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異世界でスローライフを目指してたら魔王にされてた件。  作者: 中崎実


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文明はトイレでわかります。

 入浴の順番は、まず女の子の結衣(ゆい)ちゃん、それから大翔(ひろと)君と斎藤さんが続いて、小島が最後になった。


 さすがに結衣ちゃんの除染(じょせん)確認は俺もやりたくないので、準備に入ってくれていた白牙族のアルナさんにお願いする。

 風呂で体をきれいに洗った後、シャワー室に移動してもらって全身を改めて洗い、更衣室に入ってから消毒済みのタオルを渡してもらうだけなんだけどね。きれいに洗えたかどうかの確認もしてもらうので、男がやる事じゃあないです。というわけで女性のアルナさんにお願いしました。


 大翔君と斎藤さんは俺が確認しましたが。


「服はあんまりバリエーション無いんで、ちょっと我慢してね」


 特に結衣ちゃん。おしゃれもしたいだろうが、すまぬ。さすがにそこまで用意してないです。


「だいじょうぶです」


 うーん、やっぱり反応が薄いよね。


「今日のところは、お茶飲んだら寝ちゃってください。寝る場所はこっちになるんで、着いてきてもらえますか」


 三人は別棟に移動。隣接する宿泊棟は一見すると崩れかけた納屋だけど、中は6畳ほどの個室が三つある構造になっていて、今回の救出者と見張りが使う予定になっている。

 問題は、まさか女の子がいると思ってなかったってことだけど。


「どうしようかな、結衣ちゃんこっちで」

「あの、……一緒じゃ、ダメですか」


 はっきり顔に浮かんでいるのは、不安の表情だった。

 そりゃそうか、こんなところで一人で寝たくはないよね。


「斎藤さん」

「私は構わないです」

「大翔君は」

「一緒で良いです」

「じゃ、三人同じ部屋にしようか」


 すでに一人分だけ移してあった寝袋を、アルナさんが隣の部屋から持ってきてくれた。


「これと同じ寝袋が部屋の中に二つあるから、斎藤さんと大翔君はそれ使ってください。トイレはこの通路の突き当りにあるけど、確認しておく方が良いかな」

「あ、はい」

「そんじゃこっちね」


 夜中にトイレ探してうろうろするのは大変だからね。


 共同トイレは二つ用意してある。ここで使ってるのはおがくずを使ったコンポストトイレで、匂いはあんまりしない。


「きれいですね」

「においがしない」


 大翔君と結衣ちゃんの感想は、これまでの生活を物語ってるような。 


「技術のレベル、全然違うんですね……」


 と、斎藤さん。


「現代日本とこちらの魔法技術のハイブリッドです」


 おがくずを使うトイレは日本でも売ってるアレね。

 魔法技術は電力の代わりです。加熱・攪拌(かくはん)・換気の部分だけは魔法で代用する必要があったし。


「立って用を足すと汚れが散るんで、申し訳ないけど、斎藤さんも大翔君も、座って用を足してください」


 男の小便って意外にしぶきが散るからねえ。トイレ掃除が大変になるんだよね。


「ああ、はい、大丈夫です。便座の下に壺があるだけのトイレ使ってたんで、ここのところずっと座ってしてましたし」

「あ~……そっか、あっちはそういう状態なんですね」


 便座の付いたおまるみたいなものか。


「で、紙はまだ貴重品なんで、拭くのはそれ使ってください。そのまま中に捨てちゃって大丈夫です」


 残念ながら、紙の生産量的にトイレットペーパーまでは作れてないからね。専用の植物の葉っぱが用意してあります。コンポストに捨てたら一緒に肥料になってくれるので、エコではあるんだよね。

 そしてトイレのすぐそばには手洗い場を作ってあるので、そこも説明。


「あと、手を洗うのはこっちで。石鹸(せっけん)はこれね。手を拭くタオルは一人ずつ分けて、トイレから出たら必ず、石鹸で手を洗ってください」


 しばらくは徹底しないとまずいだろうからね。

 本人は元気でも、なにかの病原菌を持っていないとは限らない。トイレのあとの手洗いの徹底は必須です。


「石鹸も自由に使えるんですか」

「必要量は確保してますよ」


 斎藤さん、ますます複雑な顔になってました。


「これ、お風呂で使ったのと同じせっけんですか?」


 と、大翔君。


「そうだよ」


 ハンドソープまで作る余裕が無くてすまぬ。

 と思ったら、


「こっちだと高級品ですよね、これ」


 と、これまでの生活が良く判る発言が飛び出しました。


「高級品かなあ?改良にはそれなりに時間かかったけど、うちの村だと標準ってところだよ」


 村の中には、香りづけしてある高級石鹸を作ってる人もいるんだよね。それなりに売れてるらしいです。

 そしてここに置いてあるのは一番よく使われてる石鹸で、泡立ちと洗浄力を重視して生産効率も上げた、コストパフォーマンス優先の量産品。こういうところではとにかく量の確保が必要だから、高級品は置いてないです。


「……今まで使ってた石鹸、くさいし、泡も立たないし、きれいにならないんです」

「なるほど。うちのはそこまで(ひど)くないから、安心して良いよ」


 粗悪品しか手に入らなかったんだろうなあ。


──────────


 あとは湯沸かし場と作り置きの飲み物の置き場所を教えたら、三人は休んでもらう。


 俺は残る二人の面倒見なきゃいけないし。

 あ、城門のところで揉めてたオッサンも回収してあります。殴られて気絶してたそうで、夜になってから確保してきましたが、骨折ありとの報告がありました。こちらは先に皆で丸洗いしておいてくれました。

