付ける薬のない奴と、事故のこと
どこの世界にもお調子者はいるわけですが、俺もさすがに甘い顔はしていられない事態が発生しました。
「人員点呼完了、負傷者2名、居場所の把握できていない者1名です。主犯は拘束しました」
報告する警備部のイードも表情が硬い。
「負傷していない者の安全確保と負傷者の搬出を優先。所在を把握できていない者は誰だ?」
「橇ブレーキ手のランガです。橇と一緒に落ちたようだと」
「橇の位置は判ってるか」
「崖下に」
……生存しててくれればいいが、とは俺もイードも言わなかった。
もう期待はできないと、口には出さないが俺もスタッフも理解している。
今回の事故が発生したのは、バットグアノ輸送中。『ちょっとスピードを出しすぎた』橇がカーブを曲がり切れず、転落したという報告が第一報だった。
本来なら、緩やかなカーブを曲がる際に安全のためロープをかけるんだけど。
現場に来てみれば、このロープが切られて発生した事故だった。
荷を満載した橇を下す場合には、カーブ手前で橇を停止させて、カーブ内側の地面に固定してあるフックにロープをかけ、ブレーキをかけながらカーブをゆっくり下り、曲がり切ったところで橇を止めてロープを外す、という手順を繰り返す。ロープをひっかけたり外したりする他にも、橇の動きを制御するブレーキ手が重要な役割を果たす方法で、意外に手間がかかる。
しかしロープの長さを短くすれば回転半径を制限できるので、ガードレールなんかない場所で道から飛び出さないようにするために、こちらでしばしば用いられてる方法だ。
輸送路から墜落場所まで、だいたい10メートル。斜面になっている墜落現場には荷物も橇も散乱しているが、動いている影は見当たらなかった。
「ロープを切ったのはどういう理由だ?」
俺が現場に到着した時、主犯は喚きながら引きずられていくところだった。
「そのまま飛び出したら、橇が空を飛んで面白そうだから、だそうです」
ただ、動いてる橇の安全を確保してるロープをその場で切ったら、橇がすっ飛んで行って面白いよな、と思って斧で叩き切っただけだという。
「ちょうど雪が固くなっているし、良い勢いで飛びそうだから、と」
犯人は、殺意があるわけじゃなかった。
「……後日処分する、まずは負傷者を優先してくれ」
理由はどうあれ、今回やらかした奴が『いたずら』で事件を起こすのはこれで二度目。
しかも今回は負傷者が出ている。そしておそらく、高確率で、負傷者だけでは済んでいない。
「了解しました」
イードは硬い表情のまま、そう応じた。
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怪我した二名は、ロープを切られたことに気が付き、とっさに橇を飛び降りてロープを掴んで引き留めようとした一名と、ぎりぎりまでブレーキにしがみついていたがランガに突き飛ばされて橇から落ちた一名。
そしてランガは事故の日の夕方、落下しバラバラになった橇と散乱した積み荷の下から見つかった。
「目をそらすなよ」
犯人は、輸送班員の手で文字通り引きずられて、現場にやってきた。
「なんでだよ!」
「おまえのしでかしたことを、ちゃんと見ろ」
何人かが殺気立っているが、俺は一切口を挟まない。
報復権を認める部族法を持つ種族に譲歩した結果、勝手な報復はさせない代わり、こうして現場で『教育』するのは黙認することになっている。
「こんなんなるなんて、思ってなかったんだよ!飛び下りなかったランガが悪ぃんだろ!」
叫び続ける馬鹿を、イードが全力でぶん殴っていた。
「良いからよく見ておけ。お前がランガを殺したんだ」
ぶん殴って張り倒した後、バカの首根っこを掴んで雪の上に押し付ける。
バカの目の前には、冷たくなったランガの躯があった。
「キモいの見せんゥガッ」
バカが喚こうとして、首の上に膝を乗せて固められていた。
ランガはブレーキにしがみついて、最後の瞬間まで何とか止めようとしたんだろう。ブレーキハンドルが腹に突き刺さり、首はあらぬ方向を向いて、荷の下敷きになった頭は平らになって、赤く染まった雪面に脳漿が飛び散っていた。
「お前がやったんだろうが!」
「回収します」
バカがぶん殴られているのをよそに、回収班がそう申告してきた。
「丁寧にな」
寒さで凍ってるから、人力だけではなかなか厳しい。
それでも、雪の上に落ちてくれたのでまだ、回収は楽だったと言えた。
遺体に刺さっているブレーキハンドルを切断してから、雪面で凍り付いた遺体をそっと浮かせ、用意してあった布に乗せる。
「上までは俺が運ぶよ。浮遊」
丁寧に包まれたランガをそっと浮上させ、上で待つ搬送担当のもとに届ける間、作業班は黙祷を捧げていた。
「ずいぶん冷えてきたから、荷の回収は明日にしよう。今日は戻って休んでくれ」
あまりにも馬鹿な『いたずら』で仲間の命が失われたんだから、それなりにみんなショックを受けている。日没まであまり時間もない時に、そんな心理状態で無理に作業すると、ケガ人が増えるだけだろう。
というわけで、バットグアノ輸送班から手伝いに来てた面々には、村に戻るように指示。
それ以外のスタッフも、今日はこれ以上無理をさせない方が良いだろう。
上の道から下ろした縄梯子を伝って、全員を林道に戻すと、遺体を乗せた小型橇を囲んでみんなで村に降りた。
村に降りた後、遺体は小集会場へ安置する。
部族によっては葬儀場を他の設備と完全に分けるので、うちの村でも集会場は二か所設けて、片方は弔事用になってます。
遺体の確認はターク先生で、一通り調べた後、渋い顔で少し首を横に振ってました。
「苦しまずに死ねたのが不幸中の幸いだった、とでも思わなければ、やり切れんね」
「ありがとうございます」
「顔は後で、少し見られるようにしてやろう」
凍ってるから少し溶けてからだな、とターク先生はやっぱり渋い顔のままでした。
そして以降の葬儀の手配はスタッフの皆に任せて、俺は事務所に戻ったわけですが。
「……すみません、死亡者出しました」
「佐奈ちゃんのせいではないよ」
責任を感じているんだろう、泣き出しそうな顔の佐奈ちゃんが謝罪に来てた。
「ランガも連れて帰って来たから。あとはみんなに任せて、佐奈ちゃんとバットグアノ作業班は全員いったん休憩。いいね」
「でも」
「今の状態で、何かするのは得策じゃない。お風呂入ってご飯食べて寝る、これ命令だよ」
バットグアノ採掘の総責任者は佐奈ちゃんだが、あのお調子者を輸送班に入れたのはランガの判断だった。
面倒見のいいランガだったから、色々問題の多い奴が相手でも、できる仕事を探して色々あてがってやっていたんだけど。今回は、その恩を最悪の仇で返された形になっていた。
「後は俺がやるから、佐奈ちゃんは他の人がちゃんと休めるかどうか、確認してくれるかな」
「……はい」
俺の部屋から出ていこうと後ろを向く時に、涙がこぼれたのは、見なかったことにした。
魔王「……フールプルーフが足りなかった」





