寒い日の、あまり面白くない出来事
厳罰趣味は好みじゃないけど、故意で人が死ねばそんなことも言ってられない。
そして今回の場合、内部規則に照らして審理の結果、与えられる罰は追放刑に決まった。
最終決定を下すのは農園主である俺だけど、処分決定に至るまでに族長会議と代表会議の投票を経ている。
今回の決定は、もはやコミュニティ内に置いておけない、と投票権を持つ代表の多くが考えた結果でもあった。
そして本人はと言えば、
「んでだよ!いっつもオレばっか悪もんかよ!!ちょっとフザケただけじゃんかよ!」
刑を言い渡されてもこれだった。
「この申し渡しから2時間後に刑を執行する。咎人の所持品はナイフ一本だ」
本人が所有する衣服を着せ、ナイフを持たせるのは慈悲だが、それ以上は与えられない。
食料も水も持たせず、冬の寒さに放り出せばどうなるか。
答。ごく稀な例外を除き、凍死する。
つまりこの時期の追放刑は、死刑とほぼ同じだ。
……これが誰も死んでいなくて、一回目の『やらかし』だったら、ここまで厳しくはならなかっただろう。実際にこいつが裁判の被告席に立つのは初めてではなく、一回目の裁判の時には、亡くなったランガのように庇ってやった者が何人かいた。更生の機会を与えて欲しいと懇願した者もいたし、代表者達も切り捨てることを良しとはしていなかった。
二度目で、しかも人が死んでいる今となっては、誰も庇う者はいない。
そして誰にも庇ってもらえなかった本人は、
「嘘だろ、オレふざけただけじゃん!なあありえねーって!放せっつーの!!」
屈強な若者二人に引きずられながら、反省の色もなく叫んでいた。
集会場に集まっていた面々は解散。集まっていたのは投票権を持つ代表者と、証言のために出席した関係者だけだったが、どの顔も複雑な表情だった。
前回は少数ながら存在した弁護に回った者は、今回はゼロ。誰もいなかった。
そして、ほとんどの住民が帰った後。
「……ありえないのは、あんたでしょ」
ぽつっと言った、普段からは想像しにくい怨念のこもった声は、佐奈ちゃんのものだった。
「……あとは俺の仕事だから、佐奈ちゃん、休んでていいよ」
処罰を決めて実行するのは、楽しい仕事じゃない。
でも、ああいう『悪気なく周囲を破壊する者』を野放しにすればコミュニティが崩壊しかねないから、誰かがやらなきゃいけない。となれば、コミュニティを維持するために嫌な仕事を引き受けるのは、責任者の俺のやるべき事である。
適切に処罰することで、私刑を抑制する目的もあるし。『代表者の俺が皆の代わりに処分するから、勝手な真似はするな』という意味もある。
「いえ、追い出されるまで見てます」
「いいの?」
「はい。……石投げの刑がここにあったら、思いっきりぶつけてると思います」
「人間の国にはあるもんねえ、あれ」
石投げとか石打とか言われる刑は、ここでは採用していない。
恨みを買った人間があの刑を受けた場合、文字通りズダボロになるまで石をぶつけられる事になる。死んだ後の見た目がエグく、子供の教育にも良くないし、うちでは採用してません。
佐奈ちゃんももちろん、石投げの現実は見て知っている。それでもこんなことを言うくらい、内面では怒り狂っているんだろう。
「念のために聞くけど、手出しは無用というルールは判ってるよね」
追放はあくまでも追放なんで、外で暗殺されても困るからね。
「もちろんです。でも、追い出した人間を中に入れないようにするのは可ですよね」
「そこは許可してるよ。まあ、魔道具使っちゃうけど」
森の中の村だからね、大型野生動物が入ってこないような仕掛けもあります。
それをちょっと流用することは、可能なわけでして。
「いったん外に出したら、村には入れなくするよ」
「……村の外で、物品の受け渡しは出来るんですよね」
「追放刑の場合、置き去りにする場所は村から離れてるんだよ」
すぐ戻って来られるような場所で死なれても迷惑だから。
刑の執行をする俺としてはどこで死のうが同じなんだけど、村の住民への影響は減らしたい。
「どこです?」
「夜迎峠」
「……それって、もしかして」
「雪壁回廊への入口だね」
山向こうの国行くための、冬季閉鎖せざるをえない豪雪地帯を抜けるルートの途中にある峠です。早春や晩秋になると遭難者が出る確率も上がるんで、日が落ちる頃に峠にランプを付けた事があったんで、『夜の迎え』の名前を付けたんだけど。
無理して通ろうとして遭難死する人も出るので、あの世の迎えとも言える場所です。
なお、山小屋は設置してある。準備が良い奴なら、そこに逃げ込むことは可能だろう。
「避難して過ごすための山小屋はある。近くに、備蓄も用意させてる」
「……生き延びるんじゃないですか」
