魔王領のほうが住みやすそうな件(Side:北島優斗)
(Side: 北島優斗)
「服はこれ。作業着だけど、シャツは後で言えば好みの色のが貰えるから。デザインあんまり無いけど、そこは我慢してくれる?」
渡辺と名乗った同じくらいの年の人が、そう言って脱衣場に置いて行った服は、長そでシャツとデニムっぽいボトムだった。
きれいに洗ってあって、シャツにはアイロンがかかってた。
「すっげー……洗ってある……」
「べたべたしないよ」
何週間も同じ服を着て森を歩かされてたから、オレたちの着てた服はすごいことになってた。
体を洗うのも、川の水で水浴びするだけだった。石鹸なんかないし、お湯も体を洗うほどは沸かせなかった。髪の毛は脂っぽくべったりして埃が貼りついてたし、すごい格好だったと思う。
石鹸が泡立つようになるまで、体を洗うお湯を4回も換えた。最初のお湯はすごく汚くなってた。
「おや、ずいぶんさっぱりしたね?」
服を着て外に出たところで、大柄な女性が待ち構えていた。
背が高くて筋肉質、下あごが頑丈でちょっとだけ牙が見えている。こちらで言うオークだろう。ファンタジーでは豚顔の種族って言われるらしいけど、ここのオークは豚というより鬼っぽい。顔が全体にごつごつしてて、目がくぼんで鼻が大きく、眼光鋭いのが特徴だ。
思わず身構えたら、渡辺君が大げさにため息をついて見せた。
「この人はラーナさん、被服係だよ」
「ひふくがかり?」
「服の在庫管理や、クリーニングや補修する総責任者」
「服だけじゃないよ、布製品はあたしが全部管理してるからね。ところで二人とも、服の大きさはあってるかい?ある程度ならここで直してあげられるよ」
よく見たら、ラーナさんと紹介されたオークは左手首に針山をベルトでつけていた。
手首の針山には待ち針が何本か刺さってるし、近くのテーブルに置いてあるのは針箱らしい。
「そっちの子は、ちょっとズボンのすそを上げたほうがいいね。じっとしといで、長さを見るから」
ラーナさんはさっと膝をついて、宮田のズボンのすそを調整し始めた。
宮田が驚いて固まってるうちに裾を折り返し、アラビア数字でメモを取ってから立ち上がったラーナさんは、なぜか宮田の頭を撫でていた。
「今んとこは、裾は折って着といてね。夜、着替えたらその服はあたしんとこに持っておいで。朝までに直すからね」
「え、あ、……折って着るので、大丈夫です」
「邪魔にならないかい?」
「大丈夫、です……」
オークというとボロ布と変わらないレベルの服を着た奴隷か、腰巻一つで棍棒を持った雑兵以外を見たことがなかったから、普通の服を着てて普通に話せる相手だとなんか調子が狂うよなあ。
それにここの服、あきらかに現代風だし。シャツの前は和服っぽく合わせるようになってて、ボタンは一つしかついてないけど。
「これからご飯だから、カケルは案内してあげな。ご飯の前に二人に聞いときたいんだけど、この服はどうしたい?」
ラーナさんが指さしたのは、床に置いてあったオレらの服だった。
兵隊よりも粗末な、ボロい服。何週間も着続けてるうちに破けて、穴が開いたりしてるやつだ。
「捨てちゃって、いいです」
「オレも、それ要らないです」
むしろ捨ててほしい。いい思い出なんか一つもないし。
「わかった、じゃあ処分しちゃうよ。それじゃ、ご飯食べに行っておいで」
「一緒に来てくれる?」
渡辺君に案内されて、風呂場を後にした。
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オレたちが使った風呂場は外で仕事する人が泥汚れを落としたりするためのもので、本格的な風呂は別にあるらしい。
「合同浴場は夕方にならないと入れないんだけど、そっちは湯船に浸かれるよ」
「すっげえ……魔王領すげえ…」
最初に無理やり訓練させられた場所だと湯船なんてなくて、さっき借りたのと同じタライに、さっきの半分以下の量のお湯を張って入るのがせいぜいだった。
それも使わせてもらえたのは一回だけ。普通は絞った布で体をふくか、水浴びするだけでおしまいだから、すごく臭くなった。
「あ、島田さんには魔王領って言わないでね」
「なにそれ、言うとキレたりすんの?」
「しない、しない。農園ですって主張してうるさいだけ」
「でもあの人、魔王だよな?」
神殿が『悪しき魔王』とかいって滅ぼせといってる相手だよな?
「一応、そういうことになってる……と思うんだよねえ。神殿が攫ってきた人を、元の世界に送り返す役割もあるって聞いてるし。神殿にとっては邪魔なんじゃない?」
「えっ」
宮田の足が止まった。
「どしたの?」
「もしかして、帰れる……の」
「うん、島田さんなら帰せる」
「神殿の奴ら、嘘教えてたんだな」
神殿で聞いた話だと、帰るための必須アイテムを魔王が持ってるから、魔王を殺して奪い返さないといけない、てことになってた。
「うん、そうだよ。島田さん倒しちゃったら、誰も帰れなくなるよ」
「実はすげー人なんだな」
全然そうは見えなかったけど。
ここの責任者です、と名乗ったから最初は農場の責任者だと思ったくらい、見た目は普通の人だった。身長170センチくらいで特に太くも細くもない、あんまり目立たない感じの人。うちの親より若そうだから、たぶん40前なのかな。若いおっさん、という感じ。
「ここも島田さんが一から開拓したそうだし、実はすごいんだと思うよ」
「ここ、どんくらいの広さあんの?」
「奥行きが80㎞くらい。川沿いに上って行って、湖の周りにある盆地が一番上になるかな」
「それ農園って規模じゃねーし」
「だよねー」
「あのさ、魔王様がこんな端っこにいて良いの?」
宮田が良いこと聞いた。
奥行きがそんなにある土地なら、どう考えてももうちょっと奥にいるもんじゃないだろうか。ゲームでも最初のステージに出てくる魔王って普通いないし。
「このへんは人間の国が近いから、防衛のために島田さんとかが詰めてるんだってさ」
「あれで武闘派なんだ?」
「どうなんだろう、戦ってるとこ見たこと無いけど。あ、森の『魔王城』のコントロールはしてるよね」
「魔王城があるって話、本当だったんだ」
「あるよー。ダミー施設だけど」
神殿と国の連中に魔王城探索しろと脅されてたのが、悲しくなるような話だった。
「ダミー?」
「こっちに来られたら迷惑だから、いかにもそれっぽいの作ったんだってさ。神殿の連中がそっちに攻め込んでくるように、って」
「森の中にある城だって聞いてたけど」
「うん、迷いの森に建ててあるって。僕は行ったこと無いけど」
「行けるんだ?」
「誰も攻めてきてない時期なら、遊びに行っていいって聞いてる。ダークエルフの人と行くと、面白いらしいよ」
「そういえばここ、人間以外の種族がいるよね」
神殿には人間しかいなかった。
神殿の外では、奴隷になってるオークやエルフが少しいたけど、それ以外は全部人間。ここみたいに、人間以外の種族が普通に生活してるわけじゃなかった。
「うん、人間の国に迫害されて逃げてきた人たちだよ」
……人間の国の言いなりになって、『魔族狩り』をしてたのは言わないことにしよう、と思った。
水浴びだけだと、奇麗にしてたつもりでもけっこう汚れはたまるんですよね……
北島:第一グループの『魔術師』。
宮田:第一グループの『斥候』。
次回更新は2019年11月1日 22時頃になります。