怒りの鉄槌の可能性(ただし上層部の話)
「わたくしどもの落ち度でございます」
リーシャさんの表情が硬いですが、まあ仕方ないよね。
「あのような神官を推薦した以上、こちらにも責がございます」
「あ、そこらは問わないことにするから」
智女神の神官を子供の教育にあてる、というアイデアを出したのは確かにリーシャさんだし、アダン神官を連れてきたのもリーシャさんの家の人だけど、最終的にGOサインを出したのは俺です。責任者は俺なんで、リーシャさんを責めるようなもんでは無いです。
「智女神にお仕えしているとも思えない失態ではございます、お詫びのしようもありません」
「ああ、そこらへんはねえ」
アダン神官ってなんというか、文化的な限界のある人だよね。
「しょせんは人間の国の常識からは外れてないってことじゃないのかな」
「略奪は許されていない、と散々教えましたのに」
「たぶんさ、アダン神官にとって『略奪』っていうのは兵隊が徴発する行為の事だけを意味するんだよ。そう考えるといろいろ辻褄が合うんだよね」
自分たちは持っていないんだから、いろいろ持ってる奴は施して当たり前だ、施される権利を無視するな、そういう発想なんだよね。
じゃあ自分たちが何かを持っていた場合にそれを施すかというと、そうはしないけど。
「持てるものから奪う権利、でございますか……」
「俺たちはそんな権利なんかないと規定してるし、合意もないのに奪ってく行為を略奪と呼んでるんだけどねえ」
「富める者から奪う時は貧しいものが奪うのは当然だと言い、自分が富めば貧しきものを見下し飢えるに任せる、そんな自分の都合よい道理は通りませんのに」
「でも、あいつらやるでしょ」
「ええ、そういう考えですわね」
多分このへんはリーシャさんの方が詳しいよね。
「略奪だという認識すらないんだよなあ、たぶん」
おそらく、それに尽きる。
自分の都合よく奪うために屁理屈こねてる、という自覚はゼロだ。倫理観とか道徳とか、そういうもんはあの国に無いと思います。
「で、どうなさるおつもりです」
「人間同士の事については、リーシャさんのところからまた工作してもらうしかないかな。俺は伝手が無いし、リーシャさんだって神殿が恩着せがましく何か要求してきたら困るでしょ」
「ええ、アダン神官が情報をもたらさないなら、わたくしどもを脅迫して情報を得ようとしかねませんわね」
図々しい手紙を送って来た事もあったしねえ。
「あの程度の道徳心の持ち主なら、何をやらかすか分からないからねえ。アダン神官の騒動をどう伝えて人間の国で利用するかは、任せて良いかな」
「よろしいのですか?」
「アダン神官は、この村から生きて出ていくことは無いから。それも踏まえて、リーシャさんちの将来の独立と、この農場の利益になるように使ってくれるとありがたい。計画立てたら教えてくれるかな」
俺は手を下さないけどね。
ただ、人間の襲撃で親しい人を亡くし財産を失った住人にとって、アダン神官のあの言い草は許せないものだったから、何らかの事故は起こるだろう。
情報を持ち出されないためにも、対処は必要だ。だから、俺は何も見なかったし、聞かなかったことにする予定です。
「かしこまりました。それで、人間同士と仰いましたが、他には何かご計画が?」
「人間以外の種族への根回しと、あとは俺の直属上司経由でちょっとね」
「魔王様の上司と仰られますと、異界の女神様でらっしゃいますよね……?」
「ちょっと面白いことになるかもしれないんで、リーシャさんには教えとくよ」
神様同士でトラブルになると、人間も影響受けるからね。
「智女神の神殿に、何か起こるのでしょうか」
「神殿じゃなくて、女神様本人が反省文書かされる予定」
この世界の神様も色々いるけど、人間の国であがめられる神様たちは、かなり人間を贔屓にして直接的に影響を与えている。例えば神託という形で知識を与えたり、入れ知恵する事もしばしばだ。
で、今回は信者に与えてる知識のレベルがあまりにも低かったんで、俺からクレームいれたんだよね。
