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第五章  全てを喰らうモノ  3  人形と天使

 「ぜぇ、はぁ……」


 誠は走っていた。恐らく今までの人生の中でもっとも一心不乱に走っていた。

 なぜなら後ろには不気味な小人がドタドタと走って追いかけてきていたからだ。

 黒い体に紅い瞳を輝かせた身長50センチ程度の小人は右手にフォーク、左手にナイフを持って誠を追いかけてきていた。

 なぜこんな事態に陥ったのかというと。


 紅い太陽に注意を向ける→背後から現れたアギトに気づかなかった→それでも虫の知らせのおかげで脳天唐竹割を神回避→拾った袋を握りしめて全力逃走という流れで現在に至る。


 「それにしても何がどうなっているんだ!?」


 誠が疑問を呈したのは周りの風景である。つい数分前まで草原にいたはずなのに、なぜか森に変わり今は砂地をひた走っていた。

 砂を踏みしめ走り続ける誠の後ろには相変わらず小人が短い足を関節を曲げずに動かし執拗に追いかけてくる。

 足の速さでは誠の方に軍配が上がるが体力では向こうに軍配が上がる。現にじわじわとアギトが誠と距離を詰めつつある。

 額の汗もそのままに誠は道なき道をひた走る。だが落ちた体力は確実に誠を危機に追い込んでいく。

 「あっ」と思った時には既に手遅れだった。

 砂に足を取られた誠が頭から地面に突っ込む。

 だが、誠は起き上がる事はせずにそのまま体を右に転がす。その直後ザスッと砂に銀色に輝くナイフが誠が倒れた地点に突き立った。

 

 「なんかここに来て虫の知らせがレベルアップしたような気がするよ!」


 今まで疎ましいとしか思っていなかった直感に感謝しつつ誠は回転の勢いを利用して起き上がるとそのまま逃走を開始した。

 だが、このままではいつか追いつかれるには明白だ。

 

 「ぜぇ、はぁ、普段から、運動、しておけば、よかった……!」


 泣き言をいいながら小山を駆け上がり反対側へと滑り落ちる。時折、彫像のように固まっている人を見かけるがそれを気にして足を止める暇などない。

 大分距離を稼げたのではと誠が気を緩めた瞬間、背中に強い衝撃を受けて誠は前方に大きく弾き飛ばされた。

 何が起きたのか誠はすぐに把握した。

 遮蔽物のない開けた場所だからこそ正確に狙いをつけた巨大フォークの一撃を喰らってしまったらしい。


 (刺さらなかったのはラッキーだったけど……。あっ、空に天使が見える。痛みで幻覚が見えてきた)


 上空で翼を広げた天使が対物ライフルのように武器を構えているのを見て誠は思わず笑いそうになった。どうも友達に借りたラノベの影響を受けすぎたようだ。

 そして、天使が構えたライフルから放たれた一撃は綺麗にアギトの胸を貫いた。


 「そこで倒れている人!危ないから動かないで下さいね!」


 まだ幼さを残す声が誠の動きを制する。

 何をするつもりなのか見届けようと体を起こした誠が見たのは地平線の向こうからゆっくりと迫ってくるアギトの群れだった。しかもその姿は誠を追いかけ回していたアギトに酷似している。

 そして誠はそこでようやく敵の姿を見て動きが鈍かった理由が理解できた。


 「小人じゃなくて人形だったのか」


 外国で売っていそうな割とリアルな顔立ちをしているが鼻や口は作り物なのに目だけが生き物のように紅く輝いているのは夢に見そうなほど不気味だ。

 そしてその関節のない人形たちが手にしたナイフ、フォーク、スプーンを一斉に上空へと放り投げる。ぎこちないフォームにも関わらず軽く五階建てのビルを跳び越すような飛距離を出すところを見ると単純に力だけで投げているわけではないのかもしれない。

 だが上空の天使は更に上空へ飛び相手の攻撃が届かない位置へと移動し翼を大きく広げた。純白の翼から舞い落ちる無数の羽が煌めく。

 

 「ターゲットロック、フルファイア!」


 天使が放った一発の光弾を皮切りに宙に舞った羽がビームに変じて地上を歩く人形の群れに次々と降り注ぎ地上に爆炎の華が咲きアギトたちが面白いように破壊されていく。光弾が、ビームが、爆風が多くの異世界人を怯えさせた悪魔を一切の容赦もなく蹂躙する。

 その光景に誠はただ見入るしかなかった。

 そして、だからこそ自分の後ろに異変が起きているのに気づくのが遅れてしまった。

 両膝を着いた状態のまま誠の体が後ろへと引っ張られていく。いつの間にか誠の背後に蟻地獄のようなすり鉢状に広がった穴が口を開き周囲の砂ごと誠を運び去ろうとしていた。


 「いけない!」


 地上と距離をとっていたことが仇となり異変に気付くのが遅れた少女が急降下して誠に手を伸ばす。

 その手を誠が取ろうとする前に穴が一気に拡大した。


 「また落ちるのかよ~!」

 

 そんな悲痛な叫びを残して誠の体が穴に消え間髪入れずに空間が元に戻る。


 「くっ!」


 地面スレスレで急停止、砂を巻き上げながらそのまま急上昇した少女は唇を噛む。

 

 「またわたしは……!」


 そんな少女の後悔の言葉は飛んできた火球を避けて中断される。

 物を投げる事に限界を憶えた人形モドキたちが魔術を使って少女に攻撃を仕掛ける。


 「邪魔しないで!」


 その攻撃をかいくぐりながら人形たちの上空から爆撃のようにビームの雨を降らせ少女はそのまま戦場を離脱した。

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