相容れない文化の違いもあるわけで。
神官団を迎え入れた場所は村の外にある臨時出張所みたいなところだから、およそ農業に向いてるように見えないのが欠点と言えば欠点で。
ついでに言うと、長逗留できる場所でもないです。
「案内お疲れさん。で、何か言ってた?」
神官ご一同様をスタッフに宿泊所まで案内してもらった後、情報収集です。
なお今回手伝ってくれてるのは、警備部から耳長族のウェラン以下の一個小隊。全員男性で、一番小柄な小隊長のウェランでも筋肉質な体つきをしてるから、舐められて危険な目に合う確率は低いんじゃないかと期待しています。
「神官をもてなす宴すら無いのか、と文句を」
「歓迎する相手じゃないんだけどねえ」
あくまでも遺骨の引き取りに来ただけだし、そもそもアダン神官の遺骨については俺の方から届けさせるという提案をしていたものなんだよね。
それを引き取りに来ると申し出たのは先方で、俺が招いたわけでは無い。
ついでに言うと俺が対応した時の態度でもわかる通り、俺に対してもなんか態度がでかかったわけで、一般的な話をするとあれ、十分以上に非礼って事になります。
俺、自治領の代表。先方、地方神殿の一神官。
社交の格付けの上では、俺のほうが上なんだよね。
それなのにあの態度をとったとなると、歓迎なんかされるはずもないんですが。
「で、それ言ってたの誰?」
「護衛騎士隊長が」
「ふむ。他にもなんか言ってた?」
少し言いよどんだような気配がしたので、聞いてみた。
「ええ、はい。女の一人もあてがわないのはけしからん、と」
やっぱりね。
食って飲んで騒いだ後に女を抱いて、というお決まりの大騒ぎを期待していたんだろうけど、そんなのさせるわけがない。
「事態を理解してないねえ。他に何か言ってた?」
「下女さえいないのは、歓待する気配りが足りないと」
「歓待する必要がない、てことを理解する頭が無いようだね」
女性は今回、対応メンバーから外してます。
なにしろ、女性と見ればと襲いかねないのが人間の国のモラルだ。下女云々、という発言もその辺を反映したもので、下働きの女性にムラっときたら襲い掛かって強姦するのにためらいは無いし、女性がちょっと抵抗すればすぐにかっとなって殴り殺す、なんて事例は珍しくない。
ぶっちゃけあいつら、自分より階級が下だと思う相手には何をしたって良いとしか思ってないんだよね。だから今回のスタッフは全員、戦闘力のある男性で揃えました。
その男性スタッフだって、武装なしで対応させたい相手じゃないです。
なにしろ、護衛騎士なんてのが付いてきてるし。この護衛騎士というのがまたたちが悪くて、神殿に雇われてるから態度はでかいし、神の名のもとに自分の悪行は許されて当たり前だと思ってるような連中だったりもする。
どこかにまともな奴もいるのかもしれないけど、少なくとも、まともな奴がうちの領域内に入ってきたことは無いです。
「神官の反応は?」
「護衛騎士をたしなめておりました」
「へえ、意外だな」
一般的な格付けをまるで無視した態度をとってたから、俺に接待を要求してもおかしくないと思ったんだけどね。智女神さんの説得がちゃんと通じたようで、なによりです。
「とはいえ、私たちには酒席が無いのかとしつこく絡んでましたが」
「ああ、俺が公式に歓迎しなくても仕方ないけど、君らは歓迎会して当たり前だろうって?」
「はい。神官とその護衛のために宴を開くのは、信徒の義務であると言い続けておりました」
当然の事だけど、うちのスタッフが今回の神官団やその護衛と会食するのは、禁止してあります。
なにしろ人間の国は清潔に程遠いから、どんな病原菌を持ち込んでるか分からない。
今回の場合も、ここに入ってから確認できただけでも二人ほど、腹を下してるのがいるし。そういう人から病気をもらうと厄介なので、安全上の理由でも禁止です。
上水道が整ってない人間の国だと、トイレに行った後の手も洗わずにそのまま手づかみで食事するような暮らしをしているんだよね。腹を壊している人の便にいる菌がそのまま口に入っているようで、人間の間で下痢が蔓延するのは珍しくない。そしてここに来たからって人間の行動パターンが変わるわけもなく、トイレや手洗い所の準備はしてあっても、ちゃんと使っている様子は無い。
つまりこの神官団や護衛騎士たちも、人間の国から持ってきた病原菌をばらまいてると考えて扱ったほうが良いくらい、不潔なわけ。少なくとも、彼らのお尻から出てくる細菌は彼らの手にくっついてます。
