04 肉を焼く。
「騎士も特例で冒険者試験の同行が出来るなんて初耳です」
「そうでしたか。稀にあります。貴族の戯れに付き合って同行する騎士がいるのですよ」
「ああ、なるほど」
貴族の坊ちゃんが肝試し程度に冒険者試験を受けるが、危険だから騎士を雇って同行してもらうと言うわけだ。
安全に冒険者試験を受けるなど、冒険にならないではないか。
「ところで、ルヴィ様」
「はい、レティエナ様」
「いつまで手を繋ぐのでしょうか?」
「いつまででも手を繋いでいたいです」
にっこり、と私に向かって笑いかけるルヴィ様。
もう門を抜けて街の外に出ている。門番の視線が一番痛かった。繋いだ手とルヴィ様の顔を交互に見ては、驚いた表情をしていたのだ。
差し出された手に、自分の手を重ねた私が悪いのでしょうか。
きっと逃亡阻止のためだろうけど。
いや、半分は好きで握っていたいのだろうか。
「レティエナ様の手は、とても小さくて柔らかく……愛おしく感じますね」
前を向くルヴィ様の横顔は、嬉しそうだった。
……何も言えない。
何か話をしようとしても、一度開いた口は閉じてしまう。
そのまま黙って目的地まで手を繋いで歩いた。
南西の野原には、三十分ほどして辿り着く。
すぐに、二匹のゴブリンの姿を確認出来た。緑色の肌に貧弱そうな身体付きの魔物。
自然と二人同時に手を放し、私は腰に携えた剣を抜く。野原を駆け抜けて、こちらに気付いたゴブリンの頭をはねた。
もう一匹は怯む。手には捕まえたであろう兎の耳を握り締めていた。兎を狩るためにこの野原まで来たのかと推測。そして、構える。
兎を投げつけてきたから、横に避けて地面を蹴り上げて間合いを詰めた。そして喉を一突き。ゴブリンの緑色の血を振り払った剣を鞘に戻して、思う。
足りない! 圧倒的に冒険さが足りない!
危険を丸きり感じないのは、絶対に同行者の存在があるからだ。まぁきっとゴブリンだから、戦いの満足さも圧倒的に足りないせいもあるが、絶対に背後で私の安全を確保しているルヴィ様の存在のせい。
「ゴブリンを狩る数は指定されていませんよね。これで十分です。では、冒険者ギルドに戻りましょう」
「……そうですね」
ちょっとハプニング的な事態が起きないかと周囲をキョロキョロしたけど、手強い魔物が突撃するようなアクシデントは起きる気配すらない。
冒険者試験なのに、冒険者って感じがしないと気を沈めて踵を返す。
また差し出された手は気付かないフリをして、私は来た道を引き返した。
冒険者ギルドに戻ると、女性冒険者が増えているように感じる。噂を聞きつけたのか、お目当てはルヴィ様のもよう。黄色い声を上げて、頬を赤らめていた。
学園の女子生徒達だけではなく、女性冒険者達にも人気なのですか。
すぐ後ろを歩くルヴィ様を見上げてみれば、黄色い声など聞こえていないような、見慣れた真顔だった。
しかし、私の視線に気付くと、にこりと優しげに深紅の瞳を細めて微笑んだ。
にこ、と笑い返して、私はカウンターに歩いていく。
「先程冒険者試験に行ったレティエナです。ゴブリンを二匹、仕留めました」
「お待ちしておりました、レティエナ・ピースソー様ですね?」
「はい」
さっきの受付の女性は休憩にでも入ったらしく、青髪のボブヘアの女性が淡々と確認した。とてもクール美人な人で、ルヴィ様に視線を向けても見惚れた様子は見せない。
代わりに、彼女の後ろには数人の女性が、ルヴィ様を覗き込んでいる。
「同行者は、騎士のルヴィ様。本当に彼女一人でゴブリンを二匹仕留めたのでしょうか?」
「はい、レティエナ様お一人で仕留めました。二匹です。間違いありません」
ルヴィ様も真顔で淡々と証言をしてくれた。
「素性と素行には問題ありませんでしたので、このまま冒険者登録を行います。よろしいですね?」
「はい、お願いします」
私は気持ちを切り替えて、冒険者プレートをもらえることにワクワクして待つ。
「こちらが冒険者プレートとなります。これは冒険者の証明であり、また冒険者レベル、そしてあなたのスキルが表示される代物です。紛失した場合、再発行出来ますがその際は代金をいただくことになりますので、覚えていてください」
カウンターの上に差し出されたのは、カードみたいなもの。とは言え、両手よりもサイズが大きい。青色に透けていているだけで、今は何も表示されていなかった。
「プレートに手を重ねて魔力を込めてください」
「はい」
「名前を唱えてください」
「レティエナ・ピースソー」
「そのまま少しお待ち下さい」
言われた通りにしていれば、プレートが光り出す。
受付の女性が「もういいですよ」と言うので、掌を退けてみれば、白い文字で表示されていた。
レティエナ・ピースソー
冒険者レベル1
スキル
【忍者】【無限収納】【魔力感知】
「わぁ……」
本当に自分のスキルが表示されている!
