しかし、足手まといだと【無限収納】に収めていたものを全て出せと脅され、食料も所持金も奪われた。そしてレベル2の森に置き去りにされたと話す。カリーは多少の魔法は使えたが、冒険者達の中に特殊スキル【沈黙】を使える者がいたそうだ。

 スキル【沈黙】は、魔法呪文を唱えることが出来なくなるもの。魔法が使えなくなるのだ。

 確か、効果持続はまちまちだったはず。スキル使用者が離れるまで使えなかったり、一日効果が続いたり。

 魔法も使えず、大変だっただろう。私はつい、またカリーの頭を撫でた。


「カリーさんですね。事情は把握しました。大変でしたね」


 ギルドマスターの言葉を聞くと、カリーは涙を落とす。


「スキル【沈黙】を持つレベル2のパーティと言えば、バダジェという名のパーティメンバーですね」


 カリーがびくっと肩を震わせた。肯定の反応だ。

 もしかして、ここのギルドマスターは冒険者全員の名前やスキルを覚えているのだろうか。だとすれば、やり手だ。


「念のため、あなたを殺そうとした冒険者の名前を教えてください」

「は、はい……」


 ぽつりぽつり、とカリーは名前を挙げた。

 メモをしたギルドマスターは、すぐに「大丈夫です。彼らの冒険者資格は剥奪され、牢獄送りとなります。安心してください」と優しくカリーに笑いかける。笑うと優男って感じだ。


「では、我々が捕まえに行きます」


 そう言って立ち上がるから、私達も部屋から出るために腰を上げた。


「ギルドマスター直々に捕まえてくださるのですか?」

「冒険者の間の問題ですし、殺人未遂ですからね。大丈夫です、こう見えても強いです。私は」

「疑っていません、強者の威圧を隠していますからね」

「そう感じますか?」

「ええ」


 私の【魔力感知】を舐めないでほしいし、これでも対人戦闘経験は豊富。相手の強さを感じられる。にこやかに笑みを交わす私とギルドマスターは、腹黒に見えるかもしれない。


「そうだ、ついでなので尋ねて構いませんか? 私がレベルアップのためにレベル2の魔物に挑むのは危険すぎるでしょうか?」


 冒険者ギルドのマスターに、大胆に尋ねてみた。


「そうですね……単体相手ならば、危険は低いでしょう。詳しくはサブギルドマスターにでも尋ねてください」


 そう答えてくれたから、私はワクワクした笑みでルヴィ様を見上げる。私が言いたいことをわかっているルヴィ様は、仕方なさそうな笑みになり肩を竦めた。

 ギルドマスターは、男手を三人ほど引き連れて、ギルドの建物をあとにする。

 サブギルドマスターは、女性だ。短パンとニーソと絶対領域に、肌を出している美しい女性。腰まで届く長い金髪を頭の後ろで束ねていて、翡翠の瞳で微笑む。


「自分のレベルより上の依頼を受けることは禁止していますぅー。でも、遭遇してしまい倒してしまったら、もちろん経験値にしてもいいのですよぉー」


 まったりした口調で話すサブギルドマスター。

 依頼は受けられないが、レベル2の魔物と戦うことは別に構わない。ということだろう。


「レベル2の魔物の単体に挑みたいなら、そうですねぇーこのレベル1の依頼をこなしながら、探してみるのはどうでしょうー?」

「薬草摘み、ですか?」

「はいー。その付近に出没するレベル2の魔物の資料はこちらでーす」

「ありがとうございます」


 差し出された依頼書と資料を受け取る。

 長居しては仕事の邪魔だと思い、冒険者ギルドをあとにしようとしたが、サブギルドマスターに引き留められた。


「カリーちゃん。ここで預からせてもらってもいいでしょうかー?」

「預かる?」

「はいー。ギルドマスターが、保護するようにと言ったのでー。念のため、ここにいた方がいいでしょうー?」


 外で万が一、カリーを殺そうとしたパーティに見つかるのは面倒だ。私とルヴィ様なら対処出来るが、カリーの安全のためにはここで保護してもらうことが一番だろう。

 カリーを見れば、何故かしゅんとしおれていた。嫌なのかしら。でも冒険者ギルドなら安全だろう。


「わかりました、ではカリーをよろしくお願いいたします。カリー、終わったら迎えに来るわね」

「えっ!?」


 バッと顔を上げたカリー。


「えって……カリーは他に行くところがないから、しばらく私の家に泊まりなさい。私が心配で落ち着かないから、これは命令よ」


 私はふふっと笑って、カリーの鼻を人差し指で小突いた。


「レティエナ様っ……!」


 また泣いてしまいそうになるから、頭をもふもふと撫でておく。


「ありがとうございます!!」

「じゃあ、いってくるわ」

「はい! 気を付けてください!」


 手を振って、カリーをギルドに預けて、私とルヴィ様は街の外へ出た。


「カリーさんは幸運ですね、レティエナ様に拾われて……。私も拾ってくれませんか?」

「何を言っているんですか、あなたには立派な家があるじゃないですか」


 口を開いたかと思えば、ルヴィ様は捨てられた子犬みたいに見つめてくる。

 そんな大きな子犬を拾ったりしません。


「ルヴィ様は代々騎士の家でしたよね」

「よくご存じで……嬉しいです」

「取り巻きの子達が騒いでいるのを聞いただけです。というか……仕事はないんですか? 冒険者になったり、私の同行をしたり」

「んー悩んでいるのですよね」


 顎に手を当てて、悩んでいるとルヴィ様が言った。


「何をですか?」

「騎士をやめるかどうか、です。今後騎士という立場でレティエナ様のお役に立てるかもしれないなら、やめない方がいいとは思うのですが、一緒に冒険者に専念した方が楽しそうだと」


 すごいことを笑顔で言い出したものだから、私はびっくり仰天してしまう。

 私を中心に考えて、騎士という高貴な立場を捨てるつもりなのか。

 多分、私が楽しくないからやめないでいいです!!


「ち、ちなみに、今日は……休みを取ったのですか?」

「ええ、有給が貯まっていたので使わせていただきました。当分は考えることにします」

「いや、やめない方がいいですよ……」

「そうですか?」


 にこにこっとしたルヴィ様は、なんだかとても楽しそうだった。



 

20200708

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