「ある程度の情報を持っていればね」
生き延びられる可能性はゼロじゃない。
「コミュニティに戻りたければ相応の能力を身に着けてもらうか、でなけりゃ自力で生きていけっていう罰だから」
なお、今は街道封鎖中なので、山小屋に住人はいません。
山小屋の存在を知っているかどうか、まずはそれが生死の分かれ目だね。
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二時間後、簀巻きにされたそいつを竜馬の鞍にくくりつけて、執行準備が整った。
出かけるのは責任者である俺と、見届け人2名。見届け人のうち片方は、亡くなったランガと同じ赤牛族。赤牛族の部族法では、報復としての私刑が許されてたんだけど、うちの村では直接報復は許してないからね。その代わりに、たしかに刑が実行されたことを見届けることで、報復の代用としてもらってます。
往復に使う竜馬は、平均的なものを選んでます。ちゃっかりドラゴンだと走破能力が高すぎて、他の個体が付いてこられないんだよね。
出発そのものに儀式のようなものはなく、ただ行って、所定の場所で簀巻きから解放して、置いてくるだけ。
鞍から下ろすのも、下ろしたところで拘束を解くのも浮遊を使い、追放対象者に掴まれないように用心する。
雪の中で喚いている奴をそのままにして村まで戻れば、一日が終わっていた。
「……お疲れ様でした」
集会場で報告を待っていた関係者に手短に経過を告げた後、家に戻ると、佐奈ちゃんとサイード君、それに小島が待っていた。
「あ、ありがとう。三人とも、晩御飯は済んだ?」
サイード君が手渡してくれたお茶を受け取りながら聞くと、佐奈ちゃんは首を横に振り、サイード君と小島は首を縦に振った。
「サナは食欲がないみたい」
「モリモリ食べる気分じゃないのは、仕方ないよ。煮込みがあるから、ちょっと食べていきなよ」
朝のうちにストーブに仕込んでおいた煮込みは、良い具合に仕上がってました。
野菜と塩漬肉を適当に切って、食堂から分けてもらったスープストックで煮込んだだけのポトフなんだけど、冬の定番料理になってます。
主食はいつもの挽割麦。
佐奈ちゃんは黙ったまま少し食べて、やっぱり黙ったまま帰っていきました。
サイード君はそんな佐奈ちゃんを送るからと言って、佐奈ちゃんと一緒に帰ったんですが。
「……どこにでも、ああいう奴っているんだな」
二人っきりの時間を作らせるために残った小島が、そんな事をぽつっと言った。
「ああいう奴、って、今回追放したようなのか」
「うん。作業現場から、追い出された奴がそっくりだったなって」
「現場仕事もしてたのか」
「あんまり上手くなかったけど、やってた。力ないから役に立たなくって、本職にはなれなかったけどさ」
どう見ても肉体労働向きじゃないけど、食うためには手段を選んでられなかったんだろうな、これ。
「ああいう奴ってさ、構ってくれる人に甘えてるつもりなんだよな」
「……そうなんだよなあ」
ろくなことをしない奴は見捨てられることも多い中で、辛抱強く付き合ってくれる人に対して、甘えるわけだ。『ちょっとした』イタズラなら、『たいしたことない』悪ふざけなら、この人は許してくれる。『たいしたことしてないから』この人はまだ構ってくれる。そう思ってとんでもない事をやらかす。
俺も見たことのあるパターンだ。
今回、ランガが乗っていた橇が狙われたのも、『橇が飛んだくらいなら』ランガは最後は許してくれるし、ゴチャゴチャ煩いこと言うけど怒らせた顔も面白いから、というだけの理由だった。
もちろん、橇が転落すれば誰かが死ぬ、なんてことは考えてなかったし、『勝手に死んだ奴が悪いんじゃねーか、俺のせいじゃない』と叫び続けていたのも本気だろう。あいつにとって、今回の事件は『ちょっとした悪戯で、勝手に死んだ』ランガが『大げさにした』だけなので。
なお、あいつはあくまでも本気でそう主張してました。
「悪いことをしたとか、思ってなかったよな」
「思ってないね」
「自分がこれをやったら、どうなるか、とか考えないのかな」
「考え付かないんだよ」
それをやった結果どうなるか、考えてみる事すらできない。
「……で、追放かあ」
「一度目は情状酌量の余地があったけど、二度目はさすがにね」
危険予測が出来ないから仕方ない、と放置すれば、あいつはまだまだ、他人に危害を加え続ける。
俺としては、許容範囲を超えたと判断せざるを得なかった。
「……そっか、あんた、魔王様だもんな。他のみんなを守る責任あるよな」
「魔王様なんて人はいませんよ?」
代表者としての責任はあるけどね。
魔王「愉快じゃないお仕事もあるからねー」





