二名ほど保護してみたなど。
勇者(笑)は現在、南の森で絶賛迷子中。
まああれだ、魔王城攻略イベントはスムーズに行っても最低3ヶ月くらいかかる計算になってますんで、頑張ってくれ。今のペースだと6ヶ月コース確定だ。森の中には歓迎用のコースがちゃんと作ってあるからね、全部通過するように。
そして
「……僕ら、何やってたんだろう」
日本語で言いながら、地面に『の』の字を書いてる若人二名。
「うん、わかるよ、それ」
そばで慰めてるのは、翔君だった。
さわやかな秋晴れの空に、白い雲が一つ。
畑には収穫が迫った春蒔きの麦が金色の穂をなびかせている。
そんな絵になる光景の中で、ずたぼろになった若者二人、異彩を放ってます。
「良く逃げてきたね、お疲れ様」
この二人は勇者(笑)が捨て駒にしようとしてた第一グループの、魔術師と斥候だった少年たちだ。
素直に魔王城に行くようならそのまま日本に叩き返したんだけど、途中で監視の兵士を撒くのに成功し、こうやってこちらに逃げ込んできた。
だいたい2か月かかったけど、まあうまくいったほうでしょ。
「ありがとうございます……?」
魔術師のマントを着た少年が、微妙な口調で言った。
気の毒に、ろくに着替えも出来なかったせいで服の裾や袖口はぼろぼろだし、襟まわりはすっかり黒ずんでる。少し離れてても臭う、生臭いような変なにおいはこれ、不潔臭だ。ホームレスのおっちゃんみたいだと言えば分かるだろうか。
「なんでそこで疑問形?」
さりげなく風上にいる翔君がツッコミを入れていた。
「え、だってさ、その人が魔王なんだよな…?」
「魔王なんて人はイマセンヨ?」
俺はただの農場主ですってば。たまたま魔術は教わったけどね。
「島田さん、説得力って言葉ご存じないですか」
翔君も突っ込むようになったなあ。
「説得されてくれない若人の頭の固さに、おじさんは頭が痛いです」
「自覚が無いおじさんの頭の固さに、若者は頭が痛いです」
「お、言うようになったねえ」
「僕だって学習しますよ」
たくましくなって何よりです。
「漫才はさておき、君たち、とりあえずお風呂に入って着替えしようか」
「ありがとうございます……」
しょんぼりしてる若人二名を、翔君とラージャ君(耳長族の若手だ)が案内していった。
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逃げ込んできた人に最初に使わせるお風呂は、大人が一人、余裕をもって座れる程度のタライだ。
別に意地悪でやってるわけではなく、これ、ちゃんと理由があったりする。
「どう?」
「石鹸が全然泡立たないよ!」
翔君が声を掛けたら、二人がそんなことを叫び返していた。
「こっちの石鹸て泡立たないのが普通?」
「自分が汚れすぎてると、そうなるよ」
翔君もそうだったからねえ。
「お湯ならまだあるから、何回か洗いなよ。そのうち泡が立つようになるから」
何回も洗わなきゃいけないんで、タライじゃないとお湯が間に合わないんだよね。
服もどろっどろに汚れてるから、洗わなきゃいけないんだけど……
「あの子たちの着てたものは生地も安物で粗末ですし、こちらで用意しましたよ」
白牙族のラーナさんが、二人分の服を持ってきてくれた。
シャツとズボン、それに下着と靴下という農業作業員セット。白牙族は伝統的に頑丈な布を作るそうで、その技術で作ってもらった服だから、かなりしっかりしたものだ。
ズボンはデニムに近い感じで、植物で青灰色に染めてある。インジゴほど青くなくて、灰色に近い。シャツは生成りのものだけど、これは二人の好みが判らないからだろう。作業員用として準備してあるものは何色かあるからね、あとで好みを聞いてやればいいかな。
「それにしても、いつものことですけど、なんてものを着せてるんでしょうねえ。まったく、腹が立つったらありゃしない」
ラーナさんがぶつぶつ言っている。
「あんな目の粗い、雑な布で作った服なんて、藪に入ったら引っかけて破けるに決まってるじゃないですか。しかも洗い替えも持たせてなかったなんて、布がどんどん傷むでしょうに。裸で森の中を歩かせるつもりだったんですかねえ」
「これ、洗ったら雑巾にしかならなさそうだよね」
臭うので素手でつかみたくないそれを棒でつんつんしてたら、ラーナさんが呆れたような目で見てきた。
「いたずらしないでくださいな。どうしたいかはあの子たちの意見を聞きますよ」
「そうしてくれる親切心はありがたいけどさ、これ、どう見ても洗ったら破けない?」
目が粗くて薄っぺらい布だから、耐久性なんか無いだろうし。汚れその他で糸も弱るらしいから、絶望的じゃないですかね。
「ええ、破れると思いますよ。でもあの子たちがどうしたいか、聞いてあげなきゃ駄目ですよ」
「判ってますよ、でも洗ってどうにかなるんかねえ?」
「汚れと臭いはある程度、落とせますよ」
それ以上は期待しない、てことだろうね、これ。
「じゃあ、二人に後で意見聞いといて。俺は厨房に行ってくるから」
「かしこまりました」
次は食事をとらせないといけないからね。
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これまで何を食べてたかは翔君が聴き取って伝えてくれたので、今晩の二人のメニューはパンと消化の良いシチューになりました。
森に入らされてからというもの、かっちかちの携帯用ビスケットと干し肉に水、という食事がずっと続いてたらしい。
カロリー的にも間に合ってたかどうか怪しい。
人間の国からの補給は一応あったものの、『勇者』用の糧食はビスケットと干し肉で、見張りの兵士のほうがよほどいいもの食べてたんだとか。
「あいかわらず酷いですよね」
厨房リーダーのフヴァルさんとサブリーダーのマルカさんが、伝えられた話を聞いて眉をひそめていた。
「勝手に攫ってきて、食事もろくに与えず森に追い立てるなんて」
と、マルカさん。
「今日明日は消化のいいものを中心にしてあげましょうねえ。量は出してあげられないけど」
これはフヴァルさん。
「たくさん食べさせてあげたら、ダメなんですか?」
質問したのは若手のヴァーラちゃん。
「これまでどのくらい食べてたか分からないでしょう?ずっとまともに食べてなかったとしたら、いきなりお腹いっぱいにしちゃうと、具合悪くなることがあるのよ」
このへんの調整は、フヴァルさんなら間違わないだろう。去年成人した息子さんがいるお母さんでもあるせいか、フヴァルさんの気配りはこまやかだ。
自分たちも人間に追い立てられた経験があるので、厨房の面々は逃げ込んでくる人には同情的だし。
「たくさん食べて良くなるのは、何日か経ってからだな」
マルカさんは調理用スコップを肩にしてため息をついていた。
あのスコップは合同食堂の夕食準備用だろう。人数もそれなりにいるし、みんなよく食べるから、大鍋と給食用の炊事スコップ使って作らないと間に合わないんだよね。
筋骨たくましい白牙族には炊事スコップが良く似合います。
ちなみにフヴァルさんは肝っ玉母さん体形の耳長族。作業員の喧嘩に割って入ってお玉で喧嘩両成敗が出来たりしますので、くれぐれも怒らせないように。
「食事は、いつも通り客用の食堂ですね?」
「うん、今日はさすがにね」
まだ、人間以外の種族がいるところでの食事に慣れてないだろうし、話を聞かなきゃいけないし。
というわけで合同食堂ではなく、客用の部屋で食事させることにしました。
脱出してきた2名を保護しましたの巻。
次話は2019/10/25 22時以降に公開の予定です