私の冒険者プレート!
これで晴れて冒険者!!
「冒険者プレートの表示方法は、魔力を込める。それだけです。続きまして、冒険者レベルの上げ方について説明をします。見ての通り、ピースソー様の冒険者レベルは1です。皆がレベル1からスタートをします。これからは倒した魔物や魔獣に翳すだけで、経験値というものが入り、一定値を越えればレベルが上がる仕組みです」
「なるほど……」
冒険者プレートは、手放せない必需品か。
「先程狩ったゴブリンに翳しても経験値が入るのですか?」
「はい。しかし、冒険者試験の対象となる魔物を一匹や二匹では、経験値は微々たるものです」
「そうなんですね」
それからは、冒険者が依頼を受けるための掲示板の紹介してもらい、自分のレベルに合った魔物や魔獣についての情報の資料をもらった。
それを【無限収納】の中に入れておく。
冒険者プレートを大事に持って、私は新しい家に向かって歩く。
当然の如く、ルヴィ様もついてきた。
「嬉しそうですね。レティエナ様。余程なりたかったのですか? 冒険者に」
「楽しくなるのはこれからです。冒険者ですから!」
胸を張って言い退ける私を見て、ルヴィ様はクスクスと笑う。
「あ、遅くなりましたが、今日の同行ありがとうございました」
一応、礼を言っておく。
「お礼には及びません。私がついていきたかった、ただそれだけのことですから」
そんな話をしていれば、私のアパートに到着。
部屋の前まで送ると譲らなかったので、部屋の前でお別れの挨拶をする。
すると、ルヴィ様は傅いて私の手に口付けを落とした。
「私もとても嬉しかったです。これからも、よろしくお願いしますね」
なんて微笑んで去っていくルヴィ様。
これからもよろしくって……いつまで同行するつもりなのでしょうか。
「……ふっ」
ドアを閉めて、私は笑みを漏らす。
「ふははっ! 冒険は始まったばかりだ!」
家に帰ったのはルヴィ様に帰ってもらうため。
今日という日はまだ終わらないのですわ!
念のため窓から下を見て、ルヴィ様がいないことを確認した。そして【忍者】のスキルを発動させて、窓から飛び降りて着地。
真っ直ぐに門を目指して、外へと出た。スキルを解除。
さぁ、冒険と行こうじゃないか!
ひゃっほーい! と飛び跳ねて、私は南へ真っ直ぐに進んだ。
何人か、街に帰っていく冒険者とすれ違ったので、慎ましく横を歩いた。
そろそろ陽が暮れる時間帯だ。お腹も空いてきた。魔獣を探そう。
ゴブリンを見付けた野原よりも、倍は広い野原に辿り着く。見晴らしがいい。
一見何もいないと思ったが、森の中からのそのそと歩み出てきた牛が一頭、出てきた。
正しくは、牛型の魔獣だ。前に向かって伸びる立派な黒い角は、見るからに凶器。全体的に黒っぽい。恐らく普通の牛よりも何倍も大きい、巨体の持ち主だ。
私は再び【忍者】のスキルを発動した。
大きく半円を描くように駆け抜けて、背後を取る。
スキル効果で、全く私に気付いていない魔獣。携えた剣を、心臓目掛けて刺し込んだ。震え上がる魔獣の息の根を止めようと、剣をねじ込む。そうすれば、巨体はゆっくりと傾いて、どしんっと倒れた。
剣を抜けば、真っ赤な血に濡れている。それを振り払って、鞘に収めた。
「今日のごちそう、確保!」
魔獣の特徴としては、魔物と違い美味しくいただけるところだろう。
一応冒険者プレートを翳してみるが、レベルに変動はなかった。まだまだ経験値が足りないか。
まぁいい。明日からレベル上げに専念して、今日は新しい人生の幕開けと冒険者になった祝いをしよう。
スカートの下から、ナイフを取り出して、いざ捌く!
