10 流浪の魔女。
翌朝。牛の魔獣のサガリという部位を、ローストビーフ風に焼いて味付けた朝食を用意。
カリーとロンと一緒にそれを食べながら、今日の予定を話した。
「えっ? 自分も一緒にレベル2の依頼を引き受けてもいいのですか!?」
「ええ、レベル2が引率するなら、レベル1でも参加していいのよね? 私とどうせついてくるルヴィ様と二人で引率して、レベル2の依頼を遂行しましょう。もちろん、ギルドの了解を得てからだけど。嫌かしら?」
「と、とんでもないです!! し、しかし、自分はレベル1ですし……荷物持ちをすると言っても、お二方は【無限収納】スキルをお持ちですし……」
カリーはしょぼんと耳を垂らして、顔を俯かせる。
「カリーはなんで冒険者になったの?」
「それはもちろん、稼ぐためですが?」
「私は冒険がしたくて冒険者になったの!」
「は、はぁ……?」
身を乗り出して、告げた。
「危険なスリルをワクワクと感じながら、冒険したいのよ! 強敵を打破し、苦労して希少素材を見付ける! そんな冒険を、私はしたい!」
拳を固めて、私は力んで言ったが、座り直す。
「そんな私について来れるだけでいいから、付き合ってもらえないかしら? 同じ冒険者なのに別行動するなんて気が引けるし、前回のような裏切り行為の心配もしなくていいでしょう?」
「……そう、ですよね。自分も足を引っ張らないように頑張ってレベル2になります!!」
「その意気だよ、カリー」
安心したように笑みになるカリーを見てから、下でサガリ肉を食べているロンにも話しかけた。
「ロンはどうする? ついてくる?」
相変わらず無言のロンだけれど、ついてくるとコクンと頷く。
今日は何の依頼をこなそうか。
ワクワクしながら、ドアを開けると、そこには誰もいなかった。
「あら? ルヴィ様?」
ドアの後ろを見ても、ルヴィ様はいない。
「寝坊かしら……それとも騎士の仕事で招集がかかったのかしら」
「押してだめなら引いてみろ作戦では?」
「引いてみる作戦……彼らしくないわ」
そばにいたがった彼らしくない。そう思うのは、私だけだろうか。
「行先はわかっているのだし、一時間しても来ないようだったら、二人で依頼を遂行しましょう。そうなるとレベル1が無難かしら。ギルドに相談しましょう」
「そうですね」
冒険者ギルドで会うことにして、私達はアパートをあとにした。
時々ロンを振り返り、ついてきていることを確認。速足でついてくる。
私は今日は胸も覆うタイプのコルセットに、ワンピースを合わせた。
隣のカリーは、昨日買った短パンと大き目サイズの上着を合わせているが、ちゃんと手は空いている。腰に携えた短剣を扱いやすいだろう。
白い教会みたいな冒険者ギルドに到着をした途端。
「レティエナ・ピースソー!!」
フルネームで呼ばれた。またもやユージャックさんかと思ったけれど、どうやら違う。声は女性のものだ。
カウンターに寄りかかっていた女性が真っ直ぐ立つと、私の方へと歩み寄ってきた。
私よりも長身で、すらっとした足を惜しみなく出した短パン、コルセットで上げて寄せた胸は豊満。そして特徴的なのは、頭に被ったつばが広くてっぺんの先端が折れ曲がった帽子。童話の魔女の帽子みたいだ。
ボリューミーに頭を包み込む短い髪は、明るいオレンジ色。瞳もそれだった。
ニヒルな笑みを浮かべた彼女を、私は知らない。誰かしら……。
「やっと来た! 艶やかな長い黒髪、そして奇怪な白い瞳! 間違いなくレティエナ・ピースソーだね!!」
「どなたですか?」
私を確認しているところ悪いが、先に名乗ってほしい。
「ウチかい!? ウチは”流浪の魔女”! ……と言えば、わかるだろう?」
自信満々に言うけれど。
