奇妙な救い手(斎藤視点)
追放の日は色々ありすぎて、正直言って限界だった。
森の中で出会った人が、隠れ家に案内してくれて、風呂と着替えと寝場所を提供してくれたのを、疑う気にもならなかったくらいだ。
少し落ち着いてから考えると、色々奇妙な点に気が付く。
「スープ、補充されてますよ」
一緒に逃げてきた水野君は、起きたら置いてあった新しい容器の中身を見て嬉しそうに言っていた。
「食べ物は無いんですね」
そこもおかしなところだと思う。
色々と手配してあるにもかかわらず、ここの台所には食料品が置いてない。六畳間が三つある家で台所は一口コンロくらいしかないのも、なにか奇妙な印象がある。
とはいえ、水野君や鈴木さんの前でこういう疑いを口にする事は、しないほうがいいだろう。
小さな黒板にスープの温め方の説明が書いてあったから(不自然なところはない日本語だった)、二人は書いてある通りに温めて、にこにこしながら飲んでいる。温かい家の中の、ちゃんと綿が入った寝具で寝られたのも、良かったんだろう。
昨日まで押し込まれていた隙間だらけのあばら屋と、布と変わりのないペラペラの寝具とは大違いだ。ここは天井を見上げても星は見えないし、窓を閉めれば風は吹きこんでこないし、足元には外が見える隙間もない。
「あとで、ちょっと周りを見に行こうと思うんだ」
二人はここにいてくれてもかまわないとは思うが、私は偵察に行った方が良いだろう。
「あ、一緒に行きます」
「できれば、ここにいて欲しいかな」
外はまだ寒いし、体力の落ちている子供二人を連れていたら足手まといになる。様子見に行くのに、これほど不安になる連れもいない。
「少し見て回って来るだけだから」
「……」
「ここならあったかいし、安全だし。待っててくれると嬉しいな」
「……うん」
連れて行く気が無いことは伝わったのか、不安そうな顔で二人ともうなずいた。
──────────
建物から出るとやはり冬の寒さで、コートか何かが欲しいなと思った。
今着ているのは昨日まで来ていた服よりずっとまともな服だが、それでも手や首筋は冷える。足元も、サイズの合うちゃんとした靴は準備できなかったからと言って、紐でサイズを調整できるモカシンだから、やっぱり冷えてくる。
とはいえ、監視無しで外に立っているのは久しぶりだった。
……一昨日までは、何をするにも監視が付いていた。おかげで、魔術が使えるのを知られないようにするのに苦労した。
宿泊場所になっている建物の周りを見回すと、森の中の廃村と言った感じの場所だ。形の残った建物もけっこう残っている、まだ風化してない廃墟に見える。
それにしても上手い偽装だな、と思った。
畑の跡、井戸の跡がちゃんと『残され』ていて、道も適度に踏み跡がうかがえる。森のすぐそばの家屋は屋根が崩れていて、わずかな陶器片が残っているのが生活の跡を思わせるなど、かなり細かいところに気を配っている。
廃村を利用している、という可能性も考えなくはないが、昨日泊まった部屋の様子からすると、この崩れた建物のほうが偽装だろう。あれだけしっかりした物を作れる人が、こんな原始的な掘っ立て小屋をわざわざ強化して、利用する意味はない。外見が掘っ立て小屋風になっているだけだ、と考える方がよほど自然だ。
本物の廃屋をまぜて建てた、偽物の廃村。たぶん、それがここの正体だ。
なんでそんなことをしているのか、良く判らないが。
そう広くはない『廃村』をぐるっと回っていくと、一軒の庭先で、昨日ここに我々を連れてきた人物が、厳しい顔で腕組みをして立っていた。
「あ、おはようございます」
こちらから声をかけるより早く、表情をあらためて挨拶してきた。
服はやはり、戦闘服のような上下を着ている。階級章のようなものは付けていない。足元は革の編み上げブーツで、手には何も持っていなかった。
「おはようございます、ここに何かあるんですか」
「ああ……そうか、斎藤さんには話しておいた方が良いですね」
組んでいた腕をほどいて、片手を腰に当て、小さくため息をついていた。
「斎藤さんたちと一緒に追い出された男性、覚えてますか。門のところで騒いでた方ですが」
「谷口さんですね」
あまり接触はない相手だった。あちらはせっせとお偉いさんに取り入っていたが、私は魔術が使えることを隠したほうが良いと判断して、貴族などからは遠ざかることを選んでいたから。
「あの方が亡くなりました」
「……昨日は元気でしたが」
「城門のところで揉めて骨折されたので、こちらで治療したうえで休んでもらったんですが……夜中に食品を盗んだようでしてね。それはまあしょうがないんですが、全部いっきに食べちゃったようで」
「窒息でもしたんですか」