捌き方まで叩き込まれたお嬢様は私くらいじゃない?
今までの獲物よりかなり大きいが、なんとかなるだろう。先ずはお腹を掻っ捌いて血抜き。
手っ取り早く済むように、ヒュネロの魔法を借りよう。
「”ーー契約者よ、召喚に応じたまえ。水の精霊ヒュネロ!ーー”」
ナイフを右手に、左手を翳して召喚をする。応じれば、出てくる。大抵暇しているというので、きっと来てくれるはず。
「なんの用だ? レティ」
水の精霊ヒュネロは、私をレティと呼ぶ。
ぽんっと水飛沫を上げて登場したのは、猫ぐらいのサイズの人魚。宙にぷくぷく浮いている身体は、全体的にライトブルー色。下半身の鱗もその色に艶めく。髪はオールバックにして揺らめいている。男の子の人魚の姿だけれど、本来の姿はもっと巨大らしい。私はまだ見たことないけれど。二ッとギザギザの歯をむき出しにするように笑いかける顔はやんちゃな印象を抱く。
「今日やっと婚約破棄をされたの! 自由になったから、冒険者になったわ! ヒュネロ」
「おお! 念願の自由の身か! よかったじゃねーか! そんで冒険者になったわけか!」
報告をすると、知っていたヒュネロは笑みを深めて喜んでくれた。
「これからそのお祝いをしようと思って、魔獣を狩ったの。血抜きをお願いしてもいいかしら?」
「もちろんだぜ!」
ヒュネロは小さな腕を振ると、水の塊を生み出す。それから、腹を切り裂いた魔獣の中にそれを入り込ませて、身体中の血を吸い上げるかのように出した。真っ赤な血の塊が浮き上がる。
「ありがとう」
お礼を伝えてから、私は腕捲りをして、ナイフで内臓を取り出しては【無限収納】の中に放り込んだ。
「美味いのか? それ」
「ヒュネロの口に合うかはわからないわ」
そんなやり取りをしたあとに全てを収納し終えた。
「手頃なところで、食べましょう」
「レティの家で食べるんじゃないのか?」
「アパートで焼くと匂いが残るかもしれないから」
「?」
首を傾げたヒュネロを連れて、私は周囲を見回せて、座れそうな岩がある場所に移動した。
【無限収納】から、以前入れておいた七輪を取り出す。そして、塩と木目のまな板。
七輪には魔法で火を灯して、木炭を赤く染める。温めている間に、私はさっき捌いた魔獣を取り出した。頭を切り落として、舌を引っこ抜く。これはなかなか難しかったけれど、なんとか出来た。やはり、巨体なだけあって舌も巨大。
まな板に乗りそうになかったので半分切って、【無限収納】に放り込んだ。
「先ずはタン塩!」
ナイフでなんとか薄く切り落として、塩で味付けたら、七輪の網の上に並べた。
すぐに牛タンが焼ける匂いが広がる。
「おお! 美味しそうだ!」
クンクンと鼻を鳴らすヒュネロはお気に召したようだ。
タンを切り終え塩で味付けをしたあとは、お皿とトングと箸を【無限収納】から取り出して、焼けるのを待つのみ。
「本当に、美味しそうですね。レティエナ様」
「やはり、焼き肉は牛タンからですからね! ルヴィ様」
後ろからルヴィ様の声がかけられて、私は自然とそう無邪気に返した。
しかし、ルヴィ様の声がした理由に気付き、振り返る。
にこ、と笑みを浮かべる深紅の髪のルヴィ様がそこに立っていた。
「うきゃあああー!?」
思わず、叫んでしまった口を慌てて押さえる。
「る、ルヴィ様!? なんでここに!?」
「レティエナ様が冒険者なったので、私も冒険者登録のために冒険者試験を受けました。レベルを少し上げようと思い、魔物を探していたら、レティエナ様を見付けたのです」
ぽん、と肩に手を置かれた。
騎士なのに、冒険者になったのか。この人。
彼の笑顔に圧を感じてしまい、私は乾いた笑いを溢す。
お、怒っているのかしら……?
