ちょっと対処してみた件。
計画外の決壊を起こさせないために、流路の閉塞の解除は慎重にやるべきなのが本筋ですが、今回は略奪部隊の侵攻が迫っているわけでして。
「下流の村はすでに壊滅しておりますから、ある意味、気兼ねなくやれますね」
さらっと言ったのはオゥウェンで、まあそうなるよねという感想しかない。
「あくまでも不幸な事故と思わせる必要もあるよ」
わざわざダムを作って水攻めにしました、と解釈されるような形はNG。
第二堰止湖(新たに発見した方にはこの名称がついた)の障害物除去をすすめながら、良い感じで閉塞させられる場所に細工をする必要がある。
候補地は略奪部隊ルートの渡河点上流、1キロメートルくらいのところ。大きめの流木を数本と大岩3個を設置して、あとは上から流れてくる木の枝などのごみをそこでトラップすると、ちょうどいい具合に閉塞がおこるという寸法。
川幅が狭くて川が深く、両岸にもこちら側の民家はない、山の中だし。
完全に流路を堰き止めてしまうのではなく、水の流れは減るけど残る。ただし下流から見たら別の支流から流入する水があるので、劇的に減ったようにも見えないだろう。
略奪部隊を流すだけだから、奴らを川の中に足止めしたところに一気に水が押し寄せるだけで良いしね。それ以上の被害は出す必要が無いです。ゼロにはならんけど。
「爆破用の魔道具の数、心配があれば言ってね。作れるから」
発破用の魔道具を最初に仕込んでおいて、タイミングを合わせて爆破予定です。
こちらは流路閉塞解除の工事をするだけですから、何の問題もありませんよ?
──────────
そして略奪部隊が接近した頃には、仕掛けの中には良い具合で水も溜まっておりまして。
「これだけの人数を動員する食糧が良くあったなあ」
なにより感心すべきなのはそっちのような気がするんだよね。
人間の国では餓死者も出てるというのに、略奪部隊は騎兵十騎という大人数。馬に乗った騎兵一人につき従者4人、略奪した物資を運搬するためと思われる空の荷車がそれぞれ2台の大所帯。あ、ついでに神官とそのお供もついてるね。
そして人間も馬も牛も食料や水が必要なので、そのための物資を運搬する荷車が計5台。
……歩兵まで連れてこなかった理由は、彼らの国の状況を考えればお察しですが。
「相手の牛馬と荷はどうされますか」
「基本的に破棄で」
人間の国って衛生状態が悪いし、荷物や動物もどんな汚染状態か判らんので、農園に入れるわけにいかんのですよ。
荷物は残ったら焼却処分かな。牛馬といっしょに流されると思うけど。
「あの渡河点を、荷車なんてどうやって通す気か知らんけど」
水が少ない時期なら、渡れなくもないけどねえ。なお先日、連中を放り出した時点では第二堰止湖がかなり仕事をしてたので、水の量はしっかり減っておりました。
それで渡れると勘違いしたんだろうけど、本来なら春の雪解け時期に通れるルートじゃないんだよね。今の時期は増水してるので、例年なら仮設橋を通してます。
防衛上の問題もあるから、あくまでも仮設橋だけど。流されないしっかりした橋を架けるコストも考えると、仮設橋以上の物を架けるメリットが無いんだよねえ。
そして今はもちろん、橋はかけていない。
「この様子だと、明日には渡河点か」
牛を連れての移動だから、時間がかかるんだよね。
「農園側の登り口工事、終了しています」
「お疲れ様」
渡河後、スムーズにこっちに来られても困るからね。川からこちら側に上がる道が判りにくくなるよう、偽装工作を指示しておきました。
障害物の設置も終了。農園に通じる登り口の方は、倒木や落石で道が塞がれたように装ってあります。
あちら側から川に下りる道のほうは、一見すると何もない、むしろきれいな道に見えるようになっている。
連中が斥候を送り込んでも、不自然に感じないように作ったつもりなんだけどね。あいにく略奪部隊御一行様は、偵察部隊を出すつもりは全くないようで、一塊になって進んできています。
俺としては有り難い話だけど、マジかという感想しか出てこないのも事実。
「付近住民への立ち入り禁止指示は終了しています」
当日に釣りなんかに行く住民がいたら困るので、周知は徹底します。
「警報のテスト、どうします?」
「もちろんぶっつけ本番で」
事前に警戒させたら、意味ないからね。
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そしてようやく、略奪部隊御一行様が渡河点にやって来たわけですが。
「……警戒する気ゼロだな」
呆れるのもよく分かります。
先行する偵察がゼロってどうよ。ついでに言うと、周辺を警戒する気配もない。
「こちらとしては有り難いけどね」
気が抜けまくってるよね。
「あの装備なら、助かる可能性も無いでしょう」
と、これはこちらの偵察要員のラーシャン。
警備部隊で唯一の有尾族で、種族的特徴そのままに小柄なラーシャンは、戦闘力は低いけど偵察能力は非常に高い。今回も略奪部隊に最接近して、情報を集めてきてくれました。
