年中行事は賑やかに。
区切りが悪いので長くなりました。
こちらの住民の多くにとって大晦日にあたる冬至の日は、各部族でずいぶん過ごし方が違う。
たとえば白牙族の場合、夕方に集落で集まった後、親族一同でご馳走を食べて比較的静かに過ごす習慣があるし、赤鱗族は部族単位で宴会を開いて賑やかに夜明けを待つ。耳長族の一部は夜中に花火を打ち上げるし、黒鱗族の一部は夜明けと同時に鉦や太鼓を打ち鳴らすから、まあ静かで厳かな朝を迎えるばかりでもない。
そして帰国予定の高校生二人は、新年の迎え方で頭をひねってました。
「招いてくれてるんだし、好きに過ごせばいいんじゃない?」
せっかくだから、と招いてくれてる人が何人もいるんだよね。
「そうなんですけど、どれも面白そうじゃないですか」
「マルカさんのうちはご飯美味しそうだし」
マルカさんは農場合同食堂の厨房サブリーダー。普段は給食用スコップ担いで豪快に料理を作ってるけど、普通サイズの料理も上手です。
「マルカさんに誘われてるなら、行ったらいいよ。白牙族の夕食会なら、深夜まで付き合わずに帰るのもありだし」
「え、それ失礼じゃないんですか」
「他部族の人を招く事も多いから、珍しくないんだよ」
食事会がいったん終わったら、そこで帰る客がいるのは織り込み済みで招いてくれる。
食事会の後の、お茶を飲みながらの集まりはもともと、眠くなった人は寝室に引っ込んで寝ちゃって良いという非常に緩い集まりだそうでして。
「基本的に親戚が集まるスタイルだから、緩くやるんだろうね」
だからお客が別のところに行くために早めに帰ってもOK。この村の場合だと、白牙族の若者も他部族の友達のところに遊びに行ったりするし、夕食会さえちゃんと付き合ってれば大人たちもうるさい事は言わないんだとか。
「う~ん、そうするとマルカさんとこは外せないよね」
あと耳長族のトゥワンは夜中に宴会しながら花火を打ち上げてるので、あそこも外さない方が良いと思う。基本的にアルコールは飲まない部族で、宴会と言っても甘いお茶と甘いお菓子が出てくるから、未成年でも問題なく参加できるし。
「そういえば、島田さんはどうするんですか」
「俺はそれぞれの部族の集会で挨拶する仕事があるから」
農場の代表者としては、やらないとまずいからね。
「どこかに代表を集めて挨拶、とかじゃないんですね」
「仕事納めの挨拶はしたよ?」
農場主として被雇用者に一年をねぎらう挨拶をする、というのはもうやりましたんで。
「年末休暇の最中に、社員呼び出して演説聞かせる社長って迷惑なだけだからさ。集めて何かするってのは、ないかなあ」
寮に住んでる独身者のために開く年越しパーティーには、差し入れついでに顔出すけど。
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冬至の日は朝から何やかやと忙しい。
主に差し入れの準備で。
普段は手伝いに来てくれる人たちも今日は各自の家が優先なんで、早々に帰るし、まあ色々と家でやる事はある。
特にやる事もない独身寮住まいの何人かが、バイト代稼ぎに来てくれてるけど。
「魔王様~、これどうするんですか?」
「にんにくは潰して。玉ねぎとニンジンはみじん切り」
料理なんかほとんどしたことのないバイト青年に、カワラトカゲのロースト用詰め物の作り方を教えてます。
カワラトカゲは水辺に棲むトカゲの一種。大きさは尻尾まで含めると70センチくらいになって、肉も結構たっぷり着くし、今の時期は脂ものってます。肉そのものは日本の鶏に近いあっさり味なんで、割とどんな料理にも向いてる感じ。
「あら、青麦の詰め物になさったんですね」
これはリーシャさん。
超お嬢様に手伝わせるのもどうよと思ったんだけど、オゥウェンのところに持っていく何かを用意したいと相談されたので、一緒に作ってます。婚約者には見栄を張りたいんだそうな。手土産なんか誰かに頼んで作ってもらえば良い立場だし、農場のおばちゃんたちも普段は色々作ってあげてるんだけど、今回はリーシャさんの乙女心を応援するんだそうな。
オゥウェンが爆ぜろと思われてるのはまあ、横に置く。
「うん、これなら食べられない人がいないからね」
各種族で食の好みが有ったり食べられないものが有ったりするからね。差し入れたものはどんな招待客に振る舞われるか判らないから、無難な食材で作ります。
「俺の好みでいうと黒麦で作った押し麦が良いんだけど、あれ白牙族の一部がお腹下すからねえ」