「わかりません」
そう私は、素直に首を左右に振った。
ガクリ、と肩を落とす”流浪の魔女”を名乗る女性。
「レティエナ様! 過去に魔法対決大会で優勝をしたことがありながら、城の魔導士になることを蹴ったと噂の”流浪の魔女”です! 名前は確か……」
「その通りだよ、獣人の少女よ! ウチも魔法対決大会で優勝経験したことがある! 名前はアビー・マックレイ!」
「そうですか、それで私に何か御用ですか?」
「反応うっすぅ……」
にこやかに対応をしたけれど、同じ大会優勝者に食いつかないせいか、またガクリと肩を落とす。
しかし立ち直りは早いようで、すぐに私に向かって人差し指を立てると告げた。
「レティエナ・ピースソー! 君を雇いたい!!」
「……?」
雇う。ピンと来ない私を置いて、アビーさんは話を続ける。
「ウチは二年前から君に目を付けていたのさ! 上級生を差し置いて魔法対決大会で優勝をした君の実力を見に行ってみれば、惚れ惚れしたねー。容赦なく強力魔法をぶちかまして、余裕そうで冷笑で見下す姿! 痺れたわ! 若いのに強い!」
「お褒めいただきありがとうございます。雇いたいとは、一体……?」
興奮しているところ悪いが、早く用件を言ってほしい。
「冒険者になったんだってな? しかも最速でレベル2になったって噂が届いたよ! 今なら君をお得に雇える!! それにしても、君ほどの実力者がまだレベル2なんて、冒険者レベルの決め方は見直した方がいいよね」
「冒険者の私を雇うってことですか……?」
まだ話が見えてこないので、説明をしてほしかった。
「そうだよ。まさか知らないのかい? 冒険者は傭兵まがいな依頼も受けれるんだ。ということで、レベル2でお買い得の君を指名する!」
アビーさんはウインクをして見せる。
ご指名か。
「傭兵みたいな仕事、ですか。しかし、そこまで言われるとレベル2の冒険者を雇う相場より高めに支払ってほしくなりますね」
「あーだめだよ、ノンノン! 勝手に値上げなんてギルドが許さないよ!」
「私はギルドを通して値上げしてもらえるように頼みます」
「ちょっと待って! 仕事もレベル2の単独でも十分こなせる内容だから、値上げやめて!!」
すると、サブギルドマスターが出てきた。
「アビーさんは、今金欠状態ですぅから、値上げは痛手ですねぇ。昨日のケルケルの頭を二つも買い取りましたからぁ」
「あの頭を二つとも買ったのですか?」
「そうさ! ありがたく、買い取らせてもらったよ。いやぁ~見てみたかったね、ケルケルと君の戦い! レベル3の魔物とレベル1の冒険者……やっぱり、冒険者レベルの決め方考え直した方がいいよ。サブマスちゃん」
「じゃあアビーさん、冒険者レベルを決める魔法道具作ってくださいよぉ」
「え~……気が向いたら」
ふむ。値上げはしないであげようか。あの頭の買い取ってくれたのだから。
「それで? 仕事の内容はなんですか?」
「これ、依頼書ですぅ」
とりあえず、仕事内容を聞くことにすれば、サブギルドマスターから渡された。
レベル1~レベル2の魔物が出没する森”シュヴァグラン”を通った先にあるルルアンの街までの往復の間の護衛依頼と書かれている。
「すみませんが、私を雇うとルヴィ・カルブンクルス様とこのレベル1のカリーがついてきます。あと魔物の猫のロンも」
「その可愛い獣人の少女はともかく、”紅蓮の騎士”とか言う男は要らん! 美女美少女だけの旅をしよう!!」
カリーも雇うことは別に構わないらしい。
問題は、ルヴィ様か。
後ろを振り返っても、ルヴィ様が来る気配はない。
ハッと気付く。これは冒険のチャンスではないか!
保護者なしの冒険!!
レベル2の魔物も出る危険な森を通る! 冒険の匂い!
