住民がまた増えた件。
事故やその他の原因で人が減ることが続いてたけど、増えることもあるわけで。
「すみません、今日はこれで」
奥さんの陣痛が始まったと連絡があったランベスが、そわそわしてます。
「湯沸かし係、頑張って来いよ」
出産時に父親がお湯を沸かす仕事なんて、この村だとほとんど無いんだけどね。
どうせ仕事なんか手がつかないんだし、さっさと帰すに限ります。
というかこんな日くらい、定例会議も副長に任せて構わないと思うんだけどねえ。
「家や産屋の周りでおろおろするだけなら、仕事しててもらった方が良いんですよ」
と、赤牛族のサデクさん。彼女は3人目の子供をここで産んでます。
「かみさんにまで、仕事して来いと言われたりするんですよね」
さすが経験者、子供が二人いるトゥワンがどこか悟ったようなことを言ってました。
体の構造に大きな違いが無いから、ヒト型諸種族の出産は白牙族産婆のトーリさんと診療所のナズク先生が担う事が多い。だいたいはトーリさんだけで取り上げてて、トーリさんだけでは手が足りない時に診療所から応援が入る感じかな。
そしてお産の時のトーリさんは、父親にとっては結構怖いらしいです。母親にとっては頼もしいらしいけど。普段はおっとり可愛らしいおばちゃんなんだけどね。
「どうせ、女衆が手伝いに入ってますし。男のやる事なんかほとんど無いですよ」
トゥワンの子供の時はたしか、トーリさんに蹴り出されたんだったね。邪魔だったらしいです。
「赤牛族でもそうなんだ?」
「夫が付き添う事もありますけど、生まれるまで産屋に入れない事のほうが多いですね」
産屋、というのは産院の事。トーリさんの管理する助産院ぽい建物が、診療所と並びで作ってあるんだけど、出産はそこでという事が多いです。
ここに来た頃は、自宅で出産するのがほとんどだったんだけどね。診療所の先生が必要になった時に間に合わなくて亡くなった母子がいたので、こちらの負担で産婆さんが管理する建物も作りました。
今はお産の直前にそこに行ってもらって、出産から一週間くらいはそこで面倒見てもらうようにしてます。個人負担は無し。そうしないとお金を気にして自宅で産む人が出るからね。
「それに、ランベスのところは初子でしょう。生まれるまで時間かかりますよ」
「奥さん小柄だしなあ」
赤牛族は全体的に体格が良いんだけど、ランベスの奥さんであるリンジュさんは有尾族で、ほっそり華奢な体格。ナズク先生が帝王切開の可能性を考えてましたね。
赤ん坊の発達は赤牛族の平均に近いらしくて、有尾族にとってはかなり大きいってことらしい。ちゃんと骨盤を通れるかどうか、たぶんぎりぎり通れるだろうと判断しているけど、とナズク先生からリンジュさんへの説明もあった。
俺に対しては出産安全御守の製作依頼がありましたし。なんだか知らんけど、俺が作るとちょっとだけ危険が減る魔術的効果が付くそうです。いつものことで、俺にはまったく魔法の存在が判らんのですが。
「この村でしたら、腹を開いても母子とも生きていられますから。そういう点では心配いらないのが良いですね」
この世界では、出産は基本的に命がけ。今回のリンジュさんのように、小さな母親から大きな子供が生まれる時には、子供が引っ掛かったままになって母子ともに死亡することも珍しくはなかったそう。
ぎりぎりになって母親の腹をあける、帝王切開で子供を取り出すこともあるそうだけど、これは母親が助からない事が前提でやる、危険な処置だったんだそうな。
その場は母子ともに助かってもその後、母親が腹膜炎になって死ぬ事例も珍しくなかったそうだし。たぶん、手術の時に細菌感染してたんだろう。
そういったのをひっくり返したのが、診療所の先生たちが持ち込んでくれた技術。それまで派閥の違いで交流の無かったナズク先生・ベセド先生が持ち寄った手術の技術と、ターク先生の浄化魔法と、薬師のルース先生が作り上げた化膿止めの傷薬のおかげで、手術の成功率は上がったそうです。
