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05 焼き肉は最高。




「あー!! それは自分が焼いたお肉ですー!!」

「いいや、オレのだね。もぐもぐ」

「むきー!」


 賑やかだ。

 塩で味付けたタン塩を好きに焼くように言ったら、獣人の少女とヒュネロは取り合って食べた。

 その間、私は岩に置いたまな板の上で、次に食べたいと選んだホルモンことシマチョウを食べやすい大きさに切っては、お皿に並べてタレをかけておく。次はハラミを切って、と。これはタレと相性が抜群に決まっている。ルンルン。


「いいのですか? レティエナ様。刃物をあなたに向けたのですよ?」


 タン塩争奪戦に参加しないと思いきや、ルヴィ様がそう問う。


「え? そうですね……んー……」


 危害を加えようとした獣人の少女は、お腹が空いて必死だったのだ。

 かといって、そのまま、はいどうぞと一緒に焼き肉するのはおかしいか。


「まぁ、私はルヴィ様のおかげで無傷ですし、事情を聞きましょう。ね?」

「……レティエナ様が、そう仰るなら」


 納得はしたようだけれど、ルヴィ様はまだ気を許さないようで、片手で剣の柄を握ったままだ。


「それはなんですか!? 甘い匂いっ……!」


 果物も煮込んで作ったタレの匂いに気付き、ビンッと獣耳が立つ獣人の少女。


「これはシマチョウ、牛の小腸だね。タレは私が手作りしたんだよ。甘めに作ってあるから食べやすいと思うよ」

「甘いタレで……!」


 獣人の少女はよだれを垂らしそうな表情をして、お皿の上のシマチョウを見つめた。

 ちょうど網の上には何もなかったから、シマチョウを乗せる。甘いタレが焼ける香りが、広がった。


「もういいか? レティ!」

「まだだよ、内臓系はしっかり焼かないと。もうちょっと待っててね」


 そう言えば、ヒュネロも獣人の少女も正座して大人しく見つめて待つ。可愛い。


「ところで、名前を聞いてもいいかな? 私はレティエナ」


 こういう時に冒険者プレートを見せるべきかと思い、何より見せびらかしたいがために提示して見せた。


「あっ! これは失礼しました! 自分は、カリーと申します!」


 膝に手をついて、深く頭を下げた獣人の少女のカリー。

 顔を上げて、私の冒険者プレートをよくよく見る。


「レティエナ・ピースソー……様。ピースソーとは、伯爵家のピースソーと同じ家名ですね。”冷笑の令嬢”と名高いあのピースソー伯爵家と」

「いや、そのピースソー伯爵だよ」


 カリーが笑うから、私は平然と教えた。


「えっ!」


 素っ頓狂な声を上げるカリー。


「私がその”冷笑の令嬢”だけれど……そんなに有名なの?」

「えっ! えっ!? あの国民的大イベントのメレカオン学園の剣術大会や魔法対決大会で、連続優勝をした”冷笑の令嬢”!!?」

「うん、本人よ」

「上級生や男子生徒を冷笑で嘲り負かせて、圧倒的強さを示したあの”冷笑の令嬢”!!?」

「う、うん……」


 そんなに”冷笑の令嬢”と言わなくても……。

 冷笑で嘲り負かしてない……。


「は、伯爵令嬢にとんだご無礼をして申し訳ございませんっ!!!」


 カリーが青ざめて、また頭を深く下げた。

 私はシマチョウをひっくり返して焼く。


「いえ、令嬢ではなくても……刃を向けた報いは受けます……お肉を食べてから!!」

「タフだね、精神的に」

「満腹になってから、打ち首でもなんでも受けます!!」

「そう覚悟しなくても罰なんて与えないよ。あともう少し待っててね」


「長いな」とヒュネロは、しょんぼりと七輪の中を見つめる。


「罰を、与えないのですかっ?」

「そんなに驚くこと?」


 カリーはびっくりした表情をする。


「少なくとも、自分は……あなた方を殺してでも食料を奪おうとしました……」


 そう白状をした。


「そうまでしなくてはいけないほど、空腹になったのはどうしてなの?」

「そ、それは……」


 俯き言葉に詰まるカリー。

 待っていれば、食べ頃に焼けたから、新しくタレをかけてお皿に移す。


「ほら、食べて」

「あっ、い、いただきます!!」


 カリーが食べるのを見たあと、私も食べた。

 このぷりぷりした触感が堪りません。

 そして甘めのタレが絶妙です。


「んっ、ん~!」


 カリーもお気に召したらしい。

 まだ立っているルヴィ様とヒュネロにもお肉を渡して、また焼き始める。


「ん~……」


 だばーっとまた大粒の涙を流すカリー。

 泣くほど美味しいの?