「そうですね! 女性だけで行きましょう!!」
「やった! 交渉成立!!」
満面の笑みで、アビーさんと握手をする。
今すぐ行こう。ルヴィ様が来る前に、すぐ行こう。
「カリーもいいよね?」
「はい。レティエナ様の決定に従います。シュヴァルグランの森なら、ルヴィ様がいなくても大丈夫でしょう」
カリーも頷いてくれたから、早速アビーさんの護衛で、シュヴァグランの森へ出発することにした。サブギルドマスターには、ルヴィ様への伝言を頼んでおく。
移動手段は、徒歩。アビーさんの希望だ。
だいたいシュヴァグランの森に到着するまでが一時間。シュヴァグランの森を抜けるには、何もなければ二時間ほどだそうだ。
「ねーねー、レティエナ嬢。その麗しの髪に触ってもいい?」
「いいですけど……もう私は令嬢ではないので、ただのレティエナでいいですよ」
「じゃあ、触るね! レティエナ!」
上機嫌に横を歩いていたアビーさんが、私の後ろに回ると長い黒髪を手にした。
カリーは、私の前を歩いている。その間を、ロンが足を忙しなく動かしていた。
「うっわ! サラサラのつやつや! なんて美しい髪なんだ!」
また一人で興奮するアビーさん。
長い髪を褒められて、悪い気はしない。
「ところで、レティエナ。なんで貴族をやめることになったの?」
まだ髪を触りながらも、アビーさんは問う。
「噂で聞いていないのですか?」
「噂では、王子に婚約破棄されて貴族をやめて、冒険者になったとは聞いたけど」
「それで合ってます」
嘘じゃない。
アビーさんが、後ろで声を上げた。
「ええ!? これ以上の才色兼備の令嬢はいないのに、王子は誰をご所望なんだい!」
「光の精霊に愛される令嬢ですよ」
私はそれだけを答えておく。
「あの光の精霊に愛されるって相当心が清らかな令嬢なんだね」
「いいえ、魂まで清らかなんですよ」
「そこまで」
そこでカリーが顔だけ振り返った。
「しかし! レティエナ様だって、水の精霊に愛されているではないですか!」
「ヒュネロ? 愛されてるほどでは……」
「水の精霊ヒュネロと契約しているのかい!? 彼は結構気まぐれな性格だって有名だろう!? よく契約出来たね!」
またもや声を上げるアビーさん。
「あっ! もしかして、水の魔法を極めて【水】のスキルを獲得していたりするのかい!? 冒険者プレートを見せて見せて!」
「いえ、まだ極めていません」
「まだということはこれから獲得する気満々!? きゃー! 素敵!!」
一つの属性の魔法を極めると、無詠唱で扱えるようになる。
確か、ルヴィ様は無詠唱で火を扱っていたから、彼はスキル【火】を獲得しているはず。
「魔法を極めるとスキルの項目に入るのですね?」
「そうよ、カリー。私ももう少し極められたら、スキル【水】を獲得できて、無詠唱で自由自在に水を操れるわ」
「魔法は魔力を消費して発動するものだけれど、スキルは気力や体力を消費して発動するものって分けられているからね。無詠唱で操るのは気力や体力を消費する技、つまりスキルに分類されるんだよ。まぁ厳密には魔力で操っているけれど、消費量が多いのは気力や体力なんだ」
私とアビーさんで、カリーに教えた。
なるほどー、とカリーはうんうんと頷く。
「いいなぁー、ウチは精霊運全然なくて、精霊契約出来なかったんだよなーぁ」
「でも”流浪の魔女”と呼ばれるくらいですし、魔法対決大会で優勝もした実績があるのですから、魔法に関してはお強いのでしょう?」
やっと私の髪を離したアビーさんが、頭の後ろで腕を組んでぼやくから、確認してみた。
「まーね」
ニヤリとアビーさんは口角を上げる。
「そんな強いのに、護衛なんて雇う必要あったのですか?」
とカリー。
確かにそうだ。
「護衛がいるに決まっているじゃないか! ウチは魔法専門! 剣術も体術もからっきしだめ! 魔法は唱えて発動するものだ! どうしてもロスも隙も出来る。だからか弱いウチを守ってちょー!」