「あはは……ルヴィ様もどうですか? 冒険者になった祝いです」
「そうですね、お互い冒険者になった祝いをしましょうか。いただきます」
お皿を差し出せば、ルヴィ様は受け取った。でも腰を下ろそうとしない。それは周囲を警戒しているからだろうか。
「おい、レティ。こいつは誰なんだ?」
じとり、とルヴィ様を見るヒュネロが問う。
私は焼けたタンをお皿に移してから答えようとしたが、先にルヴィ様が口を開いた。
「初めまして、水の精霊ヒュネロ様。私はルヴィと申します」
「ルヴィ? どっかで聞いたことがあるぞ」
「ほら、火の精霊イグニーと精霊契約をしている”紅蓮の騎士”よ。前に話題にしたでしょう?」
「ああ! イグニーのお気に入りの人間か。ふーん」
にこやかな笑みを浮かべるルヴィ様を、気に入らなそうに睨みつけるヒュネロ。
ルヴィ様は火の精霊イグニーと契約している。紅蓮の炎を使うから、その名が付けられた騎士。
「ほら、熱いうちに食べてください」
私はまた塩を振りかけて、一口タンを食べた。
ん~、程よく弾力があって美味しい!
でもちょっとレモン汁が欲しいと思ってしまう。流石にそれは用意していない。
あ、でも焼き肉のタレは用意してある。果物も煮込んだオリジナルのタレだ。
タン塩を食べ終えたら、次は何を食べようかしら。あ、まずタレに漬けた方がいいかも。
鼻歌をしたいぐらい上機嫌になった私は視線に気付いて、顔を上げる。立って食べているルヴィ様と目が合う。
「美味しいですね」
ルヴィ様は、にっこりと笑ったあと、暗くなる前に焚火もしようと言い出した。
ルヴィ様の【無限収納】から焚火の木を取り出すと、火の魔法で火をつける。
うん、陽が暮れ始めたから、ちょうどいい。
二枚目のタンを咀嚼しつつ、私はまた七輪の網の上にタン塩を並べる。
「美味しいぞ」
ヒュネロの口にも合ったようだ。
よかった、よかった、と肉をひっくり返して焼いていると、かさかさと茂みを搔き分ける音が聞こえてきた。
魔物か、と【魔力感知】で気配を探る。どうやら違うようだ。人、みたい。
ルヴィ様は剣の柄を握り、構えている。
やがて、それが姿を現した。
ゆらりと立っているのは、女の子。私より小柄な少女のようだ。白っぽい髪は、多分白銀だろう。肩まで伸びて顔を隠していた。
ボロボロの衣服。そして手に握られた刃こぼれが目立つ短剣。何より私が注目したのは、頭についた獣耳。
獣人の少女らしい。普段は獣耳と尻尾を生やした人間の姿だけれど、戦闘態勢は獣に近い人の姿に変身する種族である。
「……よこ、っ……!」
「なんですか?」
聞き取れなかったから、私は問う。
か細く震えた声で、獣人の少女はまた言った。
「よこせ!!」
短剣を振り上げて、こっちに向かってきたが、ルヴィ様が私の目の前に移動をすると、短剣を持つ少女の手を掴んだ。そのまま腕の下にくぐらせるように反転させると、そのまま少女の勢いごと押し飛ばす。少女は転倒した。
「レティ、もう一枚くれ」
少女を全然気にしていないヒュネロに、タン塩を一枚、渡す。
「う、ううっ」
起き上がったかと思えば、少女のお腹から。
ぎゅるるるっ。
という音が大きく響き渡った。
少女はお腹を抱えて蹲る。
よこせとは、食べ物のことか。焼き肉の匂いにつられてやってきたのでしょう。
このおなかの虫の音からして相当空腹のもよう。
「どうぞ、食べてもいいですよ」
「えっ」
少女が顔を上げて、振り返る。
「お腹が空いているのでしょう? どうぞ」
私は程よく焼けたタン塩を差し出した。
目の色を変えて、少女はかぶり付く。
「ん~っ!!」
美味しかったようで、頬を押さえて、青い瞳を輝かせた。
獣耳はぴくぴくと動き、後ろでは尻尾がふりふりと揺れ動いている。
もふもふしたいが、先ず洗ってあげたい……。
「もう一枚どうぞ」
笑顔でまた差し出せば、少女の青い瞳から大粒の涙が次から次へと落ち始める。
「あっ、ありがとうございますぅううっ!!!」
タン塩にかぶり付いた少女は、咀嚼しながら大泣きした。




