たまには魔王らしいことも言ってみるなど。
一日目は魔導人形の整備で終わったので、城そのものの点検は翌日からになった。
『偽装解除カウントダウン開始します』
アナウンスは営繕が担当しているので分かる通り、今日の作業のメインは営繕と警備です。
『全員、構造物から1m以上離れていることを再確認してください』
『偽装解除1分前、59、58、57……』
『13、12、11、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、』
『偽装解除』
アナウンスと同時に、設備にかけられてた偽装魔法が解除される。
「えっ、胡麻化してたんですか」
翔君がものすごく正直に口を滑らせてます。
「誤魔化し言わない。偽装って呼んで」
「真っ黒のお城、じゃなかったんだ」
「こんなところに石のお城は作らないよ」
しょせんダミーなんだし、そんなに費用はかけられない。森の中に石でお城を作ったらコストかかりすぎるからね。
偽装解除した『魔王城』は、河岸段丘の端のちょっと高くなった場所を囲む堀と土塁、土塁の上には杭をびっしり並べたような防壁、その内側に二つの物見櫓があって、この物見櫓は隅城塔に偽装されている。一重の城壁で囲っただけのシンプルな城郭内部は、主塔に相当する木造三階建ての建物があって、これと附属する平屋が偽装されて城のように見えている。
偽装魔法は一種のプロジェクションマッピングなんで、モノが無いところに投影するとニセモノっぽさが強く出ちゃうんだよね。木造の建物でも実在していれば、それなりに重厚感のある虚像が作れるんだけど。
「なんか、偽装解除すると日本っぽいですね」
「似てるかもしれないねえ」
中世武家屋敷に毛が生えた程度の土塁で囲った中世城郭、て感じだからねえ。丘の下に『城下町』がちょっと広がってるのが、里廓っぽいかもしれない。
「割と原始的な感じだけど、これ役に立つの?」
小島も首をかしげてますが。
「人間の国の戦力だと、これでも落としにくいだろうね」
そう答えたのは、警備のイード。
「村より素朴じゃね?」
村のほうは、縄張りからきっちり決めて作り込んであるからねえ。北条式の城ほど凝った作りじゃないけど、防衛のための土木工事はしてあります。
こっちはそこまで作り込んでないけど、敢えて作り込んでいない理由はちゃんとある。
「そりゃそうだよ、人間に進んだ防御陣地を学習させる義理ないし」
ここは攻め込まれることを前提に作っているから、やってきた人間が情報を持ち帰ることも想定しているんだよね。偽情報を広めるためには一人か二人に逃げ帰ってもらわないといけないから当然、その人間たちが『魔王城』やその近辺で見たものの情報を持ち帰ることになる。
きちんと作り込んだ陣地なんか見せちゃったら、情報収集させてやるようなもんだからね。余計なことは学ばせないように、可能な限りあっちのレベルに合わせた雑さにしてあるんですな、これが。とはいえ建物の作りなんかはあっちほど粗末じゃないけど。
「でもさ、こんだけ単純だと疑われねえ?」
「人間の文明レベルで考えたら、これでもおかしくは無いと思うけどねえ」
「ここの人間の町って考えれば、それなりに立派だけどさ。魔王城って言うくらいだし、もっと立派でもおかしくないんじゃないかなーって」
「僕らでも考え付きそうな、シンプルな作りの町ですもんね」
疑うつもりで眺めてみれば、疑わしいだろうけど。
「疲労困憊させておけば、それほど疑われないねえ」
ここに来るまでの間に気力体力を削ぎ、『魔王城』に攻め込むまでの城下町でも戦力を削り取っておけば、城内突入の頃にはかなり思考が狭まった状態になる。ついでに、頭の回りそうなやつは城下町で倒しておくのもコツです。
「……それ、上手く行くんだ」
「うん、ここまでたどり着くまでに削るからね」