そんな人間たちと一緒に食事をとるのも、不用意に接触するのも、俺としては全く歓迎しません。
「いつもそうやって接待させてるんだろうね。何もなかった?」
「はい。こちらは沈黙を守りましたし、剣を抜こうとした者は威圧で押さえましたので」
「それならいいや。あとは通常警備に戻ってくれて良いよ。あ、増加食を用意してあるからみんなで分けて」
「ありがとうございます」
神官団も身の回りの世話をする人員は連れて来てるし、これ以上、警備部のスタッフを対応に駆り出す必要はないからね。
──────────
そして翌朝。
さっさとお帰り頂くために、朝食はこちらで用意しておきます。食事の支度だ片付けだと口実を作って、居座られても迷惑だからね。
そして食堂にはちゃんと遠隔監視できるシステムを仕込んである。
配食は自分たちでやってもらいます。そこまで人を手配する義理もないからね。
『粥だと!』
そして見張っていると案の定、用意した食事を見てなんか切れてる奴がいました。
『農奴の食事ではないか!我々は騎士だぞ!』
言うと思いました。
『小麦の白い麺麭くらい用意せんのか!』
『肉もないとは!』
人間の国では、小麦100%でふすまの混じっていない白いパンは高級品です。高級品と肉を用意して歓待しろと、つまりそう言いたいんだろうけど。
『ご出立前に体を温めていただきたく、御準備いたしました、だと……?』
神官団の代表は、食堂に置いてあるメッセージカードを読んで額に皴を寄せてます。
『そちらでいう五の刻にお見送りいたします……出て行けという事か』
五の刻までは今からだいたい1時間です。朝食をとって荷物をまとめて、間に合うかどうかってところだね。
『なっ!?』
『まだこの村からの接収が終わっていません!』
やっぱり、いろいろ盗んで帰るつもりだったようで。
ま、それを見越して彼らを呼ぶ場所にここを選んでるわけですけどね。どうせやらかすと思ってましたんで。
『めぼしいものだけ接収せよ。残念だが、すぐに持ち運べるものだけだ』
神官がそんな指示出して良いんですかねえ。
これは今後のためにも記録を残しておく。彼らにはうちの物を持って行く正当な理由は無いからね。それに、神官のやらかしは神官が仕える神のやらかしにもカウントできるんで、こっちとしては有利な材料に使える。
『従う必要はありますまい』
あ、護衛騎士隊長がなんか言ってるし。
『あれらはまつろわぬ者、神殿に弓引く反逆者です。そのような下郎が去れと言ったところで、何を気にする必要があります』
『魔王が豊穣神の眷属だと言ってもか』
『なにを世迷言を』
『世迷言ではない。我が神がお認めになったことだ、私は逆らえん。支度せよ』
『これほどの財を奪わず帰るのは、武人の名折れ。敵地で何も奪わぬとは腰抜けと誹られかねん!』
あーうん、そういう人たちだよね、君らって。
ハーグ陸戦条約みたいな国際法なんかこっちには無いし、そもそも人間の国だと、武力を持った人間にとって略奪は財産を増やす方法の一つに過ぎない。金がかかる馬と鎧を一そろい準備できるような階層にとっても、略奪できる機会は重要だそうで、言ってみればちょっとしたアルバイト感覚で気軽に略奪しにくる。
それにしても、武力紛争のあと勝利者として村に入ってきたわけでもないくせに、村の物を奪って帰るのは当たり前だと思ってるあたりが本当にどうしようもない。勝利者の権利としての略奪なら、こっちの世界的には筋が通ることもあるだろうけど、押しかけた先で礼儀を無視して物を盗むというのは、いくらこちらの世界であってもやり過ぎです。
「どうなさいます」
そう聞いてきたのは、俺と同じ画面を見ていたゼーグ。今回は人間に近い種族を表に出したので、黒鱗族のゼーグは裏方に徹してもらいました。
「寝かして運び出すか。どのみち、ここの所在は教える予定ないし」
彼らが来るときは、途中の森で時間と方向の感覚を狂わせ幻惑する方法をとったんですけどね。何もなければ、帰りも同じように感覚を狂わせるだけにする予定だったんですが。
「じゃ、ちょっと寝てもらいましょうかね」
仕込みはもう終わってるし、あとは魔法陣を起動させるだけ。
画面の向こうで、騒いでいた神官団と護衛騎士たちが次々に眠り込んでいくのがモニタにうつった。
魔王「強制退場です。」





