土木工事は基本です。
ちょっと短め。
拠点周辺のチェックと言っても、範囲を広げようと思えばいくらでも広げられるので、今回は事前に選んでおいたエリアの確認だけ。
俺が直接見ておいた方が良い場所、というのも最近はあんまりないし。
人が増えたから、俺が率先して動きすぎるのもあんまり良くないんだよね。拡張について主に関わるのは、ここに普段詰めてる警備と、営繕だし。基本的に、俺は上がってきた計画を確認して承認するのがお仕事だから、あんまり出しゃばりすぎるのも邪魔になる。
今回は地滑りリスクのある土地を見に来たんだけどね。
「規模は小さいのが不幸中の幸いだけど」
それほど大きくない川沿いの、わりと緩やかな斜面。農園のある川の流域とは別流域なんだけど、その斜面があやしかった。
「春になったら崩れますね」
「その前に崩れる可能性もありそうだね」
斜面の下に新たな泉を発見してるし。
地下水の量が増えたか、圧が上がっている証拠だ。農園内で起きてるなら、集水井を作らないと危ないと判断するだろう。
そして、人間がそこまで来てた痕跡がある。粗末な狩猟小屋のようなものもあるから、もしかすると水源の周りに住み着くつもりかもしれないが、あえて追い払う手間はかけない。
追い払おうとすれば、こちらの存在がバレるからね。
追い払わなければ、地滑りに巻き込まれるんだけど……何人かの人間を救うために、拠点の存在を察知されるわけにはいかない。俺にとって優先すべきはあくまでも農園の住民だし、防衛のための監視拠点をばらしてしまうのは、住民の安全を脅かしかねない。
「……あと、あちらの斜面はもう通らない方が良いでしょう。あの粘土層は、よく崩れます。振動が加われば一気に流れるかもしれません」
そう説明してくれたのは、営繕のターラ。彼女はリカルスの部下の土木技師の一人で、防災工事に関わってることが多い。
この世界、割とどこの国でも防災工事という概念は希薄なんだけど、うちの農園は日本人の俺がいる以上、手抜きはしたくなかったんだよね。災害が起きた後の始末がどれだけ大変なのかはよく知ってるし、事前の工事でリスクを減らせるならそれに越したことはない。
試行錯誤の結果、島田農園営繕グループはかなりの技術力を誇るようになってます。リカルスの師匠以下の技師勢の、不屈の技師魂のなせる業です。俺はアイデアを提供しただけなんで、いろんな技術を実現できたのはひとえに彼らの努力の結果かな。
「え、あそこ危ない?」
川を挟んで反対側の斜面、こちらに比べるとさらに緩やかな地形なんですが。
「鋭敏粘土層です」
振動が加わると液状化して、一気に地滑りを起こす厄介もの。それが鋭敏粘土だ。元の世界だと緯度の高い地方にあるのが有名で、カナダやノルウェーで大きな地滑りを起こしたりしてる。氷河で削られた細かい岩屑が堆積してる場所が多いらしくて、ほとんど傾斜のないところでも派手に地滑りを起こすのが非常に厄介なんだよね。
「ここらにもあるんだ」
「ごくわずかですが。もっとも私の探査魔法では深いところまでは捉えられませんので、もう少し広がっているかもしれません」
「見た感じだと、開拓し甲斐がありそうなんだけどねえ」
後ろに丘のあるちょっとした平地になってて、木を伐採してしまえばよい農地になりそうな感じ。
「うまくいけば良い牧草地にはなると思いますが、いずれ崩れるかと」
ターラは残念そうに首を横に振っていた。
「あそこに少し崩れた跡が見えますし」
「え、あれ新しくない?」
ターラの指さした先。ほんのちょっとだけど、川沿いに新しい崖が見えていた。
「植物も生えていませんし、今年できたものでしょう」
「ここの下流、危ないかな」
「土石流の危険性は考えた方が良いと思います」
よし、下流にうちの施設は作らないことにしよう。
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他にも何か所か見て回ってから拠点に戻ると、ちょうど昼の休憩時間だった。
子供たちと小島についての報告を受けて、午後からは農園に戻る。
ちゃっかりドラゴンがご機嫌に暴走してくれたので、今回も大して時間はかかりませんでした。俺の体力は必要だったけど。
手続き通り除染して、自宅に戻ると、日本の警察あての手紙を作成。
……こっちに召喚された人たちは、捜索願が出されてることが多いからね。先に帰した中村君も、ご両親はちゃんと届を出していたし。こちらで把握できた人については一報を入れておくのが無難。
問題はその手紙をどう届けるかという事なんだけど、今回は北島君のご両親が協力を申し出てくれている。
お言葉に甘えて、北島君の親御さん経由での連絡になります。
北島君たちの近況報告と受け入れ準備のお願いの手紙と、警察あての手紙を転送して、あとは返事待ち。
時間があるので、今のうちに羽鱗族用の新年飾りを作ることにした。
魔王「災害後の片付けは日本で何度もやったけど、そもそも災害が起こらない方が楽だよ?」