「……すっげーさらっと言ったよ、この人」
「基本、基本」
もっと言うなら、この城下町に入るまでにもガンガン削りますよっと。
──────────
攻め込んできた戦力を削ぐために、城下町にはトラップを仕掛けた上で、応戦するための自動設備が備わっている。もちろん、城門まで来ても応戦される仕組みです。
据え付け型の装備のうち、メンテナンス対象になるのは半数。敵が接近するまで起動させないから、普段は起動準備状態にあるものを完全停止させての点検になる。
「半分はそのままなんですか」
「うん。外縁部で警戒してるけど、万が一にでも誰かが入り込んでくる可能性はあるでしょ。点検中でもすぐに起動して対応できるようにしてるんだよ」
『魔王城』よりも広い範囲で警戒網は敷いてるけど、魔道具を使った自動警戒網だからねえ。目視での監視はしていない。
今のところ確認されてないけど、人間側だって魔道具を出し抜く手段を開発しないとは言い切れないんだし、警戒しておくに越したことは無いです。
「……すっげー警戒してんのな」
「うちの人手と設備でできる範囲で、だけどねー」
半分くらいは技術の限界に挑戦しただけのような気もする。
「俺一人で農場やってた時は、さすがにここまで出来なかったよ」
おかげで『勇者』に農場に入り込まれて、畑が被害に遭ったこともありました。
「害獣への対応って、なんだかんだで手間がかかるからねえ」
「勇者が害獣扱い!?」
「勇者っていうか、人間が害獣」
作物を勝手にとって行こうとする奴もいるし、迷惑千万です。
「……害獣」
「あ、あっちの戦術研究はしてるよ。でも俺はあくまでも農家ですからねー」
攻め込んでくる奴の行動パターンは研究して対応するけど、こっちは農家である以上、努力すべき優先順位の第一位はなんといっても農業です。農作物を育てて収穫するための努力の一部として、農作物被害の原因になる人間を排除するだけです。
「日本でもさ、イノシシとかサルとかの対策に苦労してたでしょ。あれといっしょ。サルとは知恵比べになったりするし」
「イノシシやサルと同レベル……!」
「俺にとっては同じだねー」
あるいは、軽トラで乗り付けて果物を根こそぎ盗ってく泥棒集団とか、あんなのと同じです。
「人間の国を攻めて取ろうとか思わないんだ?」
「コストかかり過ぎ」
軍事侵攻するのにまずカネがかかるし。うちにはそれをやれるだけの頭数もいないし。
「それに、占領する旨味もないでしょ」
「農地は確保できるんじゃね?」
「ざっくり調べた感じだと、全面的な土壌改良が必要な場所多いよ」
連作障害を起こすほど痩せないように努力はしたみたいだけど、使い続けて土が疲労してるんだよね。
「あそこに住んでる人間の民度も考えたら、手を出しても良いこと一つもないよ。厄介な蛮族の群れと、生産性の低い農地を抱え込むだけになるから、赤字になる未来しかなさそうなんだよね」
まあどうにかして黒字に持って行くとしても、数十年は先になりそうな予感。
そして俺としては、そこまでやる意義が見出せません。
「俺としては、人間は一部を除いて孤立しててくれるのが一番、安上がりで良いかな」
山向こうの国にとっても、俺がここで食い止めるのが一番安上がり。
なにしろ俺も山向こうの国も、人間の国と交流しても利益がない。俺はまあ近くにいるし、頼まれてる仕事もあるから、多少はやり取りして牽制しとく必要がありますが……それ以外で彼らと交流する意味、全然ないんだよね。
「そっか……」
「鉱産資源も山の中で探したほうが早いからねえ。ありていに言ってあの国、無価値よりも悪いんだよ」
「滅ぼす気はねえの?」
「今はまだやらないかな」
リーシャさんのお祖父さんみたいに、『無価値よりも悪い』状態から抜け出そうとしてる人もいるからね。
魔王「コストを考えずに掠奪を企んでたニンゲンもいたみたいですけど、俺はやらないな」