同じ被害者だからと言って、油断してはいけません。
今回、追放対象にされた被害者は五人。うち二人がサラリーマンで、三人は未成年と聞いている。
召喚後まもなく殺されたのが三人だから、これで行方の判らない被害者は一人を残すのみ。
そしてトボトボと歩き始めたのは、額にくっきりしわを刻んだ暗い顔の男性と、まだ十代前半と思われる少年二人だった。
あ、一人は少年じゃないな、女の子だ。人間の国でばれないようにするためだろうか、髪の毛は短く切っている。もともと細い子なのか、ろくに食事も貰ってないからか、女性らしい曲線は見当たらない。
女性らしい体形じゃないから、無事で済んだんだろうけどね。人間の国の貴族は『身分の低い者に欲を覚えたら、その場で押し倒すべし』が通用すると思ってる人種なので、性欲の対象にされたらまずい事になってただろうし。
三人は城壁の上から投げつけられる石を警戒して、それぞれが手に板を構えたままだ。たぶん、盾の代わりにするつもりなんだろう。
俺は隠蔽魔法を使ったまま、道の端っこを移動。隠蔽魔法を使っていても、道の外の藪を移動すれば草が揺れてバレるからね。
「もうちょっと先まで行ったら休憩しよう」
黙々と歩いて一時間ほど経ち、人家も見当たらなくなったところで、男性がそう声をかけていた。
子供二人が張り詰めた顔のままうなずいている。
かなりゆっくりだけど、体力が落ちてるだろうことを考えれば、ペースメーキングとしては悪くない。
そして三人が道のそばの草地にしゃがみこんだところで、俺も小休止を兼ねて近くで立ったまま水分補給する。
三人とも、すでに疲労の色が濃い。着ている服のせいもあるだろう、これでは容赦なく体温を奪われる。
とはいえ、ここはまだ人の目が気になるエリアだから、俺が姿を見せるのはまずい。
それに、気にしなきゃいけない人間がもう一人いる。
「……小島さん、先にどこか行っちゃいましたね」
「なにか、あてがあるのかな」
「どうだろうな……」
今回放り出された最後の一人。大学生らしき男は、門を出されてしばらくは茫然としていたけど、何かに気付いたようにいそいで町を離れていっていた。
ちなみに俺は現在、そいつの位置を把握済み。急ぎ過ぎてバテたのか、この先500mくらいのところでへたり込んでいる。
「そろそろ行こう。夜になる前に、道具を回収しないと」
しばらく休憩したあと、男性が言った。
「盗まれてないと良いですね」
少年がぽつっと言ったのに、
「幸運を祈るしかないよ」
と、男性が答えていた。
そして、服と呼ぶのもおこがましいような服の下から、同じ材質の布を取り出し
「ここから先は、足を守ったほうが良いな」
と言いながら、自分の足に布を巻き付け始めた。
靴の代わりにするんだろう。子供二人も真似をしている。
それからまた歩き始めたけど、その様子を見るかぎり、周りの森から何か探し出そうとしているらしい。
三人の声と足音を聞いてなぜか藪に隠れた小島というらしき男は、付かず離れずの距離でついてくる。それほど上手な追跡でもないんだけど、2時間ほど歩き続ける間も、三人は全く気が付いていなかった。
「あ、こっちだ」
どうやら何か見つけたらしく、男性が森の中を指さした。
「あそこの3本目の木に目印がある」
「あの刻み目ですか?」
「うん。物が残ってると良いんだけど」
言いながら森に踏み込んだ三人は、周りへの警戒心が明らかに足りていなかった。
特に用心する様子もなく、無造作に森に踏み込んでいく。
そして目的の木の根元にしゃがみこんで、落ち葉と枝をかき分けた。
「あった!」
女の子が声を上げたとたん、
「どけや!」
と叫びながら、小島が男性に向かって飛び蹴りしてきた。
うん、やると思いました。
というわけで、短距離転移で小島と男性の間に割り込み、手にした銃で小島の足を弾いてひっくり返す。
「さてと、動くなよ?」
隠蔽魔法は解除して、魔導銃を小島に突きつける。
「な!?」
「強盗は良くないな?」
「えっ!?」
「そっちの三人も、油断しすぎだね。こういう奴は必ずいるから、用心しなきゃダメだよ」
三人が用意していた物資を奪うつもりだったんだろうね。
小さなバックパック一つ分もないほどの荷だけど、木片とボロ布しか持たずに追い出された四人にとって、これだけの荷でも命がけで奪い合いする価値はあるだろう。
それがたとえ、今日中に凍死するか、五日後に肉食獣にやられるかという差しかなくても、生き延びるための資材に変わりはない。
「とりあえず寝ててくれ」
至近距離からの風弾を腹にぶちあてると、小島は体をくの字にして吐き、沈んだ。
その間、三人はフリーズしたまま。
ま、気持ちはわからなくもないけどね。
「……自衛隊?」
俺の持ってる銃と服を散々見比べてから、ぽつっと男性がそうこぼしていた。
今着てる服、迷彩じゃないですよ?
