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イケメンの悩みごとの件。

 ここのところ、耳長族のイケメンことオゥウェンは微妙に機嫌が悪い。


「何かあったんですか?」


 気にしつつも本人に聞けないのが翔君。

 というわけで、日本から転送した宿題を受け取りに来たついでに、俺に質問してきました。


「ああ、ここのところ即時奪還論者が文句言ってるらしくってね」

「即時奪還論者って?」


 これは編み物に悪戦苦闘してた小島。

 冬の間にマフラー一本は編み上げたんだけど、靴下は完成させられなかったのが悔しかったらしい。最後まで仕上げると頑張ってます。完成するの夏になりそうだけど。


「故郷を人間から取り返そうとしてるひとのうちの、過激派」

「過激派なんているんだ。なにやってんの?」

「とにかく攻め込んで取り返そう、て主張してるねえ」


 それはまあそれで方針の一つではあるんですが、問題が一つ。


「攻め込む戦力って、あるんですか?」

「そこなんだよ」


 耳長族全体の方針としては、奪還後の維持や復興の計画を立てて、機を見て奪い返す計画になっている。今は準備の時期で、うちの農園で必要な技術を学び、経済力をつけ、人脈を構築して外交戦の下地を作っている段階だ。

 それになにより、人数が足りない。


「もとの耳長族の土地って結構広いのに、人数少ないからね。攻め込む戦力も足りないし、たとえ人間を追い出しても、守り切れないんだよ」


 追い出しただけだと、また押し寄せてくるからねえ。

 人間を追い出した後には当然、国を守り続ける体制が必要になるんだけど、今の耳長族の人数と武器と経済力では、守り切れない可能性が高い土地がちらほらある。


「守るって、長城とか堀とか作んの?」

「何らかの設備は必要になるだろうね」


 境界線を引くのは当然として、問題はその境界を相手に守らせる方法のわけですよ。


 なにしろ相手は、対岸の耳長族の土地に良い麦が実ったら、それを『収穫』に来るような連中だ。自分の畑とそうじゃない所の区別すら付けないんだから、境界線だと宣言するだけでは当然、無視される。

 人間が理解できるのは武力だけ。実力で強制してやらなければ、境界を守る事すら出来ないと考えて良い。


「この農園の場合は魔道具使って障害構築してるけど、それでも警備が回り切れる範囲でやってるんだよ」

「管理しきれる範囲ってことですか」

「そういうこと。昔より人が増えたからかなり範囲を広げたけど、それでも無駄に広げる体力はないからねえ」


 今は専従の警備部がいるから出来るようになったことも多いです。

 とはいえ今回、略奪に全力をあげる人間の国に対して警戒線を前進させたのは、うちもかなりギリギリでやってます。


「でも、今年の春に警戒範囲を広くしたって言ってなかったか?」

「うん、今の状況だと必要だからね。人間が接近してきた時に判りやすいように、情報が入りやすくしてる。警戒線を作るついでに、あっちの軍隊が行動しにくいようにところどころ破壊してるけど、それはオマケだね」

「オマケなんだ?」

「あちらさんが道を直すのは妨害しないから」


 こちらはあくまでも、相手が攻め込む体力を削るためにやってるだけですんで。


「これまでも、人間の動きを把握するために仕込みはしてたんだけど、今回それに追加して、一番外側で警報を出すラインを引いたんだ。これが警戒線」


 テーブルの上に指で仮想的な線を引く。


「この線に接触したら、今まで以上に積極的に情報収集をする。ただ、攻撃はしない」


 経路上にトラップは満載だけど。


「その内側にあるのが一次防御線。ここからは実力行使が始まる場所だね」


 今回、一次防御線も一部だけ前進させました。ティーグとバダンのあたりが該当します。


「一次、てことは何段階かになってるんだ」

「そういうこと」

「昔の城跡みたいですね、三の丸とか四の丸とかあるあれといっしょですよね?」

「そう思ってくれれば良いよ」


 二人とも理解が早くて助かります。


「……あのさ、これ、すごい人数要らねえ?」


 在庫管理にリクルートされてる小島だけあって、そこに気が付いたようです。

 必要な物資と人数の事を考えたんだろうね、やっぱりそういうのに関わる仕事に向いてるんだろう。


「基本的に人海戦術と物量戦だねー」


 うちは人数が足りないので魔道具頼み。あと、一次防御線から二次防御線にかけてはトラップでの対応が基本になります。

 機雷とか地雷とか仕掛けておくのと一緒です。


「大赤字にならない程度にやってるけど、お金もかかる。だから、やれる事の限界ってあるわけ」

「ここ魔王さんが魔道具作れるから、安く上がってたりするのか」


 魔王なんてひとはいませんが。


「まあね。でも生産力の限界があるから、やっぱりそうそう広げられるものでもないよ」


 うちは兵器製造工場を持ってるわけじゃないんで。

 俺が作ってるのは手作りだし、農機具工場だって小規模。そもそも工場のほうでは、農機具の修理の合間に作れる程度のものしか作ってません。


「だよなー」

「下手に相手に経験積ませると厄介なんで、派手な攻撃とかもできるだけ避けてるから、そう面倒くさい魔道具もないけどねえ。それでも手作りは限界あるよ」


 購入もしてるけど、農業やるのに直接関わるものでもないから、金をかけすぎたくは無い。

 ついでに言うと、防御兵器の類は買い付けもしにくいです。山向こうの国で製造されてるものを買うわけだけど、機密もあるから売ってくれなかったりする。これはお互い様なんで仕方がない。