体術もだめ。せっかくすらっとした長い足があるなら蹴り技とか覚えればいいのに。なんて思う私。
「まぁ、こうしてレティエナを知りたかったから、って理由が大きいけれど」
「普通にお茶に誘えばいいじゃないですか」
「お茶に誘えばお茶してくれたの!?」
「……いえ、多分断ったと思います」
「なんでやねーん……」
ビシッとツッコミを入れるアビーさん。
知らない人とお茶はしないと思う。今日は冒険する気満々だったから、なおさら断ったに違いない。
「冗談抜きで、ルルアンの街でお茶しないかい? おすすめのケーキ屋があるんだ」
「ケーキ!」
「絶品でとろけるよ~」
「とろける絶品ケーキ!」
カリーが食べ物につられている。狼耳がびんびんに立っていた。
「まぁ、いいですよ」
「よっしゃ!!」
ガッツポーズをして喜ぶアビーさんと、バンザイするカリー。
道なりに歩いていたが、雑木林に挟まれた道に入った。
「私を知ってどうするんですか?」
「ん? 別に親しくなりたいだけだよ。前までは令嬢だったから気安く話しかけられなかったし、ましてや”冷笑の令嬢”でなおさら近付きづら印象だったからな。まぁ実際会ってみれば、全然普通の美少女。なんで”冷笑の令嬢”なんて呼ばれていたのか、不思議なくらいだ」
顎に手を添えて、私の顔を覗き込むアビーさん。
婚約破棄を目指した私の作戦”冷笑の令嬢”について話すべきか。
そう思ったけれど、私は喉に違和感を覚えた。何か詰まっているようなそんな感覚。
どうやら、私だけではなく、アビーさんも喉を押さえた。
カリーを見れば、目を見開いて青ざめている。
「これはっ……! 【沈黙】のスキルです!!」
スキル【沈黙】。魔法詠唱を封じるスキル。
それを持っているのは、カリーを置き去りにして殺害しようとした元パーティのメンバー。
まさかと過った瞬間に、腰に携えた剣の柄を握ったが、遅かった。
誰かに押さえ込まれるように、三人同時に地面へ捻じ伏せられる。
これは……重力の魔法!?
「くっ! 誰だ!? ウチに【沈黙】スキルを使うなんて!!」
悔しそうに声を上げるアビーさんに応じるかのように、雑木林から人が出てきた。
待ち伏せか! 【魔力感知】を発動していればっ!
立ち上がろうとしても、のしかかる重さに耐えられず、地面に張り付くことしか出来ない。
「カリー。よくも足手まといの分際で、オレ達を売りやがったな?」
「うあっ!?」
「カリー!!」
カリーの髪を掴み上げる男。
何故だ。昨日ギルドマスター達に捕まったはずじゃないのか。
いや、考えても無駄だ。今いることに、変わりはない。
「今度はオレ達がお前を売ってやる! 文字通りな!!」
「知ってたか? 獣人の子どもは闇市で高く売れるんだぜ!」
下劣に笑う若い男達。
「おい、こっちの女達はどうするよ?」
「っ!」
重さが消えたかと思いきや、腰の剣は奪い取られて、髪を掴まれて起き上がらせられた。
「上玉じゃん。一緒に売っちまおうぜ。どうせ冒険者業が出来ないんだから、その分稼がなくちゃな」
冒険者の資格を剥奪されたからって、人を売るつもりか。
カリーを殺害しようと置き去りにしたことといい、本当に下劣だ。
「や、やめてください! 報いなら自分だけが受けますから!! その二人は見逃してください!!」
「口答えすんじゃねーよ!! てめぇに選択の余地はねぇんだ!!」
「うっ!!」
カリーの髪を掴んでいる男が、涙ながらに訴えかけるカリーの腹を蹴った。
「カリー! っ!!」
すぐに駆け寄りたかったが、私も髪を掴まれたままだ。
「少し痛めみせてやろーぜ。傷がつかないてーどに」
「そうだな、こいつのせいで、冒険者プレートを取られたんだ。それくらいしないと気が晴れねぇ」
男達がそう話す声を耳にして、もう我慢の限界だった。
スカートの下に忍ばせたナイフを素早く取った私は、躊躇なく自分の髪を切り裂く。
地面を蹴り上げて、カリーの元まで飛ぶようにして抱き締めた。
20200712




