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異世界でスローライフを目指してたら魔王にされてた件。  作者: 中崎実


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収まる所に収まった件。

 投薬回数を増やすのと同時に、ルージャ君への支援内容を少し変更した。

 具体的に言うと、朝給食の提供対象にしました。


「薬を口実にすれば、あの者も押しかけては来ますまい」


 ため息交じりにリゼーレさんが言う『あの者』というのは、ルージャ君のお母さんのこと。


「食事と薬はあくまでも一緒に出されるものである、と説明しておきました」

「あーうん、そうでも言わないとお母さんも押しかけて来そうだもんねえ」


 これまで朝給食を提供できなかった理由の一つがお母さんだからね。


 実は今までにも何度か、朝給食の支給を試したことはある。しかし『ルージャだけご飯貰うなんてズルイんだから私も貰う』とお母さんが騒いで、部外者立ち入り禁止区画になっている学校まで押しかけようとしたり、自分は給食の対象外だと知るとルージャ君が朝給食に間に合う時間に家を出るのを妨害したり、と色々トラブルを起こしたので、他の子供や村の住民への影響を考えて中止に追い込まれていた。


 成人で、かつ保護期限が切れているお母さんについては、本来であれば食糧支援すらする必要はない。ルージャ君を保護する都合上、その家族が飢えないように配慮しているだけです。

 もちろん、調理済みの食事を提供する必要も無いわけで。


「結局あのひと、料理を覚える様子はないわけね」

「ございませんな」

「食材の残量に変化は?」


 お母さんは料理する気なんか無いので、ルージャ君はお腹がすくと適当に何かを茹でて食べているそうで。ただ、技術も知識もない子供が食べられそうなものを茹でてるだけだから、どうしても食品を使い切らずに余らせる。

 月に一度、余ったものを引き取って、新しいものを置いてくるという作業は、リゼーレさんが責任もって請け負ってくれている。


「ございません」


 消費量からすると、親子二人で住んでいるとは思えないくらいだ。

 ルージャ君が小さいのも、十分に食べていないせいだろう。身長は耳長族の同年代平均よりずっと低く、体重は二つ下の子供の平均より軽い。素人目にも()せすぎて小さい子で、ターク先生に言わせると明らかな発育不良なんだとか。


「朝も村で提供できるようになれば、少しは改善するだろう」

「今度こそ、上手くいくと良いんだけどねえ」


 家で面倒を見てくれる人のいないルージャ君の栄養は、これまでは昼の給食頼みというのが実情だった。


 ルージャ君が赤ちゃんだった時は、耳長族の人があれこれ手伝ってたんだけどね。数年間手伝ってもお母さんは何も覚えようとしなかったどころか、手伝いに行ってる人に対して尊大な態度をとり続けた。

 そんなお母さんにみんなあきれ果てて、今はもう、誰も手を貸さない状態になっている。最後まで頑張ってくれていたひとも、ルージャ君のお母さんと顔を合わせるのが苦痛になって、ルージャ君が給食を食べられることになった時に手伝いを打ち切っていた。


 俺としてもこれ以上、他のひとに負担をかけるわけにいかないし、ルージャ君の家だけを特別扱いするわけにもいかない。すでに保護期限の切れたお母さんのために、家事代行の手配なんかするのは無理だ。保護下に入るのを拒否した元難民に対しては、どこかで線を引く必要がある。


「普通の子と同じものを出すと、騒ぎそうですね」


 と、これは保育課のリンゼさん。

 リンゼさんは村の児童施設責任者でもある。避難中に親を失った子供たちを保護する施設があるんだけど、そこの総責任者を兼ねてもらっていて、朝給食はリンゼさんの管理下だ。


「偏食が(すご)いからなあ」


 ルージャ君はこだわりが強く、嫌いなものは絶対に食べないどころか、嫌いな食材が皿に入っているだけで癇癪(かんしゃく)を起して暴れたりもする。

 昼給食は他の子供の食事を邪魔させないためにも、ルージャ君には食べられるものだけ与えることになっているんだけどね。ただ、朝給食で同じ対応を続けるべきかというと、ちょっと微妙な気はする。俺としても、食べさせる以上は出来るだけ、ちゃんと成長できるようなものを食べさせたいし。


「偏食もそのうち収まって来るから、最初は食べられるものだけでいいだろう」


 と、数日分の報告書を見たターク先生が言った。


「あれって治るんですか」

「今のような拒否の仕方はしなくなる、と言ったところだね」

「ああ、なるほど」

「嫌いなものが好きになるわけじゃないが、本人は穏やかに過ごせるようになるよ。まず落ち着かせてやってから、好き嫌いの事は考えればいい」


 辛抱強いターク先生らしい、長期戦の構えだった。


「……もっと早く、お母さんから切り離せば良かったですかね」


 ルージャ君の給食も、提供できるのはあと三年。他の国との協定で、十歳になれば親と違う国籍を選んで構わないとなっているから、その時点で自発意志で村に留まることを希望すれば、延長可能だけど。