「魔王さんでそれだと、耳長族のひとらじゃ魔道具の調達はもっと難しいか」

「そういうこと。俺は個人的な信用もあるから売ってもらえる面もあるし」


 山向こうの国にして見たら、俺は人間の国に対する盾でもある自治領の責任者だからねえ。俺個人と農場に対する信頼もあって、ようやく売ってくれる魔道具だってあるわけですよ。

 その信頼にはもちろん、俺個人の武力ってものが勘定されてます。


「でもそうすると、即時奪還論者のひとらって、攻め込むには人数も武器も足りないって事を知らないんですか?」


 翔君、理解不能って顔をしている。


「知ってるんだなあ、これが」

「え、じゃあなんで今すぐって」

「俺にやらせろって騒いでんの」


 曰く、魔王の武力があれば奪還は可能なんだから、願い出て奪い返していただくべきである、ということだそうで。


「……魔王さんにそうする義理、ないよな?」

「ないねー」


 避難民は受け入れたけど、代理で戦争してやるという約束はしていない。

 というかですね、このへんは受け入れ後に協議してしっかり線引きしてるんですよ。


「避難民を労働者として適正価格で雇う事と、ここで受け入れて住民として登録したら種族の分け隔てなく住民サービスを提供すること、出身国の貴族であることは考慮せず身分による優遇措置および特権は一切認めない事、および避難民の代理で戦争はしない事、で契約してるからねえ」


 だいたいの内容はこんな感じ。

 重要なのは「代理戦争しません」「貴族特権は認めません」あたり。貴族特権で報復権を主張されても困るし、それに巻き込まれるのも迷惑だ。俺はそんなに暇じゃない。


「あ、俺らもサインしたアレ?」

「君らの契約書は『避難民』じゃなくて『召喚被害者』になってるけど、中身は同じだね」


 最初にしっかり決めておかないと、揉めるからね。

 なお最初に決めたものは細かい部分で多少問題があったので、法務のダガン氏が手を入れたものが最新バージョンです。なおすでに村に籍がある人は、自治領の法律が変わったという形での適用になりました。


 俺一人なら間違いなく、穴のあいた契約を使い続けてたところです。やっぱり専門家を雇うのは意味あるよね。


「もしかして、アレか?なんか人間の村のほうまで魔道具とか置いたせいで、変に期待されてるとかか?」

「あたり」

「つまり、耳長族のかわりに魔王さんが戦争してくれってことですか?」


 これは翔君。


「そういうことになるかな」


 魔王なんて人はいませんが、つまりそういうことです。

 哀れな被害者のために、戦力持ってる俺が頑張って戦争しろって言いたいわけですな。


「……ここ守るために頑張ってるだけで、それ以上やる気は無いんだろ?」

「ないよ」


 住民としての俺の仕事は農場主だし、派遣社員(神の眷属)としての俺の仕事は拉致された人の帰宅手配だ。ここの住民のための代理戦争なんて、俺の仕事に入っていません。


「その連中って、自分で取り返しに行くつもり、あるんだよな……?」

「警備部に所属してるひとは誰もいないし、偵察に行った事のあるひとも誰もいないねえ」

「え。それで取り返すとか騒いでんの?」

「そうだよ」

「取り返す準備とかは?物資だっているし訓練だってするんじゃね?」

「彼ら自身での物資の集積はしてないね。訓練受けてる人もいない」

「なにそれ。わけわかんねえ」

「その、わけわかんない連中を相手にしてるのがオゥウェエンでねえ」


 オゥウェン自身は段階的回復派だ。まだ力不足で取り返せないけど、どうやって領土を回復すべきか計画を立てて、耳長族の中でも意見が分かれがちなのをとりまとめて、準備を進めている。

 準備の実務に関わっているひとの中に、即時奪還論者はいない。そりゃそうだ、現実見てるからね。今日明日のレベルでどうにかなるもんじゃないのは、実務をやってれば判るよね。


「そりゃー、オゥウェンさんも機嫌悪くなるよなー。仕事しねえけど五月蠅い連中って事だもんな」

「俺がきっぱり断ってるから、まだマシなんだけどね」


 自分たちの力でなんとかしようとするなら、できる範囲の支援はするけど。

 たとえば今も、農場の実務を通して訓練の機会は提供している。技術的なあれこれを種族を問わず共有してもらってるのも、現在の仕事のためばかりじゃなく、いつか帰る日に役立ててもらうのが目的だ。

 しかし自分達の代わりに俺に何かさせたいなら、それはお門違い。俺の出る幕じゃないです。


「側近なんだから贔屓してもらえ、とか言われてそうなんだけど」

「それは言われてるらしいよ。ただ『特権は認めない』って事になってるからねえ」


 取りまとめ役を押し付けられた英雄(オゥウェン)も、なかなか大変だよね。

魔王(しまだ)「イケメンは平和に爆ぜててくれるくらいが良いんだけどねえ」

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― 新着の感想 ―
他の同胞が頑張ってる→取り残されてる感が強くて焦る(奪還後に肩身が狭い)→でも、今さら奪還計画に加わっても、美味しい地位には つけそうにない→なら、先頭に立って戦うメンバーになるかといえば、生存本能が…
[良い点] 面白い。 ここまで一気読みした。 続きを期待して待ちます。
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