宿題が減らない件。
人間の国ルリヤーとリーシャさんちの喧嘩が始まりそうだけど、とりあえず俺は静観。
難民の受け入れは、しない。そっちでなんとか解決してください。
神殿からの手紙にそう返しておいたんだけどね。
「同じ人間として、救いの手を延べられるべきではありませんか」
やっぱりこうなるんだよねえ。
アダン神官の遺骨を引き取りに来た神官団の代表が、なんか偉そうにイチャモン付け始めてますよ。
「俺、異世界人だから。『同じ』人間じゃないですよ」
で、ざっくりこう斬り捨てます。
「しかし神々の目には同じ人間です」
「誰が言ったのかな、それ」
発言者次第ではシメなきゃいけないんだけどね、それ。
「誰が、ですと!なにを当然の事を!神々の前に我らは同じ!!」
「発言者が誰なのか、追及する義務があるんだよ、俺は」
俺が何でここにいるか、て話につながるからですね。
「俺を自分の下僕だと勘違いしてる神様がいるなら、ちょっと話付けてもらわなきゃいけないからね。で、どの神様からの神託?」
俺はあくまでも『邪神をどうにかするために』ここに派遣されてるわけですから、邪神になりかけてる存在の部下なんかじゃありませんのでね。ついでに言うと、俺の上司である氏神様のさらに上の存在が、こっちの偉い神様と少々語り合って俺の派遣条件を決めてます。
俺を勝手に格下扱いするってことは、うちの上司の上司が決めた条件を無視してるという事に他ならない。上司の上司の顔に泥を塗るのに等しいです。
……人間の国という狭い範囲でのみ崇められる格下の地方神が、そんな事すればどうなるか。
まあ確実に上のほうの神様が怒るし、怒りで大災害が発生しても仕方ないよね。
とはいえ、今以上に災害が起きて、さらにトラブルに巻き込まれるのは俺としても困るわけで。
「我が神の神託を妨げているのは魔王であろう!」
神官がヒートアップしてるけど、うかつなことを口走られると困るんだよねえ。
人間が勝手に俺を見下したがっているだけで、神様は唆してなんかいません、全部人間の責任です、という言質を取らないと、神様同士の喧嘩が勃発しかねないです。
「それどうでもいいから。どの神様が言ったのか、確認しないといかんのよ」
「何をぬかすか!魔王の分際で」
「だから、どっかの神様に言われたの?それともあなたがそう思ってるだけ?」
「神託など待つまでもない!!」
「あっそ。……ちょーっと出てきてもらっていいかな?」
神官団の代表に対応してるのは、ダミーの村にある『仕事部屋』の応接コーナー。『魔王城』からほどよく近く、村からはほどよく離れた、臨時出張所みたいなところです。略奪を許容している以上、神官たちは村に入れて接待する対象じゃないからね。
そしてこの部屋には、神棚のように仕立てた簡易結界が作ってある。そこにちょこっと声をかければ、
『だ、大丈夫なんでしょうか……』
と、ちょっとびくついた感じの女性の声が返って来た。
「いいよ、いったんお勉強の手は止めて。あなたのところの神官の教育を優先してほしいかな」
はい、人間の国の智女神さんですね。
なんか神官団の代表が目をむいてるけど、とりあえず無視です、無視。
『ここで、ですか……』
簡易結界は通信用なので、女神さん本体はどっか別のところにいるんだけどね。
管理者氏ほど悪辣な女神ではないので、縛り付けるつもりもないです。某学問の神様に依頼されたので、宿題の監視はしてますが。
「うちの神様からの宿題が終わってないんでしょ?そうすると、いつものところに神託を出しに行かせてあげるわけにいかないから。ここ使って良いよ」
幸い、今はうちのスタッフが席を外してるし。
『はい……あの、神託を出さないと駄目だと思うので、書き取りの量、減らしてもらうことは……』
「それはうちの学問の神様に言って。あ、あの方、小さい頃から天才肌だったそうだから、たぶん手加減してくれない」
努力の出来る天才だったという逸話が残ってるからねえ。そういうひとにとって、今出されてる宿題は量的にも質的にも、努力以前の問題。出来て当たり前だから、減らすなんて発想は絶対ないぞ。
『ええ~……あなたから、頼んでもらえない……?』
「無理。頑張ってね」
自分と同じくらいできて当たり前だろ、と思ってる天才に何か言っても、通用するわけないでしょ。
『そんなぁ……難しすぎますぅ……』
たしか今やらされてる宿題って、人間の国の文学の筆写なんですけど。そんなに文字数ないんだけどなあ?
