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山の農作物の事

 人間の国が何かゴソゴソやっている間にも、うちの農場ではやるべき仕事があるわけでして。

 特に今日は(あわ)の初撒きの日なんで、人間の国に構ってる場合じゃありません。


「これ、何?」


 (かご)に盛った穂を見て、首をかしげる小島が一人。


(アワ)だね。で、こっちは(キビ)

「初めて見た」

「日本じゃもうあんまり栽培されてないからねえ」


 水田さえ珍しい都会育ちの小島なら、雑穀なんて見たこともなくて当たり前だよね。


「こっちにあったんだ?」

「俺が持ってきたんだよ。先祖代々、山の畑で育ててた品種でね」


 祖父母の代に山を下りたけど、その後も畑は残して種を継ぐために作り続けてた品種です。ここでも育ってくれたので、細々と作り続けてたりします。


「食堂で見た覚え、無いんだけど」

「麦と混ぜて出してることあるよ」


 といってもあんまり分量が無いから、たまにしか出してないし。


「気が付かなくても不思議じゃないかな」


 それに持ち込んだ品種のうち、モチアワとモチキビはなぜか性質が変化して、ウルチっぽくなっちゃったからねえ。麦と混ぜたら判り難いと言われれば、判り難いかもしれない。


「たくさん作らないんだ?」

「収穫の手間がかかるんだよね」


 日本だったら小型の稲刈り機(バインダー)で収穫するところなんだけど、農場で使ってる機械だとどうしてもうまくいかないんだよね。とくに黍の収穫ロスが多いので、手で穂だけを刈っていくスタイルのままです。


「とりあえず種が継いでいければそれでいい、て感じになってるかな」


 氏神様にお供えする分と、次の種まき用の分が採れればいい、と割り切ってます。


「芋と豆はたくさん作るけどね」

「へえ。これなんて名前なんだ?」

「里芋は判るよな。あとはじゃがいもと大豆だよ」

「え、赤いのジャガイモ?」


 品種名は良く知らんけど、山の中で昔から作ってるやつです。

 このあいだ、小島が植え付けを手伝った品種は新しいものだけど。これは祖父母が山から持ってきたやつですな。


「うん。佐奈ちゃんご贔屓(ひいき)の品種だね」


 もともとは山の畑でも特に標高の高い、小石や砂が混じった痩せた畑に植える作物と言われてた品種で、けっこう美味いから俺も気に入ってます。江戸時代に鎖国になる前に日本に入って来たものが由来らしいんだけど、詳しいことは俺も知りません。

 祖父母からいろんな種を引き継いだ理由の半分くらいは、この芋が食いたいからだったりするんだよね。


「大豆もなんか大豆っぽくねえし」

「緑のほうは、祖母がどっかから貰ってきたやつなんだよね。黒い斑点があるのが、うちに伝わってた奴」

「味とか違うの?」

「緑のは甘みがある。斑点があるのは普通の味だね」

「いろんなの、あるんだな。これ何?」

「蕎麦の実。これも二種類あるよ」

「全部同じに見えるんだけど」


 まあそうだろうねえ。


 芋、大豆、蕎麦はそれぞれ、別の(ざる)に盛ってある。簡単な構造の台の上に籠と笊を並べて、酒を備えれば準備は完了です。


 粟を撒く時は氏神様の祠の前に植え付ける予定のあれこれを並べて、作業前に氏神様にお願いするのが伝統らしいんだよね。

 春の祭とは別にやることになってる、超ローカルな風習です。祈年祭が伝わってなかった山の中で、氏神さんに豊作を願った素朴なお祈りが起源じゃないかって話もありますが、俺は教わった通りにやるだけです。

 頭をあげたら、あとはお供えした籠と笊をひとつずつ下げていく。

 山の村で細々と続けてきた儀式だから、そんなに仰々しいことはしません。

 この後で最初に撒く種は別の笊に用意してあるから、今度はその笊を持って氏神様用の畑に移動。といっても祠のすぐそばなんだけど。

 笹と注連縄で囲われた畑に、最初の数粒になる粟と黍を撒く。俺のあと、農場の主だった数名が同じように種をまいて、おしまい。割と簡単な儀式です。


 一通りやる事が終わったら、あとは見学タイムです。子供たちや大人の希望者が種や芋を手に取って見られるように台に並べなおして、好きに見てもらいます。


「残った種はどうするんですか?」


 数カ所しか撒いてないから、種は当然まだ残っているわけで。

 笊に残った種を見ながら聞いてきたのは、ザーン君。


「そこの畑の空いてるところと、雑穀用の畑に機械で撒くよ。芋と豆は、専用の畑があるからそっちね」


 芋はもう植え終わってたりするんだけどね。下の村ではあんまり作ってないけど、上の村は気候も向いてるらしくて、毎年いい感じに育ってくれます。


「青麦とかは無いんですか?」

「ないよ。これは俺の家で作ってた作物でやるからね」


 こっちの作物を一緒にお供えしても直属上司(氏神さま)は気にしないだろうけど、それをやるとお供えが無限に増えそうなので、やってません。


「あの、こっちの種はお供えしなかったの、なんでですか」

「あ、それね。種だけ採る目的で育ててる品種だから、お供えから外したんだ」


 種の更新は必要だから栽培はするけど、商品にするほどの量は作ってないものもあるんだよね。俺が持ち込んだものの中だと、(ひえ)高黍(たかきび)と黄色い緑豆が該当します。食べるのに手間がかかるとか、単に人気が無いとか、そんな理由で作付けが少ないだけですが。

 一応持ち込んだけど育たなかった品種もいくつかはあって、陸稲もその一つ。だからうちの農場に米はありません。


「あとそっちは野菜の種なんで、お供えには使わないんだよ」

「いつも食べてる野菜ですか?」

「いくつかはそうだね。でもこのへんは、ちょっとしか作ってないかな」


 在来種の人参とかね。


「人参?普通に作ってるよな?」


 これは小島。


「あれは子供でも美味しく食べられる、匂いがあんまりない種類だね」

「これ、臭うんだ?」

「嫌いな人は嫌いだねえ」


 小島とザーン君は首をかしげてたけど、佐奈ちゃんが遠い目になってました。

魔王(しまだ)「継代していくの、大切です」

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