「彼らの食糧の大半は荷車だから、このまま河川敷に下ろしてもらって流せるとありがたいな」
と、これは黒鱗族のゼーグ。
「奴ら次第のところはありますよ、隊長」
と、ラーシャンは冷静。
そんな事を話しながら、斜面に作った監視哨から見下ろしているわけですが、御一行様の誰一人としてこちらに視線を向けようともしない。いっそ清々しいくらいに無警戒です。
「下りが楽なのを不審がる様子もなし、と」
こちら側の道を登れなくしてあるだけでなく、対岸の道はやや下りやすくなってます。
路上の障害物をちゃんと取り除いて、岩や穴で困らないようになってるんだよね。
いかにも整備中の街道といった風情で、渡河点から数十mくらいしか整備してないけど。
「最後の一台、予定地点を通過です」
「了解。斜路に障害設置」
「斜路障害設置、了解」
対岸の道に仕込んだ魔道具を起動させると、道を横断する高さ数十センチの土盛りが出来上がる。
これはは幅数十センチ、深さ三〇センチの溝を道幅いっぱいに3本掘って出てくる廃土を固めたものだ。
荷車はもちろんのこと、馬も通れなくなる高さの土塁だけど、本来の用途は上流からの水を道に流れ込ませないための堤防です。堀はまあ、仕方なくできちゃったものって事ですね。道が崩れるのを最小限にするために、緊急時に土塁を作ったらこうなっただけですから。
こういうきちんと設計した障害物を作るのには、土木用魔道具を複数連携させないといけないから、割とめんどくさいんだけどね。ここは営繕が頑張って仕込んでくれました。
「斜路の障害物、設置完了です」
設置時に多少の音はしたけど、川に向かっている一行は気が付いた様子無し。
川の水音と、自分たちの立てる音で気が付かなかったのだろうけど、誰も何も気が付いてない様子なのが異様に見える。
とはいえ、対岸にいる警備部のラグン率いる班からは何の合図もなし。
周囲を警戒しつつ障害物の確認をしてくれるのも彼らだ。確認後、ハンドサインを送った後で斜面を登り始めるのが見える。
「障害物、設置後確認に異常なし」
「了解。じゃ、ラグン班が安全圏に上がったら放送だ」
略奪部隊御一行様は、水量の減った川の岸で少し足を止める予定の模様。
騎兵のうち何人かは馬を下りてるし、荷車も止めて牛をいたわっている。神官も下馬していて、お供に何か飲み物を出させているようだ。
あいかわらず、周辺の警戒は怠ったまま。
不用心としか言いようが無いんですけどねえ。斜面から攻撃し放題なのも理解できていないらしい。
俺が呆れながら見ていると、対岸のラグン班から合図があった。
「安全確保よし」
「了解。じゃ、放送するか」
手元に用意した魔道具にスイッチを入れる。
単なる放送道具ですけどね。これで谷の三か所に設置したスピーカーから、俺の声が大音量で流せます。
アナウンス前に三〇秒間のサイレンが鳴るんだけど。
「おーお、驚いてる」
聞きなれないサイレンが響き渡ったので、ヒトはびっくりして辺りをきょろきょろし、馬は棹立ちに。油断していた騎兵が四人ほど落馬。牛も驚いて暴れている。
『あーあー、ただいまマイクのテスト中。音声大丈夫か』
音量チェックは対岸のラグン班が担当。良好を意味するサインが返って来た。
『こちら農園本部、こちら農園本部。ただいまより上流の流路閉塞を解除します。水量の急激な増加が起こりますので、川岸にいる人は速やかに避難してください』
うん、別に俺は攻撃してませんよ?
農園でたまに使うことのある、災害時の緊急放送をしただけです。
相手はこんな放送を聞いた事が無いから、慌てふためいてるけど。ついでに、人間の国の言葉では喋ってないけど。
『この放送終了後、三〇秒間のサイレンが流れます。サイレン終了から一分後に、閉塞を解除します。この放送を聞いている方は、ただちに安全圏へ避難してください。これで放送を終了します』
喋り終わったら、三〇秒の長いサイレン。
略奪部隊御一行様はパニック状態で、一部は対岸に戻ろうとして溝に嵌り、一部はこちらに上がろうとして失敗。
とりあえず全員、草すら生えてない河川敷にとどまっている。
「発破カウントダウン開始」
「発破カウントダウン、開始します」
反射光を使った簡易通信で信号が送られ、だいたい時間通りにズシンと振動が伝わってきた。
そして、数分後。
「水だー!」
濁った水が、押し寄せてくる。
膝以上の深さで勢いよく流れる水に、人間が耐えるのはとても難しい。
まして略奪部隊の騎兵は胴体を守る金属鎧に脛当て、頭を守るヘルム、あとは喉を守るための喉当てを身に着けた、人間の国的には完全武装の装いだ。重さでひっくり返れば、水の勢いに抗って立つこともできない。
塊となった水と流木に略奪部隊御一行様が巻き込まれ、見えなくなり、あとは濁流だけが残った。
魔王 「お客さんが来るという連絡は受けてないし、住民には事前通知の上で緊急放送も流したし、手落ちは無いよ?」