耳長族に言わせると黒麦はおなかの調子を整えてくれる健康食材なんだけど、どうやら繊維質が豊富過ぎて、白牙族の一部にとってはダメっぽい。なお麦酒にしてしまえば全員大丈夫だったりする。白牙族に下戸はいないので。
「あ、そっちのスープ鍋はもうちょっと置いといて」
自宅の台所用ストーブだとちょっと場所が足りないので、スープをとってる鍋は外の薪割り場所に作ってある竈にかかっている。
薪置き場に続いた差し掛け屋根だけの屋外で、普段は使わないんだけどね。炊き出しなんかの時にも使えるように設備はあるので、点検かねて年末は使います。
バイト君たちが来る前にスープのガラを漉す作業まで終わってるから、今は火から外して温まったところにおいて、保温してるだけなんだけどね。
「で、ツヨアシトビウサギは丸ままでは使わないから、解体するんだよ」
「これあんまり脂のってないから、食べがいないんですよねー」
バイト青年が何か残念そうに言っている。
む、若者め。脂っこくないからそれなりに好評なんだが。
超大型でもウサギはウサギということなんだろうな、ツヨアシトビウサギも基本的にあんまり脂は無い。
「尻尾は脂が乗ってるよ」
一匹当たりとれる分量が少ないから、塊として食べることはあんまりないんじゃないかな。
「お祝いの料理なんかに使うなら、脂をしっかり塗りながら焼くと旨くなるよ。あ、そっちの香草はウサギに使わない。ウサギ用はこれ」
「使い分けてるんですね」
「我流だけどね。リーシャさん、砂糖を砕いてくれる?」
ここで生産してる砂糖は、この世界の砂糖の常で、大きな円錐状の塊になってます。
巨大なヤットコみたいな砂糖鋏で必要なだけ割り取って、さらにそれを砕いて使うのが常です。砕く作業はコーヒーミルの親分みたいな道具を使います。
リーシャさんに手伝ってもらうのは甘いものの作成。オゥウェンのところにもっていくのにちょうどいい、デザートのパイを作ってもらう予定。
このレシピは俺の持ち込み。実家にあったハードボイルド小説で、主人公の探偵が作ってるパイとか料理がすごく美味そうだったんで、俺も真似して作って覚えました。「とてもサクサクしたパイ皮」とか、作れるようになるまで何度失敗したことやら。
今回試してもらうのはベリー類とカスタードのパイだから、多少失敗しても粗は目立たないはず。ベリーは野生のものを摘んできて砂糖漬けにしておいたのが半分くらいで、残る半分は栽培種。カスタードは俺が作っておきました。
リーシャさん、あんまり料理上手じゃないからね。料理人に適切な指示を出せれば良い立場のひとだから、技術力はなくて構わないし。
リーシャさんに教えながらペストリーの皮を作りつつ、肉担当には解体後の骨についた肉も集めさせて挽肉づくり。そのまま焼いて食べるには寂しい欠片なんかは全部、挽肉になります。肉の種類は当然ですがごちゃまぜです。
そして挽肉を作ったら、麦の粉をつなぎにしてこねて、野菜を包んでミートローフにしてもらう。これはバイト青年たちの宴会で食べてもらうことにするので、好きなものを入れろと言っておきました。
だからそこ、肉の中に肉を入れようとするな、野菜食え野菜。
「ええ~、肉入りって良くないですか?」
「見栄えしないだろ」
スライスしても全部同じ色にしかならんでしょーが。肉の塊ならローストもあるんだからそっちを食えと。
「茹で卵とか用意してそれ入れたりするんだよ」
「卵!そういうの良いんですか」
「そこの箱にある材料は何を使ってもいいよ」
「俺ニンジンやだー」
白牙族でもニンジン嫌いはいるのね。
「えーニンジンの何が嫌なのさー」
「匂いがやなの!」
「匂いが判るって大変だねー」
赤鱗族は嗅覚違うからねえ。
「というわけでニンジンは抜きで!」
「むしろおまえの分だけ倍にする」
「冷酷無慈悲ってお前のためにある言葉じゃね?!」
いやはや、賑やかなことで。
魔王「スペンサー・シリーズって、食べ物が美味そうだよね」
※スペンサー・シリーズ
ロバート・B・パーカー作のハードボイルド。ハヤカワ文庫から発行されてます。
主人公のスペンサー(ファーストネーム不明)が料理するシーンがしばしば登場し、たいてい美味そうに見えます。
最初に読むなら「初秋」が個人的なお勧め(スペンサー・シリーズとしてはちょっと異色という人もいますが、ネグレクトされている15歳の少年を探偵が自立させる物語でもあるので、非常に良いです)





