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01 冷笑の令嬢と紅蓮の騎士。




「婚約を破棄する!!」

「やった!」

「えっ?」


 公衆の面前で言い渡された婚約破棄に、思わずガッツポーズをするのは私。

 ”冷笑の令嬢”と名高い、ピースソー伯爵家の令嬢、レティエナ。

 艶やかな漆黒の長い髪と対照的に白に見える瞳が特徴的な容姿。


「婚約破棄ですわね?」

「あっ、ああっ! え?」

「やった!」


 婚約破棄を言い渡した当の本人は、困惑でいっぱいな顔をする。

 シヴェロコ王国の第一王子。オスカルテ・シヴェロコ。

 金髪のさらさらボブヘアーと青い瞳の持ち主。

 場所は、魔法を中心に学ぶ学園の生徒達が集まったパーティー会場。

 ざわざわとしている中心に、私と王子はいた。いや、訂正しよう。王子のそばには、もう一人令嬢がいる。

 桃色に艶めく金髪をウェーブさせた愛らしい少女。ミミリー・アンティティ。

 今年になって編入してきた魔法の遅咲きの子爵家の令嬢である。

 光の精霊に愛されている彼女は、特別なのだ。癒しの魔法を与える希少な精霊。まぁ愛しているのは、光の精霊だけではないのだけれど……。

 彼女もまた戸惑いでいっぱいで、おろっとしていた。どうやら婚約破棄は初耳のようで、私と王子を交互に見ている。

 王子も含め、全校生徒が戸惑っている理由はあれだと思う。

 冷笑か無表情のどちらかしか見せない、”冷笑の令嬢”である私が無邪気な笑みを浮かべているからだ。

 私も、この素を隠すのには苦労した。何せ私は前世から天真爛漫な子どもみたいな笑みが、チャームポイントだったのだ。

 家族にさえ隠し通したこの笑顔を開放できる時が来て、心からホッとしてしまう。


「な、なんなのだ? その笑みは……今まで見たことないっ」

「見せなかったので、当然ですね!」

「は!?」

「これが私の素なのです」


 私は胸を張って、そう言い退けた。これくらいのネタばらしはいいだろう。


「か、可愛いっ」

「ミミリー!?」

「あら、ありがとうございます。ミミリー様」


 思わずといった風に褒めてくれるミミリーに、私は頬を押さえて笑みを深める。

 今世の容姿は前世よりも美しいから、褒められて当然とは言え、嬉しいものは嬉しい。

 本物の笑顔なら、余計だ。


「殿下、婚約破棄の理由は、ミミリー様に冷たく当たっていたことが原因ですね?」

「あ、ああ! そうだ!」

「その上、ミミリー様に恋をしたため、彼女と婚約をしたいためですわね?」

「そ、その通りだ!」

「大丈夫です、殿下。婚約破棄は認めます。この場にいる全校生徒が証人ですわ」


 両手を広げて、全校生徒を示した。


「オスカルテ殿下は、生まれる前から婚約者と決まっていた私との婚約を破棄なさった」

「そうだ! 元々親同士が決めたことだ!」

「ありがとうございます!」

「ありがとうございます!?」


 私は笑みを弾けて、お礼を伝える。

 だって、この時を待っていたのだもの。


「今まで冷たく当たってごめんなさい、ミミリー様。お幸せになってください」

「え? え? は、はい……」


 優しく笑いかけて、ミミリーに祝福を送る。


「では、邪魔者は退場します」


 お辞儀をして、私はその場をあとにした。

 私の顔は、緩みっぱなしである。

 やっと、これからは自由に生きられるのだもの!

