召喚者の名残の件。
『魔王城』の機能確認ついでに見学組には遊んでもらうとして、俺と警備はやる事がある。
外縁部に接近する難民の排除、という仕事だ。
「スーブール村跡に難民が到達しました」
何年か前に消えた村のあった場所は、人間の国から見たら外周部にある。勇者(笑)が魔王城目指して辿ったルート沿いの、今は森に飲み込まれつつある廃墟だ。
そこに、農地の種蒔きを諦め逃亡した農民が到達していた。
「到達者は4家族、合計18人です」
「人間の家族にしては、少ないね」
人間の国の農民なら、子供は1家族に7、8人いてもおかしくない。全部が生き残ることも少ないようだが、とにかく子だくさんなのが特徴だ。
それを考えると、4家族いて合計18人というのは、例外的と言えるくらい人数が少ない。
「幼子がおりません」
「最年少者の推定年齢は?」
「七つかそこらかと」
「……そういう事か」
自力で歩けて、何がしかの食べ物を探すことのできる子供たちだけが生き残っているのだろう。
「倒れた者はその場に置き去りにして来たようです」
埋葬する余裕なんか無いだろうからねえ。
そしてこちらの土地に入ってこない限り、俺の方でも埋葬の対象にもしない。街道の死体の片付けは、街道を管理する領主の責任だ。
「それで、他にも移動中の難民がいるみたいだけど、どの辺の連中かな」
4家族以外にも、村を捨て一縷の望みにすがって森を、というより魔王城を目指す難民が散在している。
「主に東ゴース領からの難民ですね」
「西ゴースの難民は南に?」
「いえ、移動できない村が多かったようです」
難民化するにしても、移動するだけの体力は必要だ。
冬の間に食料を食いつくし、それでも足りないまま春を迎えた土地では、住民が餓死した村も出ている。ゴースと呼ばれる小さな領では、麦以外の産物の有無が領土の東西で明暗を分けていた。
牧畜と乳製品の製造があった東ゴースは春までなんとか食いつなぎ、麦を主とする農作物が頼みの西ゴースでは、餓死者が発生したと報告を受けている。
「まあ、移動できなかった連中の事は置いておこう」
どのみち、俺に出来ることはない。というか手を出すべきではない。
人間の国では通常であれば、農民はその土地から逃げ出すと罪になるんだそうだけど、実は『国外への』逃亡であとから来る兵士に協力する場合に限り、逃亡してもお咎めなしという制度がある。
なおそんな制度を農民が何で知っているかと言えばもちろん、領主層がお触れを出したから。そうでなければ、文字も読めない農民たちに、制度を知る方法なんかない。
人間の国のような、農民の頭数がそのまま生産高を決めるようなところで、あえて農民たちの逃亡を促すような噂を領主層が流したのには当然、裏がある。
いったんは農民の数が減ったとしても、農民が流入した町や村を奪いやすくなるからだ。街に入り込んだ農民に戦闘力は無くても、街や村の警備の足を引っ張ることはできる。
とはいえ、飢えてる農民にそんな裏なんか関係ない。彼らにとっては食料がたくさんあると聞く「魔王領」に向かって逃げ、辿り着いて施しが受けられれば良し。そうでなくとも、人間の国から追っ手の兵隊が来たら平伏しておけば済む。飢えが広がっている国内の他領に逃げるより、「魔王領」を目指す方が食べ物にありつける可能性は高い、と判断する農民がいるのはおかしくない。
そして農民の移動を促すために、「魔王領には食料が余っている」という情報も流されていた。
こちらでも行商人を使ってカウンターを打とうとしたんだけど、噂は打ち消せず。飢え切った人間がわずかな希望に縋りつくパワーに負けた。
……このへんだけ妙に高度な戦術なんだけど、これ、二十年ちょい前に召喚された奴が持ち込んだやり方なんだよね。飢えた農民に食料を与えなくても略奪する理由になる、という事で、オリジナルよりも荒っぽく変化して人間の国に定着してます。