 そしてオッサンに接触した人の除染も終わったので、あとは小島だけです。


「さて小島君、落ち着いたかな」


 しばらく前から猿轡(さるぐつわ)だけは外しておいた小島は、入浴設備棟の控室に転がしてありました。


「んだよてめー!」

「風呂、入ろうか」

「何する気だよ」


 (わめ)いているけど、それほど元気なわけでもない。

 浮遊(レビテーション)をかけたナイフを(あやつ)って拘束していたロープを切ってやり、同じく浮遊(レビテーション)で襟首を掴んで更衣室へ。


「自分で服を脱ぐのと、俺に脱がされるの、どっちがいい?」

「自分でやるっつの!」


 俺も男の服を剥くのは全く趣味じゃないので、そうしてくれると助かります。


 俺が銃を携行したままなのも、小島が素直になってる理由の一つだろうけど。俺は用心で持ってるだけでも、小島から見ればいつ撃たれるか判らんわけで、ここで素直にならないほど馬鹿じゃないってことですね。

 男の入浴なんか見てても退屈なんだけど、何をするか判らん奴だから、見張りが必要なんだよなあ。


 小島の入浴の間は俺から話しかけることは基本的にせず、必要最低限の説明だけをして、シャワーまで終えたら用意してある服を着るように指示する。


「……普通の服」


 置いてあった服を見て、小島がぽつっと呟いた。


「それを着たら、宿泊場所に案内するよ」


 小島の宿泊場所は、他の四人とも別にしてあります。

 いくら切羽(せっぱ)()まってたとはいえ、他人を襲撃したとなると、分けておくしかないからね。

 やっぱり廃屋に偽装してある建物で、こちらは四畳半ほどの部屋が二つある。トイレと手洗い場と湯沸かし場があって、飲み物の用意があるのは他の建物と同じ。部屋が狭いけど、湯沸かし場になってる土間にはテーブルと椅子がある。


「……便所、使っていいのか」


 何かいろいろと察するところのある発言だけど、突っ込まないことにします。


「もちろん。あと、飲み物も用意してあるから。まだ腹いっぱい食べさせたら死にそうだから、腹が減ってるのは我慢ね」

「死にそうって、どういうことだよ」

「長いこと飢えてた人にいきなり食べさせると、死んじゃうんだよ。秀吉の兵糧攻めの話、聞いたことないかな?」


 割と有名な話だと思うけど、知らない人は知らないんだよね、あれ。


「知らねえ」


 あ、やっぱり。


「兵糧攻めした後で城から出てきた兵士に、腹いっぱい粥を食わせたら、すぐ死んじゃったんだよ。君も同じように死んじゃう可能性が高いから、最初はちょっとだけカロリー採って、ミネラルとかしっかり補充する必要があるんだ」


 リなんとか症候群って言うらしいけど、知り合いから教わったのにもう忘れてます。

 まあ対策は知ってるから良いんだけどね。こちらの世界でも同じことが知られてるから、ターク先生からもアドバイスは貰ってます。


「置いてある飲み物は飲んでも大丈夫だから。ただ、一気にがぶ飲みするのはやめたほうが良いな」

「……飲んでも死なねえのか」

「カロリーは控えてあるから。薄いスープと水が置いてあるから、ちょっとずつ飲んでくれるかな」


 俺がいないところで、砂糖入りの酸っぱいお茶を飲ませる気はないです。砂糖なんか置いといたら、どれだけ使うか判らないし、それでカロリー採り過ぎて死んじゃったら後味が悪い。

 子供たちには小指の爪くらいの砂糖を入れてあげたけど、あれはあくまで俺が目の前で見てたから出来ただけなんだよね。


「で、温めるのはここ使ってくれればいいんだけど、コンロの使い方わかるかな」

「……知らねえ」

「ここのスイッチをひねって、カチって音がしたらこの上に置いたものが温まるから。手を置いたりしたら、手が煮えるから注意ね」


 とりあえず作って見せますかね。


「この水差しの中がスープだから、こっちのカップに入れて、コンロにのっけて」


 スイッチ入れて20秒ほどでぽこっと泡が上がる。


「で、スイッチは必ず切る事。いいね?」

「……あ、うん」


 ま、ほっといても10分で切れるんだけど。


「じゃ、これ飲もうか」


 椅子に座らせた後、目の前にスープの入ったカップを置いてやる。

 小島はびっくりしたように俺を見て、それからカップに目を移して、おそるおそるカップに手を伸ばし。


「……あったけぇ」


 ぽつんと呟いてから、カップに口を付けて。

 少しずつ(すす)ってるうちに、ぼろぼろと涙をこぼし始めていた。

魔王(しまだ)「秀吉のやった『鳥取の(かつ)え殺し』ってエグいよね、人肉食とか記録残ってるし」


※リなんとか症候群:

「リフィーディング症候群」のことです。長く飢餓状態が続いて低栄養状態にある人に、いきなり十分なカロリーの食事を与えると、不整脈や心不全を起こして死亡することが知られています。

 古くは戦国時代の鳥取城兵糧攻め(第二次鳥取城攻め。「秀吉の飢え殺し」とも)後に将兵が死亡した事で知られ、第二次世界大戦時にも日本軍の捕虜となっていた米兵が解放された後に見られたとの報告が残ります。

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