 前世では、私は不運にも事故で命を落とした。

 そんな私の魂を拾った神様は自分が愛した魂を幸せにしたいがために、私に悪役令嬢を演じてほしいと頼んだ。

 悪役令嬢ものを読んで知っている私に演じてもらい、あとは好きに生きていいとのこと。

 どんな世界に転生させられるかを聞いた私は、二つ返事で承諾をした。

 そう、ミミリーは神に愛された魂の持ち主なのだ。

 可愛いし、光の精霊に愛されるほど心も優しい。神にも愛されて当然の魂の持ち主だ。

 神様は平等ではないと、昔から思ってはいたけれど、本当だった。

 でも構わない。私は好きに生きるのだ。

 ”冷笑の令嬢”と呼ばれるに相応しいピースソー伯爵家は、家族愛の欠片もなかった。

 生まれる前から婚約者を決めていたのだ。しかも、王妃にするつもりだった。

 問答無用の稽古の嵐だったが、私はそれを耐えて乗り越えたのだ。まぁ、時折、逃げ隠れもしたことはあったけれども。

 おかげで必要以上のことは身についた。

 つらくもあったけれど、この十六年は悪役令嬢を演じただけではない。

 生き抜く準備は、出来ている。

 これから、私は冒険に行く。

 ルンルンで歩いていけば、一人の青年が立ちはだかった。

 深紅の髪は煌めくほど綺麗で、でも光が当たらないところは黒い。瞳も同じ色だ。

 私は見上げるくらい背が高い。とても美しい顔立ちをしている。

 ”紅蓮の騎士”と呼ばれているオスカルテ王子の護衛の一人。ルヴィ・カルブンクルス。

 女性に黄色い声援をもらっているのに、何も聞こえていないかのように振舞うクールな騎士という印象を持っている。あと、よく目が合う。

 そんな”紅蓮の騎士”の手には、真っ赤な薔薇の花束を片手に持っていた。

 綺麗な薔薇。それを見つめたあと、”紅蓮の騎士”に向かってにっこりと微笑んでお辞儀をした。


「ルヴィ様」

「レティエナ様」


 特に困惑の表情を見せないどころか、柔らかく微笑み返すルヴィ様。

 私の素の笑みを見ても驚いていない。というか、初めて笑った顔を見た気がする。

 笑っても、美しい顔だ。見惚れていれば、私の目の前で片膝をついた。

 そして、薔薇の花束を差し出す。


「ずっと愛しておりました。どうか、私の想いを受け取ってくれませんか?」

「えっ……?」


 唐突の告白。

 驚きのあまり、私は心の中で叫んでしまった。

 えええっ!!?


「えっと、ずっとって……いつからですか?」

「三年前から」


 三年前から!?


「私と挨拶したくらいですよね……?」


 全然、彼と会話をした記憶が思い浮かばない。

 二人っきりになった記憶もなかった。


「はい。ですが……三年前に、精霊と話をしているあなたを見かけたのです」

「精霊……」


 思い浮かぶのは、精霊契約をしてくれている水の精霊。ヒュネロ。

 ミミリーと光の精霊とは違い、精霊級の魔法を貸してくれる代わりにこちらも何かしら力を貸すという条件で契約を結んだ。

 ミミリーは無条件で使い放題だろう。

 別に羨ましいとは思わない。持ちつ持たれつの関係の方がいいだろう。

 三年前と言えば、そんなヒュネロと水遊びをしたことを思い出した。水遊びをするなら精霊契約をすると言い出すから……。

 え、やだ。そんなところを見られたのだろうか。


「水の精霊と戯れている無邪気にはしゃいだお姿に見惚れてしまいました」


 やばいな。恥ずかしい。

 ちゃんと仮面を被って”冷笑の令嬢”を貫いていたのに、思わぬ目撃者がいたものだ。

 そう言えば、水遊びのあと、ヒュネロと”冷笑の令嬢”と通していることを打ち明けたのだっけ。

 もしも学園で召喚して、私の豹変で驚かせてはいけなかったから。

 それを聞かれていたということか。私は額を押さえた。


「それは……どうもありがとうございます」


 おずっと頭を下げる私は、お礼を伝える。


「けれども、ルヴィ様のお気持ちに応えることが出来ません。私は今さっき婚約破棄をされたばかりです」

「傷心しているですか? 大丈夫ですか?」


 心配の眼差し。


「あーお構いなく、全然傷ついてはいません」

「よかったです」


 ひょいひょいっと手を振って、傷心を否定した。

 ルヴィ様は、にこっと笑みになる。


「あなたの本当の笑みを向けてもらえて、嬉しい限りです。今はこの花束だけでも受け取ってもらえませんか?」

「あ、はい」

「それから、尋ねてもいいですか? これからどうなさるつもりですか?」


 立ち上がったルヴィ様が、首を傾げてまた心配そうに覗き込む。


「私は……」


 私を王妃として育てたピースソー伯爵家は、婚約破棄を知れば勘当するだろう。

 家には帰らない。帰るつもりもない。

 それを尋ねているのだろう。どこに帰るのか。


「大丈夫です、もう小さなアパートの部屋を借りているので、そこに帰ります」


 いつでも婚約破棄と勘当を受けてもいいように、アパートの部屋を借りていた。

 貯金はいくらかあるのだ。


「それで、私は今日から冒険者になるんです!」


 満面の笑みで、そう答えた。

 ふふふっとルヴィ様も笑うとこう言う。


「冒険者になるのですか。おともしてもよろしいですか?」

「なんでそうなるのですか?」

「レティエナ様があまりにもキラキラした目で笑うので、ついついていきたくなりました」


 どういう理由。

 そんなに目が輝いているのだろうか。


「では、今日はこのまま冒険者登録をしに行くのですね。一緒に行ってもいいですか?」

「だからなんでそうなるのですか?」

「そばにいたくて……つい」


 照れたように微笑むルヴィ様。

 ついって、どんだけです。三年も片想いしていたから、その反動でしょうか。


「冒険者登録をしたあとは、まず腕試しにスライムかゴブリン狩りをするはずです。おともしましょう」

「いや! ”紅蓮の騎士”様におともされては、冒険にならないですよ!」


 冒険とは危険を冒すことだ。王子の護衛を務める騎士様がついてきては、冒険にならない。


「レティエナ様が弱いとは思っていませんが……万が一にも掠り傷でもついたら心配でなりません。守らせてください」


 私の手を取り、手袋をした両手で包み込むと、真剣な眼差しで告げた。


「あの! ソロでも片付けられるスライムやゴブリン狩りなのに! 騎士の守りはいらないですよ!!」


 私に冒険させてください!!!




 

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