「いえ、傷もないし喉に詰まってもいないので、いきなり食べたせいで急死しただけかなと。今、農園から人を呼んでます」
「食べて急死、って。毒でも入ってるんですか」
この世界の食べ物が、私達にとって安全だという保証はどこにもない。いつも、慎重に少しずつ食べるようにしていたが、中には食べれば腹を壊すような食べ物だってあるのが現実だ。
「それは無いです。盗まれた食品もスタッフの食料だったんで、危ないもの入ってないですから」
「……スタッフ?」
「俺一人で全部準備してられないんで、農園の有志が手伝ってくれてるんですよ」
その割に、島田と名乗ったこの男性と、大柄な異種族の女性以外の姿を見なかった。
「アルナさん以外のスタッフも人間以外の種族なんで、最初は接触制限してるんですよ。慣れてないでしょう?」
「……はぁ」
たしかに、こちらにいるオークやエルフといったファンタジー種族には馴染みがない。奴隷としてぼろをまとい、鞭で打たれ働かされている姿を見たことが有るきりだった。
「で、まあ、魔法で鑑定はしたんですけどね。伝染病とは出てこなかったんですが、俺だと調べきれないんで。俺より詳しい人を呼んで、変な伝染病じゃないと判ったら、火葬にします」
「……お骨、どうするんですか」
「こっちで埋葬するしかないですね。斎藤さんたちを帰すときに、手紙を持っていってもらうのが無難かなとは思うんですよ」
「……帰すとき?」
そうだ、この男性がおかしいのはそこだった。
この男性曰く、私達を帰国させることが可能だというのである。召喚された国では、魔王が持っている宝物を奪う以外に帰す方法はない、と断言されたにもかかわらず、だ。
「え~と、斎藤さん。召喚した国が、あなたがたを誘拐したってこと、理解されてますか」
私が疑問をぶつけると、男性は少し頭が痛そうな顔になって、そう聞いてきた。
「誘拐……望んで来たわけではないという意味なら、そうですね」
「誘拐犯が、あなた方に本当の事を教えると思います?」
……私もうすうす、気が付いてはいたことだった。
あいつらが、私たちをまっとうに扱うはずがない。まともに扱ってくれる人たちであれば、あんなふうに追放したりもしないだろう。
「答から言っちゃうとですね、宝物なんてものは無いです。魔王城に攻め込んでも、帰国は出来ません」
「じゃあ、帰すっていうのは」
魔王の宝物が実在しないと言うなら、帰る手段はないのではないか。
「だから人間の国の言う事を鵜呑みにしちゃダメですって……宝物なんか要らないんですよ。俺がお送りしますから安心してください」
「帰す方法がある、というんですか」
「俺はあなた方を帰す権限持ってますんで」
「……は?」
思わず、相手を二度見した。
見たところ三十歳前後の、良く日焼けした男性だ。黒い髪は短めに整え、髭はきれいに剃っている。それほど背が高いわけではないが、全身を良く鍛えてあって、戦闘服のようなデザインの服が良く似合っていた。
「誘拐してくる奴を止める権限は持ってないんで、尻拭い係みたいなポジションですけどね」
「……失礼ですが、日本の方とおっしゃっていたと思いましたが」
つい口調がきつくなるのを自覚していたが、直す気にはならなかった。
「日本人ですよ?」
「……こちらで、農園をされているのに?」
「俺はかなり前に尻拭い係として呼ばれたもんですから、他の仕事もしてるんですよ」
私の口調に腹を立てる様子もなく、男性はただ苦笑気味に返しただけだった。
「あと数日で日本に帰す子が二人ほどいるので、どっちにしろ斎藤さんたちはしばらく待ってもらう形になりますけどね。ただ、待っていただければ確実にお帰しできますよ?」
「……召喚術は、神官が大勢必要だったはずです」
帰せると気軽に言う男性を信じて良いのか。
希望を持った後、やっぱりできませんでしたと失望させられるのは、ごめんだった。
「そりゃ、あいつらはそうでしょう。魔法下手ですし。それに俺も、数日は準備が要りますよ」
「……あなた、何者ですか」
「農園主ですよ。あ、ただ、人間が魔王とかあだ名付けてくれましたね」
「……魔王」
「俺、ただの人間ですからね?」
明らかに苦笑している相手を、『視野をずらして』見てみる。
かなりの近眼の私がコンタクトレンズもなしにこちらで生活できるのは、こうやって自分の目に魔法をかけられるおかげだ。普段は伸びた眼軸の調整にしか使っていないが、意識すれば魔力を網膜に投影することもできる。
そして映ったものに、思わず声を上げた。
「それのどこが『ただの人間』だ!?」
「あ、見えるんですか。あんまりまともに見ないほうが良いですよ?」
まぶしい光としか見えない魔力の塊が、のんびりした口調で喋っていた。
魔王「ム〇カになるからやっちゃだめですよー」