「あのさ、あの方、見慣れてないはずのあなた方の文学作品全部覚えて講評してたんだけど?神ならそのくらいできるって、けろっとして言ってたんだよ?そういう神様に向かって、初歩の書き取りの手加減してくれなんて言えるわけないっしょ」
余談ですが、こちらに関わりを持っていただいたついでに、とばっちりで俺の手跡も評価されました。曰く、もうちょっと頑張ってきれいな字を書きなさいとの事。習字を始めた小学生みたいな指導されました。
そんな半人前以下の扱いされてる俺の口から、手加減してくださいなんて言ってみろ。お叱りの雷(比喩表現ではない)が降ってきますよ。
『ええ~……あなた、あちらの神々の眷属でしょ……どうにかならないんですかぁ?』
「無理。俺はただの眷属で格が全然違うし、無理。だいたい俺、まだ指導されてる側なんだし」
今回の見張り業務は言ってみれば、小学生がダラダラ宿題やってるのを中学生に見守らせてるようなもの、らしいです。
『ひどいですぅ……』
「書き取りが嫌なら、算数の宿題に切り替える?それなら、さぼったって言われることは無いと思うよ」
『嫌ですぅ……』
ぬぉ、あっさり拒否しおった。割と良い性格してますね。
「加減乗除だけじゃなくて、せめて一次関数までは頑張ってよ?」
『ええ~……』
正直なのは良いのか悪いのか、ま、悪神じゃあないんだけどね。やる気は無いよな。
「俺らは子供の頃に習う事だからねえ、うちの神様は手加減してくれないよ。子供向けの宿題だからやれって言われたんでしょ?」
『人間の子供じゃないのに……』
「あのひと厳しいからねー、頑張って宿題やっつけちゃってください」
『もうイヤ……書き取り飽きた……わたし、筆耕の神じゃないのに……』
「そこで手ぇ抜くと、字が汚いって指導入るよ」
気を抜いた時の智女神さんの筆跡は、信者に見せない方が良いと判断できる代物でしたよ?
『あのひとぜったいおかしい』
愚痴しか出てこないのも、判るんだけど。
「そら人間から神様に昇格するような人ですし?」
本来存在するとてつもない差を飛び越えていったひとを、普通の人間や神様の基準で考えてはいけない。
何柱かおられるけど、あのひとらは別格。ちょっとどころでなく洒落にならんのです。
そしてその何柱かの上をいく、さらに別格の方々がおられるわけで。
あ、俺みたいな眷属はただの雑魚ね。上司の上司あたりが喧嘩しないように、根回しするのが俺の仕事です。
『もうやだぁ……勉強やだ……』
「受験勉強より楽なんだし、まあ頑張りましょうよ?」
そのくらいしか、慰めようが無いです。
『あなたのところ、ぜったいおかしいでしょ……』
「昔の科挙を受けてた人らほどじゃないから、ダイジョブ」
比較対象が悪い気がするのは、キノセイデスヨ。
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とりあえず智女神さんに出てきてもらって、うかつなことは言わないようにと神官に釘を刺してもらい。
「ですが、魔王なら人民を救うだけの力が……!」
と神官がまだゴネてたんですが、
『ですからね~、それをすると、あっちの神々のお力を借りたことになっちゃうんですぅ~』
と、智女神さんが諭してました。
『私たちは、私たちの力で、どうにかしなきゃいけないんですよ~』
「しかし魔王はこちらの者」
『だ~め~で~す~、それ言ったら戦争になりますぅ~』
力が抜ける喋り方ですが、智女神さんはちゃんと理解はしている。
『こちらの神々がぁ、とっくにケンカ売った後でしてぇ~。これ以上、手は借りられないんですぅ~』
なんか神官がガン見してきました。
「うん、俺をこっちに呼んだ神様が、まあ色々やらかしちゃってね。だから、君らも注意してね」
「あなたは……人間でしょう」
「だから、こっちの人間じゃないんだって」
駐在員みたいなもんです。
こっちの神官が俺に命令しようとするのは、言ってみれば、無関係なよその会社の社員にタダ働きしろと命令するようなもん。神官が命令する権限もなければ、俺が従う義理もないわけです。
「というわけで、眷属としての俺が神官から強要されるとダメな案件なんで。がんばって」
声援だけならできるから、ま、頑張ってください。
……強要しようとしなければ、俺も動きようがあったかもしれないよ?
魔王「余計なこと言って威張ろうとされると、かえって動けなくなるんだよねー」