「領主軍は、砦から動く様子はありませんね」
「馬糧はまだ集積が終わってないみたいだね」
なんせあちらさんの目的は、『魔王領』の略奪だ。
『脱走した農民を追いかけた』軍隊が、『逃げ出した先で苦難に陥っている』領民を助けるために武力行使する、という筋書きで動くのが常だから、難民がどこか『おいしい』土地に流れ着いてからでないと、軍を出す意味がない。
「偵察は出てますね」
「まあそりゃ、逃げた農民が良い場所に着いたタイミングで襲いたいからねえ」
それも出来る事なら、略奪しがいのある街に難民が十分接近してからが良い。
そのタイミングを計るためにだろう、単騎の偵察兵が街道を走っている。その街道の端で飢え死にした領民には、まったく目も止めていない。
どこかに辿り着いた難民がいれば、『助けを求める農民に施しもせぬ、悪逆非道な輩を慈悲の刃にて断罪すべし』なんて抜かして部隊を派遣して、略奪に走るんだけどねえ。辿り着く前に倒れた農民なんかガン無視です。言う事とやる事はまったく一致してません。自分達が農民に何か施す気はゼロです。
「そもそも、調達可能なんですかね」
現状、人間の国は深刻な食糧難。例年でさえ冬の貯えも尽き、端境期で収穫物が減り飢えに耐えるシーズンなのに、今年はそれに拍車がかかっている。
この状況で略奪部隊を組織できる領主は限られているからね。
「王都神殿は配下から掻き集めてでもやるんじゃない?」
先日、うちから略奪しようとした連中ですな。
あの時に物資と人員を喪失してるけど、もちろんあれで全てだったわけでもないから、うちも油断できる状態ではない。大軍を組織できるほどの余裕はない、というのは判ってるけど、小規模の部隊なら動かせないわけでもないだろう。
技術力はあっても人口の少ない農場としては、正面衝突したい相手じゃないです。
「儲けは出ると皮算用してるようですし」
「また戦力増強しますかね?召喚で」
「やりかねないねえ」
必要なら召喚して、要らなくなったら捨てる。それが連中のやり方だからね。
管理者氏が邪神墜ちするか、管理者氏自身が召喚を禁止するまでは、そのやり方が続くだろう。管理者氏は、召喚のデメリットは理解できていない。
「こちらとしては、防御を固めるしかないけど」
それ以外の事は出来ないし。
現時点ではまだ、管理者氏の権限に手出しができるところまで行っていない。
「ティーグからバダンへの障害構築は完了です」
ティーグとバダンは廃村になった人間の村。
今回は前進して防御線を構築しているわけですな。まがりなりにも人間の領域だった場所だから、これまでうちで手を入れようと思わなかったんだけど、防衛上は押さえておきたい所です。
「了解、おつかれさん。偵察兵Bの通過後に起動」
偵察兵の個人名まで把握してません。符号は付けてるけど。
難民通過ルートはここ数年ですっかり寂れた街道だから、もともと路面状況は良くないんだけど、偵察兵が通過した時点ではまだ荒れ切ってはいない。一車線よりやや狭い幅の、自然に踏み固められただけの道だけど、これでも騎兵と歩兵と小さな荷馬車だけなら軍隊を通すキャパシティはある。
通られても困るので、魔道具も使って潰すわけですが。
カーブした箇所に倒木を数本、これは木の根元に仕掛けた使い捨て魔道具で根ごとひっくり返す。路面は所々発破で穴をあけ、野営に適した空き地は同様に潰す。
ここの軍隊だと、歩兵は天幕は張らずに毛布にくるまって寝てるだけなんだけど、野営するならそれなりの面積が必要なのは変わりない。騎兵は更に広い面積が必要だから、野営可能な場所って限られるんだよね。
休息できないようにして体力削って潰す、基本は忠実に実行しないとね。
魔王「無双しようとした奴の遺産って、迷惑なんだよねー」