──────────
気絶した小島は猿轡をかませたうえで後ろ手に拘束。自分の舌で窒息したりしないよう、あおむけにすることは控えておく。
小島が三人を襲撃した場所からさらに奥、道から見えない場所にあるちょっとした広場のところで大休止を取ることにして、落ち葉をかき分けて地面の土を出し、焚火の準備をした。
「まずスープからね」
聞けば三人とも、ここ一週間くらいまともに食事がとれていなかったそうで。配給される食糧が極端に減り、かといって森での採取仕事はもう回されることも無くなって、食べるものに事欠いていたらしい。
そんな状態で、普通サイズの食事を下手に食べさせるのは危ないからね。
「ありがとう、ございます……」
「温かいものを腹に入れると、気分も落ち着くよ」
三人に食べさせているのは、俺が背負ってきたフリーズドライ食品です。上の村はかなり寒いから、こういうの作るのに便利なんだよね。
「あのぅ、お名前とか、伺っても……?」
子供たち二人がシェラカップもどきを一生懸命ふうふうやってるのに対して、男性は少しこちらを警戒しているようだった。
「ああ、島田と言います。島田優紀。もっと標高の高いところで農園やってるんですよ」
「日本の方、ですよね…?」
「ですね」
「えと……あ、助けていただいてありがとうございます。お礼言うのが遅れました、すみません」
「気にしなくていいですよ、色々あって大変だったでしょうから」
「いえ、その……どうして?」
「どうして、ていうと、救助に来たことについてですか?」
「はい」
「そういう仕事も請け負ってましてね。そういえばあなた方については情報が不足しているのでお伺いしたいのですが、お名前からお願いできますか」
宮田君や北島君からも話は聞いてるんだけど、残念ながら二人も全員のことまでは把握してなかったんだよね。
自分の事で精一杯だった高校生に、全員の情報を知ってろと求める方が酷だろうし、知らなくても仕方ない。
そして二人から得た情報には、この男性と女の子の事は含まれていなかった。というわけで名前も職業も判りません。なんせ、人間の国から出されたお触れには個人名なんか書いてなかったからね。工作員が把握できたのは、今回追放される男性が二人とも同じ職業だということと、未成年が三人いると言う事だけだったし。
「あ、ああ、すみません。斎藤拓海と申します」
「そっちの二人とは、元からの知り合いですか」
「いえ、こちらに来て初めて知り合った子たちです」
既に名前の判明している小柄な男の子は、水野大翔君。まだ中学2年生。もう一人の女の子も、同じような身長だからたぶん、中学生だろうか。
「いえ…そっちの鈴木結衣ちゃん、まだ小学6年生です。女の子の方が、背が伸びるの早いですから」
「……うわぁ」
さすがにこれは、俺も引いた。
あの連中、なんつーことしてくれてるんだか。管理者氏は念入りに締め上げなきゃいけないね、これは。
「もしかして斎藤さん、これまであの二人の事、保護してました?」
「できる範囲で、ですが……」
極限状態の中で、まったく初対面の子供を守ってサバイバルしてたとは。
「さすがに、子供を見捨てるのは気が引けたんで……それだけです。魔王討伐に最初に出された子たちには、何もできなかったし。無力ですよ」
自嘲するように言ってるけど。
「いやいや、十分すごいですよ。ここからは俺が護衛しますから、安心してください」
さすがに、これ以上頑張らなくていいと思うんだよね。
魔王「3名様ご案内です」





