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異世界でスローライフを目指してたら魔王にされてた件。  作者: 中崎実


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魔王の祝福(Side:ナズク)

「今週の巡回診療は担当入れ替えだね」


 診療所長のターク医師がそう言ってくれたので、私は診療所で待機することが出来た。


 『村の診療所』と魔王が公言してはばからないここは、名前から想像できるほどささやかなものではなく、医師3名・薬師2名・看護のもの5名が働く場所だ。

 住民の数を考えれば、医師一人がいれば御の字なのがこの世界の常識だろう。

 これだけのものを用意したのは、魔王の常識に当てはめての事らしい。


「上の村に小児科と産科を置く余裕はないから、そこは申し訳ないんだけどね」


 と言ってたあたり、かなり手厚くする方針なのだろうと伺えた。

 そして上の村と呼ばれる高原の村にも、出張所と呼んでいる診療所はある。そちらは医師と看護の者がそれぞれ1名詰めていて、必要があればこちらに病人を下ろすか、こちらから応援を派遣する体制だ。

 それなりに余裕をもって仕事が出来るのは、正直なところありがたい。

 おかげで今回も、リンジュの出産に備えて待機していることが出来た。


「リンジュの骨盤に比べて、子供がかなり大きい」


 これは出産時の懸念事項だった。

 なにしろリンジュの夫のランベスは、体格に恵まれた赤牛族。新生児の時点で、有尾族より一回り大きいことが多い種族だ。


「ひっかかってしまうようなら、開腹する」


 出産が長引けば、母子ともに命の危険にさらすことになる。

 昔であれば、母体も子供も弱り切ってしまった後、母親の命は無いものとして子供を取り出すために腹を裂くものだった。私自身、若い頃には息絶えそうな母体の腹を開き、弱弱しく啼くことも出来ず冷たくなる子供を見送ったことも、何度もあった。


「その時は、よろしくお願いします」


 リンジュ自身は腹を括っているらしい。夫のランベスが青くなっているのとは対照的だ。


「任せなさい。昔と違うからね、親子で退院できるように頑張ろうか」


 幸い、ここの産院は産婆の腕も良い。


「トーリさんだけでお産が済むのが、一番だがね」


 産科医の出番など、無い方が良いのだ。


─────────


 陣痛が始まったと知らされ慌ててやってきたランベスは、案の定、産院の待合室に追い出されていた。


「それで、リンジュの様子はどうですか」


 ちょっと様子を見に顔を出してから、診療所に戻ろうとしたら、切羽詰まった顔のランベスが詰め寄ってきた。

 本人は詰め寄っているつもりなどないのだろうが、大柄なランベスが必死の形相で近寄って来ると、詰め寄られているような気分になる。警備部隊にふさわしい体格の持ち主なんだから、ちょっとは自覚してほしいものだ。


「ああ、異常はないよ」


 子供の位置にも問題はなく、今のところ母子ともに元気だ。


「近くにいてやりたいのですが」

「リンジュが呼んだら、行ってやりなさい」


 出産時の立会いは、産む本人の希望も色々だ。夫がいると落ち着かないという者もいれば、夫にずっといて欲しいという者もいる。

 伝統を考えれば、産屋に夫が入る事さえ許されない種族も珍しくない。

 その点でも、ここは異色の存在と言える。


「ああ、でもその前に、ちゃんと身を清めて、清潔な服に着替えてきなさい。トーリに蹴り出されるぞ」


 トーリの学んだ産婆術では、清めを重んじる。外の汚れを持ち込ませず、出産が始まるまで産室は汚れなく保たねばならず、道具はすべて熱い蒸気で清めてから用いるもの、と定められている。

 経験から作り上げられた決まり事ではあるが、理にかなっているのだと、ここ数十年で証明されている方法だ。


 そんな産室であるから、たとえ入室時に上っ張りを着せるにしても、仕事帰りで汚れた服を着た夫など、入れてくれようはずもない。トーリなら遠慮なく追い出すだろう。


「ええ、はい、でも心配で」


 大男が肩を落としてしょんぼりしていても、この場ではあまり意味はないのだが、仕方はあるまい。


「まだまだ先は長いんだ、ちゃんと準備してきた方が良い。ああ、あと、差し入れの食品は持ってきたかね」

「あ、しまった、とってきます」


 初産は長びきやすいものだ。手伝いの女性たちが準備してくれたものがあるとはいえ、有尾族の習慣に従った夫からの差し入れは別格だろう。


「慌てる必要はないから、身なりも整えてきなさい」


 そう若くもなく責任ある立場のランベスが、始めて父親になる若者と同じように狼狽(うろた)えているのは、どこか微笑ましくもあった。


─────────


 お産の手伝いにやって来る女性たちは、トーリと私の教えた方法で身を清め、清めた道具を使う事を学んだものに限定されている。


 教える手間をかけてでも手伝いの者を入れるのは、生まれてくる子供が共同体の母親たちに『村の子』として認められるためでもある。取り上げるのを手伝う事で、その子供とのつながりを作るためなんだそうだ。

 病院ではおよそ、考え付かなかった事だった。


「お産の手伝いに異種族を入れるのも、共同体に受け入れるためだろうねえ」


 と、そんなことを言ってるのは魔王である。


 魔王という尊称から受ける印象とはまるで違う、朗らかな青年といった風情の人間種に見えるが、一見普通の青年が持ってきた物から漂うのは祝福の気配だ。自覚は無いそうだが、魔王は豊穣神の神官でもあると、他人に知らしめるものだった。


「というわけで、これ差し入れね」


 魔王が持ってきたのは、手伝いの者が交代で摂る朝食と、飲み物だった。

 どう見ても祝福の魔法がかかっていて、これを口にした者の疲労回復が早くなるだろう。魔王が作る物にはたいてい、こういった祝福が与えられている。


「御守は仕事してるかな」


 困難が予想されるリンジュの出産に魔王の祝福を与えていただきたい、と願ったところ、御守と称して小さいが美しい布袋を下賜された。

 トーリも私も全力を尽くすつもりではいるが、運の悪さゆえに亡くなる母子は昔から後を絶たない。運だけは我々にはどうしようもない事でもあり、そこは神官としての魔王の祝福に期待するしかない。


「今のところ、順調に行っていると聞いています」


 まだ、私の出番は来ていない。


「それなら良かった。運の良さを実感できる事態にもなってないなら、それが最上だね」


 運の良し悪しを痛感できるのは、危険な状況になった場合である。

 そうならないよう、できるかぎりの備えはしてある。


「じゃあ、長居してもしょうがないし、これで失礼するよ」


 なんとも気楽に言って魔王が立ち去った数時間後に、リンジュの大仕事は無事に終わった。


魔王(しまだ)「それなりに住民がいるんで、診療所もそれなりに対応してます」

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