「実はアダン神官のやらかし、関係ないんだけどね」
「え?」
「知恵を求める我々に知識を寄こせー、とか手紙寄こしてたでしょ」
「ああ、魔王様の知識の開示を求めていた、身の程知らずの手紙がございましたね」
「うん、あれ。あんなこと言ってくるんだから、開示すれば理解できるくらいの頭があるのかなと思って確認したんだけどねー」
はっきり言って、四則演算がやっとのレベルの連中に判るようなこと、やってませんのでね。
「こっちの知識を理解するのに必要な、最低限の知識さえないのが判明しまして。智恵の女神の信徒がいったいどういうことだと、そう問い合わせましたところですね」
お忘れのようですが、というか俺自身けっこう忘れてるんですけど、俺自身も神様の眷属的な扱いで、この世界でも管理者氏と殴りあえる程度の存在にはなっている。そんなわけで人間には開示できない情報も、俺には開示可能だったりするんだよね。
普段は眷属的な立場は利用しないことにしてるんで、めったに問合せしないけど。
今回の場合、神様情報なら直属上司経由で聞いてみるしかないかな、と思ってトラブル発生後に確認してみたら、まあなんというか。
「あの『知恵の女神』って、言ってみれば地方のおばあちゃんの知恵袋的存在なんだよね」
担当女神さん、別にこの世界全体の知恵を司どってるわけじゃないんですな。
「え?」
リーシャさん吃驚ですが、まあそりゃ、知らんわな。
「人間の国にとって賢い人を守護してくれてるけど、世界的に見るとレベル低いんだよ」
知恵を司どっていると言っても、一地方では知恵者として扱われる程度のレベル。そして『魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えよ』という教育はとうてい無理、という残念な能力と思考しかない……と、そんな情報が返ってきました。
困ってる人間を見たら直接手を貸しちゃう!力を与えちゃう!まあなんて素敵なワタシ!!くらいの勢いで脳内お花畑の女神さまで、長期的に教育して問題解消を図りましょう、て頭は無いそうな。
それって俺の世界の人間以下じゃないですか、と思わず突っ込んだ俺は悪くないと思います、はい。
それ聞いて智女神さんがへこみまくったそうだけど、でも老子以下だし、ねえ?
「……え?」
「直属上司経由で聞いてみましたんで、たぶんかなり正確な情報ね」
ちなみに、格付け的には俺の氏神様のほうが上なんだそうで。
智女神さん、割とささやかな神様でした。
「……あのう、それはわたくしがお聞きして良かったのでしょうか」
「普通なら教えないんだけど、ちょ~っと、俺の祖国の学問の神様が怒っちゃってねー。影響出そうだから、教えておく必要が出来たんだよ」
上司経由で問い合わせなきゃいけないってことはですね、うちの上司の上司あたりから、日本ローカルの某学問の神にも情報が伝わったりするわけですよ。
なお受験の時は俺も拝みに行った覚えがありますんで、俺も信者の一人に数えられなくはない、らしい。困ったとき以外に拝んだ覚えは無いけど。
そしてアホが『知恵を司どってござい』と抜かして俺に面倒かけてた、となればまあ、反省文書きの監視くらいはして下さるそうです。
「……魔王様の世界の、学問の神でございますか」
リーシャさん戸惑ってますが、ま、仕方ないよね。人間同士の話じゃないから。
「俺の祖国であがめてるだけで、世界的な神様ってわけじゃないよ。局所的な神様の一人」
「そんな方が、影響を……?」
「うちの学問の神様、キレると雷落とすから」
で、反省文の出来が悪ければ指導が入る予定らしいんですよ、これが。
「落雷で影響が出ないとも限らないから、教えておく必要あるでしょ」
「……なぜ雷が」
「学問の神様が雷神様も兼任してるから?」
日本の神様ってだいたい雷ぶっ放すよね。
「まあそんなわけで、神様たちも色々ありそうだから。国元にも情報は必要でしょ」
避雷針くらい、立てとく必要あると思うよ?
魔王「落雷で窒素固定されれば、収穫量も増えていいんじゃないですかねー(棒」





