春の食糧事情。
雪解けは農作業の開始であると同時に、川に作った設備がまた使えるようになるタイミングでもあるわけで。
「皮が剥けたらこっちの袋に入れて」
今日は保存してあった木の実の処理をしてます。
どんぐりっぽい木の実は秋に大量に収穫しておいて、熱湯をくぐらせて虫を殺した後、干して保管しておいたもの。天日で干してからボイラー室の熱で丁寧に乾燥させたもので、だいたいは春の収穫前に主食として食べるために使われる。
普通は麦や芋の不足を補って食べる、春の食だったそうで、年寄はあんまりいい印象を持っていないんだとか。
うちでは食糧不足になる心配は無いので、春の季節の食って感じだけどね。
「水車で搗いたら、全部粉々になるかと思ったんだけど」
しげしげと眺めながら言うのもまあ判る。
普通に考えたら、全部粉砕されると思うよね。
実はカラカラに乾いたどんぐりを水車小屋の臼で搗くと、固い殻と渋い薄皮がきれいにとれるんだよね。中の実はかちかちに乾燥してるから、搗いてもいい感じに割れるだけで、そう簡単には潰れません。
で、殻と皮を除いたものを大きな籠に入れて、川に持って行く。
そして川に作った木の実晒し用のピットに籠ごとドボン。
乾燥した実をもどすのと同時に、あく抜きをするためです。そのまま食べるにはちょっとえぐいので、流水で晒すんですな。
「これ、どのくらいで食べられるようになんの?」
ようやく体力がついてきた小島が、体力に合わせて他人より中身を減らした軽めの籠を下ろしながら、そんなことを質問してきました。
「ん~、最初のあく抜きが終わるまで五日だね」
それから今度は挽いて、干して粉にする。粉にしてしまえば、あとは必要な時に麺に使えます。
時間はかかるけど、搗いたり挽いたりするのは水車でやるし、ほとんどの時間は川の晒し場に放り込んでおくだけだから、手間はそんなにかからない。
「のんびりしてんなあ」
「他の仕事が忙しいから、ちょうど良いんだよ」
今でこそ水車番も厨房係もいるから俺の作業はあんまり無いけど、独り暮らしの頃も春先にはこうして作業したもんです。
最初に粉に挽いてから、粉を袋に入れて、水の中でデンプンを揉みだす方法もあるんだけど、あれはちょっと手間かかるんだよね。めんどくさいので、今の方法に落ち着きました。
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そんなこんなでうちは食料に困らない手配がしてあるわけだけど、人間の国はかなり悲惨なことになっている模様。
「種蒔き前は飢える季節ではございますけれど」
実家から連絡を受けたリーシャさんも、眉をひそめて首を振っていた。
「王家のためにパンの麦を供出せよと、無理難題を言って参りましたそうです」
「え、去年の分の税はもう収めてるよね?」
「当然でございますわ」
人間の国の王家とリーシャさんの実家の間には、主従関係という名の契約がある。
一方的に王家が偉く、何でも命令して良いってわけじゃないんですな。だから、収める税金の額を王家がかってに吊り上げたり、臨時で税金を払えと命令したりできる筋合いでは無いそうで。
「それなのに、我が領民のために備えておいたものがあるならば、民になど食わせず王家に差し出せと」
リーシャさんの実家とその領地は、人間の国の中でも被害を免れた地域でした。
ほとんどの地域では麦のカビは発生せず、ごく一部では入り込まれたものの、早いうちに被害を受けた麦畑の麦を刈り取り、根も掘り起こして、灰になるまで焼いて消毒。経験上、そうやって焼き尽くしてから灰を畑に混ぜ込んでやると、カビが再発する可能性が少ないんだそうな。
で、そうやって農地を守ったのはもちろんのこと、リーシャさんの家の領地では救荒倉が準備されていて、不作の時に領民が飢えないように手配済み。少なくとも、一年だけなら持ちこたえられる備蓄がある。
もちろん、それを王家に差し出す義理は無いそうな。
で、そんな貴重な食料を差し出せ、出さないなら軍を差し向けるぞと脅したという事なんだそうで。
「契約違反、てことかな」
「ええ。これで独立に向けて動き出すことが出来ます」
主従関係と言っても、主人が家臣を一方的に搾取して良いという関係じゃないからね。家臣の持ち物を強奪しようとすれば、そこで契約は破棄されるんだそうで。
「今は他領の民が我が領に流れ込もうとしておりますので、関所は閉鎖し、領軍を動員しているところです」
「ああ、もう難民が出てるんだ」
「我が領も受け入れるわけに参りませんけれど、なかなかの惨状のようです。関所の外に辿り着いた者が亡くなったりもしておりますので、死骸の埋葬の件でも揉めておりますし」
関所の外ならリーシャさんちの領地じゃないから、埋葬するのはその領地の領主ということになる。で、領主としてはそんなことに人手をとられたくないので、リーシャさんちが引き受けろと騒いでいるんだそうな。
もちろん、隣の領主にも難民を受け入れる余裕はない。
「国全体に餓死者が出ておりますが、これから最初の収穫期まで更に死者が出ますわね」
「出るだろうねえ。そのうち、こっちにも難民が来るんだろうなあ」
冬の初めに入り込んでた難民は、全員死亡してたけどねえ。
俺が救う義理は無いから、様子見です。
ここに国際協力という言葉は無いんで。なにか善意で差し出したが最後、『持っているなら寄こせ』で強奪しに来るのが人間の国だからね。
魔王「まずは自分たちの安全確保です」