「法的に難しかったのだから、仕方ないよ」

「それはまあ、そうなんですけどねえ」


 ルージャ君の年齢だと、親の管理下にいるとみなされるからねえ。村の子供なら自治領の責任者として俺が介入できることでも、ルージャ君は難民の子供。俺は責任者の立場にいない。

 親にネグレクトされていても、よほどのことが無ければ親から隔離することはできない。


「今回はリゼーレが言質(げんち)をとって来たから、少し対応の幅も広がった。これで良しとするしかない」


 ターク先生はそう言ってから、大きなため息をついていた。


──────────


 そんなわけでルージャ君の朝給食が始まって、十日くらい経ったわけですが。


「負傷者は行商人だけです」


 村の若者と、山向こうの国から来ていた自称行商人が()めた。

 ごたごたがあったのは村の外。難民居住区近くの誰でも立ち入りできる場所で、山向こうの国に戻ろうとした行商人に若者が殴り掛かったという、割とありきたりなトラブル……に見えたんですが。


「入村不許可者?」


 諸々の理由で村の中心部への立ち入り許可が下りない人もいるんですが、自称行商人もそんな一人だったそうです。

 入村不許可となると、これは村の門より中に入れなかった人ですな。相当な理由があるパターンです。


「はい。人身売買の疑いがかけられております」

「ああ、そういうことね」


 そんな奴を村の中に入れるのは不用心すぎるので、審査して弾いてます。これは山向こうの国との情報共有があるからできる事です。


「で、トラブルの原因は?」

「難民居住区の住民を連れ出そうとしたから、と」

「連れ出すって、誰を?」

「名無しです」


 ルージャ君のお母さんのことね。

 彼女は「神子様」としか名乗らないし、名前を呼ばれる事も拒否しているので、登録名が無い。本人が名づけを拒んでいることもあって、『名無し』と呼ばれることもある。

 それもちょっとどうかと思うんで、せめて氏名不詳(ジェーン・ドゥ)くらいにしておきたいところだけど、本人がそれすら嫌がるからねえ。なんであれ「他の人のように名前で呼ばれる事」が嫌な模様。


「誘拐しようとしてた?」

「いえ、本人は一緒に行くんだと言い張ってます」

「じゃ、うちが引き留める理由はないよ」


 すでに保護下にいない人だし、そもそも彼女は成人している。大人が自分の意志で決めたことを無理やりやめさせる権利は、俺には無いです。


「怪我の手当てを村内で受けさせろと門で揉めておりまして、現在対応中です」

「手当てするほどのケガ?」

「転んで手を擦りむいただけですね」

「じゃ、マニュアル通りで」


 入村拒否者なのだから、応急手当をその場で受けて終わりだ。

 こちらが出張るほどの問題ではない、というか俺がしゃしゃり出たら警備部に迷惑がかかるパターンですな。

 ただ、一つだけ確認することがあるとすれば。


「ルージャの事はどうするって?」

「置いていくそうです」

「……サインもらってきて」


 手近の紙にさらっと数行書いて、手渡した。


「……ルージャに対するすべての権利を、魔王様に譲れと」


 俺が渡した紙には、ルージャ君の籍をうちの村に作ることに同意すること、ルージャ君の育成についての責任者を俺にすること、そしてルージャ君に関する権利をすべて放棄すること、が書かれている。

 すべての権利を放棄してもらう事で、将来、ルージャ君がお母さんを養う義務も無くなるように。村の籍を作ることで、他の子供たちと同様に、村で守れるように。そしてなにより、お腹いっぱい食べて、健やかに成長できるように。


 お母さんの意思表示があれば、それが可能になる。


「とにかく、あの人からルージャを切り離すチャンスだ。利用しない理由がない」

「渡しますかね」

「サインしたらすぐに一緒に行っていいが、サインしないなら家の片づけをしてから出て行け、って言って」

「それで、サインしますかねえ……?」


 深く考えるような人じゃない、という点に賭けてます。


「サインするまで、外に出すな。でもたぶん、あの人、すぐサインするよ」

「……了解しました」


 首をかしげながらも紙を持って行った、3時間後。


「素直にサインして、出ていきました」


 苦い顔をしながら手渡された紙には、みみずがのたくったような字で『みこさま』とサインされていた。

魔王(しまだ)「村の子供が一人増えました」

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