俺としては住民が安心して暮らせればそれで良いので、細かいことは知らんけど。
あ、ルース先生の薬は特許押さえてます。薬の作り方を盗んだ奴が特許を取って、そいつが利益を独り占めして薬が行き渡らなくなる、なんて事態は嫌だということで、あらかじめ特許を押さえたうえで製造法を無料公開したんですな。おかげでルース先生の収入にはあんまり反映されなかったけど、それで良いらしい。
欲が無い人なんだよなあ。ペニシリンなみの発見らしくって、かなり大騒ぎになったらしいんだけどねえ。本人的には山向こうの国の医療関係者に広く知られるようになって、それで満足らしいです。
「出産祝いは、明日以降かな?」
「夜中は越えると思いますよ」
実はこっそり用意してたりするんだよね。
──────────
定例会議はいつもよりちょっとだけ長引いて終わり。
あとは書類を少し片づけて、俺はリンジュさんと子供のためのプレゼントの準備。サデクさんには情報収集に行ってもらいます。
お産があるときの助産院って、俺でも叩き出されそうな雰囲気あるからね。女性に見に行ってもらうのが一番です。
プレゼントはベビーベッドに付ける飾り物で、これは有尾族の伝統なんだとか。もともとは母方の祖父母をはじめとする親戚が用意するものだそうで、今では近しい人からの贈り物としても良くあるらしいです。
ベッドの上のつるし飾りになるから、日本にも似たようなものあったよなと思うわけですが。
最後の仕上げは子供の性別を聞いてからやるものらしいので、つるし飾りの人形の尻尾はまだ塗ってません。
「器用だよなあ」
俺の自宅で人形をしみじみ眺めながら言ったのは、小島でした。
「そうか?」
あんまり複雑な造型にはしてないんだけどね。近い将来に、動き回れるようになった赤ん坊が欠けた破片を飲み込む、なんてトラブルが起きたら困るんで、細かい部品は無し。全体に丸くデフォルメしてあって、尻尾も胴体に彫り込んであるだけです。
「慣れれば作れるよ」
「小島さん、信じちゃダメですよ」
横から修正したのは翔君。
「優紀さん、かなり器用な人なんで」
「そりゃ、手作業も100年やってりゃ上達するでしょ」
「慣れのレベルが違った!?」
「魔王の基準でものを考えたらダメ、ってことか」
そこの小島、魔王なんて人はいませんからね?
「はいはい、なんで魔王って言われんの嫌なわけ?」
あ、さりげなくスルーした。
「嫌いじゃないけど、公的には『王様』って呼ばれるのがまずいからねー」
「外で呼ばれると、なんかめんどくさいことになるんだ?」
「その理解でだいたいあってる」
「身内に呼ばれる分には、構わないんだよな?」
「みんなそういう結論に達するみたいだよ」
「じゃ、気にしないってことで?」
順調に村の適当さを身に付けてるようで、なによりです。
「そういや、魔王が作ったものって御守になるんだよな。これもそうなの?」
「そうらしいよ。俺には全然判んないんだけどね」
ちょっとだけ幸運を呼ぶ、ちょっとだけ不幸を遠ざける、その程度の物らしいんだけどね。作ってる俺にはまったく魔法の存在が判りません。
「なんで?」
「知らん」
まあそういうことで。
「仕上げに入れるのは夜中過ぎだから、君らは飯食ったら帰れよ?」
今日は天気もいいから遭難するリスクは少ないけど、夜中は冷える。
風呂入って食堂で夕食を食べたら、宿舎に戻ってもらった方が良いだろう。
「完成品、見られないのか。なんか残念だな」
小島が本気で残念そうでしたが。
「どうせ、プレゼントするのは明日以降だよ」
リンジュさんが落ち着いた後じゃないと、渡せないからね。
魔王「安全にお産が出来るの、大切な事らしいですよ?」