「自分はっ……自分はっ! パーティーにクビにされて、置き去りにされたのです~!!」


 あ、違う涙だったみたいだ。


「パーティーをクビ……あなたも冒険者なの? カリー」

「は、はい……ぐすん」


 カリーが両手で差し出した冒険者プレートには。


 カリー

 冒険者レベル1


 スキル

 【無限収納】


 そう書かれていた。


「あら……あなたも【無限収納】スキルを持っているのね。つまり、空間魔法を極めたってことかしら」


 スキル【無限収納】は、空間魔法を極めると使えるようになるスキルだ。


「いいえ、自分は生まれ付きです」

「まぁ、それはすごいですわね」

「ええ……自分も最初はそう思っていたのですが……」


 稀に生まれ付きにスキルを持っていることもある。カリーのように。

 やはり魔法を学ぶ学園に通って極めなければ、得られないスキル。言っては悪いが、ボロボロのカリーには魔法学園に通うほどのお金は持ち合わせていなさそうだ。魔法学園に通えなければ、習得出来ないスキルとも言える。

 何せ、無限と言えるほどの空間に収納をするスキルだ。

 生ものを放り込んでも腐る心配はない便利な空間で保存出来、どんな大きなものでも収納可能なのだ。

 絶対に習得したいと頑張った。


「荷物持ちとして、レベル2の冒険者パーティーに入れてもらい、稼ごうとしていたのです……。レベルが高いほど、報酬が高いですから。でも危険も高くて……自分は足手まといだから、もう要らないと……レベル2の魔物がうじゃうじゃいる森の中に置き去りにされました」

「それって……ぶっちゃけ殺人未遂ですよね?」


 うるうるとした青い瞳から、また涙を落とすカリーから視線を変えて、ルヴィ様を見上げた。


「もう人間なんて信用しない!!」


 カリーが声を上げたものだから、視線を戻す。

 裏切られて、人を信用できなくなるのも無理はない。


「そう思っていたのに、レティエナ様がお肉を分けてくださり……自分は、自分は救われましたぁああっ!」


 と思いきや、焼き肉で救われたようだ、この子。

 焼き肉ってすごいなぁ。美味しいものね。

 私はこの焼き肉を生まれ変わってから恋しくて恋しくて堪らなかった。

 普通に七輪で肉を焼く令嬢なんて許されないから、我慢していたのだ。

 焼き肉、最高。

 また一つ、ぷりぷりしたシマチョウを味わって咀嚼した。


「とりあえず、この場合はどうしたらいいのですか? 冒険者ギルドに報告ですかね?」

「ええ、冒険者の問題ですからね。殺人未遂となると、冒険者の資格は剥奪されて、牢獄行きになります」


 シマチョウを口に運ぼうとして、一度止めたルヴィ様が答えてくれる。

 ルヴィ様が口の中に物を入れる姿ってちゃんと見てないと思い、それを口にするのを待って見上げていれば。


「……恥ずかしいので、あまり見つめないでください」


 そう照れた。頬が赤らんで見えたのは、焚火の明かりのせいだろうか。

 何故そこで照れるのか、わからない。

 女の子が大口開けて食べるところを見られるのが嫌と同じ?


「お、それ焼けたんじゃねーか? レティ。あーん!」

「はい、あーん」


 焼けたことを確認した私は、要求するヒュネロに食べさせてあげた。

 途端にゾクッと背筋が凍るような、冷汗が噴き出る。後ろを振り返ったら、とんでもない化け物がいる気がして振り向けない。そこにいるのは間違いなく、ルヴィ様だけなのに。怖いなこの人!


「それにしても、よくここまで帰ってこれたね?」

「三日ほど死に物狂いで魔物から逃げてきました」


 もぎゅもぎゅと咀嚼しながら、カリーは答えた。


「【無限収納】の中に食べ物は入れてなかったの?」

「一食分しか残ってなくて……あとは脅されて全部やつらに渡しました」

「悪逆非道ね。成敗してくれる。食べ終えたら、報告しに行こう」

「レティエナ様。その頃には、冒険者ギルドは閉まっていると思います」


 獣耳をしょんぼりと折り曲げたカリーを見て、一刻も早く成敗したくなったが、今ハラミを焼くところなのだ。

 すっかり陽が暮れていることをルヴィ様が教えてくれたが、私達はすぐさま冒険者ギルドに行くという選択肢を取らなかった。

 だって、お腹が焼き肉を求めているのだ!


「明日の朝、行こう!」

「そうしましょう! それはなんですか!?」

「ハラミって部分だよ! 甘いタレがぴったりだよ!」

「そう言えば、レティエナ様」

「なんだい、カリー」

「レティエナ様、全然冷笑ではないですね」

「こっちが素なんだよ。”冷笑の令嬢”は私の偽りの面」


 今更ながら、笑顔について指摘された。


「そうですか、レティエナ様の笑み、なんだか癒されます」


 カリーはそう言って、顔を綻ばせる。


「それはありがとう」


 私は笑みを深めた。

 ハラミを平らげたら、もうお腹は満たされていたけれど、カリーはまだまだいけるようで、残ったタン塩を焼いて食べてもらう。

 帰ろうと後片付けしていれば、カリーは帰るところがないとおずおずっと言い出した。

 どうやら、今まで例のパーティと宿で寝泊まりしていたらしく、顔を合わせたくない理由と他には所持金すら奪われたことを話す。

 ルヴィ様が険しい顔をしたけれど、私は「私の部屋に泊めてあげる」と答えた。


「あ、でも私は多分勘当されたから、家は豪邸じゃないよ。普通のアパートの部屋」

「勘当!!? 大会で連勝した実績と実力を持つのに、何をして勘当なんて……?」

「ただの婚約破棄だよー」

「……!!?」


 ますますわからないと言った様子で瞠目するカリーの手を引っ張って、街に戻るための道を進んだ。


「……レティエナ様、あまりにも無防備です。私も泊まらせてください」

「何を言いだすかと思えば、無理ですよ。ベッドは一つ。私とカリーが横になってもぎゅうぎゅうです」

「部屋にあげるだけではなく、同じベッドで眠るおつもりですか……」


 炎を操る”紅蓮の騎士”なのに、冷えびえした視線でカリーを見つめるルヴィ様。

 真顔だけれど、怖い。背景には、ゴゴゴッという効果音がぴったりだ。


「今日会ったばかりの相手にそこまで気を許していいのですか? 私は心配でなりません。床で眠るのでどうか、許可してください」

「同性ならいいじゃないですか……許可しません」

「レティエナ様っ」

「そんなすがるような目をしても許可しませんよ」


 カリーは悪い子ではないと思う。

 だから、気を許す。別にもふもふを抱いて眠りたいからという理由ではない。断じて。


「そう言えば、この騎士のような人は誰なのですか?」


 私の腕にひしっとしがみ付いたカリーは問う。

 どうやら、”紅蓮の騎士”の顔を知らないようだ。

 ルヴィ様は名乗る気がないらしく、恨めしそうに睨むようにカリーを見ていた。


「”紅蓮の騎士”ルヴィ様よ」

「”紅蓮の騎士”……って、あの女性達に超人気なのに微動だに靡かないと噂の!? レティエナ様にゾッコンじゃないですか!!」

「あ、う、うん……そうだね」


 私に三年ほど一途に想いを寄せているとは言えない。

 照れてしまうなぁ。照れるなぁ。

 ハサックルニーの街を囲う塀の門をくぐり、真っ直ぐに家路につく。


「では、失礼しますね。ルヴィ様」


 部屋の前まで送ってくれたルヴィ様を閉め出すようにドアを閉めたあとは、カリーと対峙する。


「さぁ! もふもふを綺麗にする時間よ!」

「へっ!!?」


 一緒にバスルームへと入って、シャワーを浴びた。

 もふもふの髪は、とても綺麗な白銀に輝く。獣耳も尻尾もだ。


「もふもふー!!」

「うひゃあ!」


 しっかりと乾かしたあとに、全力で触り頬擦りをする。

 もちろん、二人して寝間着のワンピースに着替えているので、大丈夫。……何がだろう。

 こうして、私の始まりの長い一日は終わった。


 その頃、外ではとんでもなく巨大な人魚と”紅蓮の騎士”が一触即発の空気になっていたことには、もちろん気付かなかった。




 ♰♰♰♰♰♰♰♰♰




「ほう……それが真の姿ですか? 精霊ヒュネロ様」


 レティエナに向ける笑みも持たず、無表情でルヴィは問う。

 自分を見下ろす巨大な生物に向かって。

 屋根を押し潰さないことが不思議なくらい、巨大な人魚が建物の上にいた。

 夜で暗がりになった辺りでも、その恐ろしい姿はうっすら目に見える。

 ずらりと並んだギザギザの口が開かれれば、ヒュネロの低い声が落ちた。


「オレのお気に入りの人間に手を出すなよ、イグニーのお気に入り」

「そう牽制されても、私の想いを止められるわけがありません。今日一日、おそばにいて改めて愛していると痛感しました。レティエナ様を、心から……」


 片手で自分の胸を押さえて、ルヴィが愛おしそうに目を細める。


「邪魔をするなら、精霊相手でも怯みません。一戦、交えますか?」


 もう片方の手で剣を抜こうとした。


「自惚れるなよ、小僧。お前如きが、オレどころかレティエナにも敵わない。お前如きが、レティエナを守れるわけがない」

「いいえ、守り抜きます。今日から本番なのです」

「……本番、か。フン」


 レティエナの人生が本番を迎えたことを、その言葉を聞き思い出したヒュネロは気に入らなそうに顔を歪める。


「いいか、手出しするなよ。いいな!? オレのお気に入りなんだ!」


 上にあった大きな姿が、バシャンと水となって零れた。大量の水は、辺りを濡らす。


「お気に入り、か。……ふふっ、精霊にも愛されているのですね。レティエナ様」


 後ろを振り返るルヴィは、レティエナがいるアパートの部屋を見上げた。




 

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