恒例行事は国によって違います。
冬至と新年のお祝い行事の準備がぽつぽつ進んでるわけですが、それぞれの部族でやり方は異なってるわけでして。
「島田さんは普通にお正月?」
「餅つきはしないけどね」
ここには糯米がないからね。
自宅の庭にある祠の掃除と、自宅の大掃除をして、正月に挨拶に来る人のための祝い肴の準備をしたらそれでおしまい。祝い肴と言っても日本で使う食材が無いから、物は全く違うけどね。
「あっちから、こっちに物を送る事って出来ないんですか。食材とか」
と、宮田君。
「やろうと思えばできるけど、自分のもの以外に手を出したら普通に窃盗だよ?」
召喚の一種だけど、自分に所有権が無い物品の召喚=盗みだからね?
そういうわけで、俺はいつもこちらの物だけで準備することにしています。
渡辺君はご家族から何か届いてるけど。
渡辺君の場合、毎月の課題物提出があるから定期的に物品のやり取りがあるんだよね。その時によってちょっとしたオマケがあるのは、だいたいお姉さんの仕業なんだとか。
……渡辺君のご両親は、そういう配慮はしない人たちだからなあ。お姉さんが気をきかしてくれないかぎり、課題しか送ってよこさないんだよね。ご両親だけ、というよりお母さんだけだと、課題とこちらから要求した消耗品の追加だけが用意されている。お父さんは無関心だそうだ。
毎度のことだけど親御さんからの手紙すら付いてないのは、俺も何と言っていいのか判らなかった。
だけど渡辺君本人は
「切り餅入ってましたけど、食べます?」
と、人が良い。うん、おじさん感動してます。
「気持ちだけ頂くよ。分けてあげるなら、他の人に声かけてあげて」
「佐奈さんには約束してます」
「お、ありがとう。佐奈ちゃんも懐かしいだろうからね」
佐奈ちゃんは今年、ぎりぎりまでグアノ採掘に行ってる予定だから、正月準備なんかまったくできないだろう。佐奈ちゃんと仲がいい何人かが新年の祝いに招待すると言ってくれてるし、本人も赤鱗族の新年を見せてもらうと楽しみにしてたから、寂しい正月になることはないと思うけど。
「で、君ら宿題は?」
高校生三人組、つまり渡辺君・北島君・宮田君の三人だけど、彼らは日本の高校の勉強がある。
勉強場所として俺の自宅を解放したので、リビングで三人仲良く問題集やってるんだけど。
「聞かないでください」
北島君が遠い目になってました。
「けっこう忘れてるんですよね」
宮田君はため息ついてました。
「数学はちょっと判る人いるよ?佐奈さんが教えてたから」
と、渡辺君。
「う~ん、ここの人に面倒かけるのは、ちょっと……」
宮田君、腰が引け気味です。
……北島君と宮田君は人間の国で略奪に加担させられたせいで、他種族に後ろめたさを感じてるみたいだからね。
これは俺がどうにかできるもんでもないので、そっとして置くしかないです。
「そういえば島田さん、何作ってるんですか?」
ストーブの前で俺が作ってたものを見ながら、北島君が聞いてきた。
「黒鱗族用の冬至飾りだよ」
木を削って作るんだけど、俺からも一つ贈呈することにしてます。
各部族で色んなパターンがあるから、作るのはそれなりにバリエーションがあって楽しい。冬至の日没と同時に集会を開いて祝う部族、翌日の夜明けを静かにみんなで迎える部族、それぞれあるんだけど、どの部族もお祭りの集会とそこで使う飾りはあるから、俺から各部族に一つずつ贈ってます。
各家庭に配布するのはさすがに、作るのが間に合わなくて無理です。すまぬ。
「祝福のマジックアイテムですか?」
「ただの木彫りだよ?」
少なくとも、俺はそのつもりで作ってますよ?
──────────
木彫りが出来上がったら高校生三人組にストーブの管理を任せて、仕事場に顔出し。
「今年も素晴らしい出来ですね」
書類を持ってきた法務のダガン氏が、木彫りを見て頭のてっぺんの羽を少し立てながら言った。
「ありがと、お祝いの席で使ってもらえるクオリティにはなったと思うよ」
そしてダガン氏を含む羽鱗族のお祝い飾りはまだ出来てない。あれは紐と羽根で飾るちょっと複雑なものなので、最後に作る予定なんだよね。
「祝福を頂ける事がなにより重要なのですが」
「そこらが俺には判んないんだよねえ」
ここ出身の人たちは何か感じることが有るらしいんだけど、俺にとって飾りは飾りにしか見えないんだよね。
聞いたところでは、マジックアイテムと化してるらしいです。ちょっとだけ災害を減らしてくれる、豊作のお守りみたいなもんだそうな。
たぶん、俺にとっての正月が五穀豊穣の神様である年神様を祭るものだから、ということが関係してるんだと思うけどね。それがどうしてこうなってるのか判らんけど、害はないそうなので放置です。
「で、木彫りを見に来たわけじゃないよね」
「はい。例年の事ですから、こちらを」
言いながらダガン氏が差し出したのは、人間の国で出される触書だった。
「よし、これで動ける。悪いけど、二、三日ほど留守にするから」
「かしこまりました。同行希望者がおりますが、すでにお耳に入れた者はおりますか」
「聞いてないけど、例年誰かついてきてくれるから、当てにしてる」
ダガン氏はちょっと嬉しそうに目を細めて、一礼すると出ていった。
触書そのものは、冬になれば出されるいつもの物と同じ。
……農業生産力のない人間の国では、冬の始まりになると、冬の間飼っておけない家畜を肉にして蓄える。
余剰食糧なんかほとんどないあの国で、動物の飼料だってそんなに用意があるわけじゃない。畑の生産力は人間の食料を作るだけで精一杯だから、家畜は秋まで森で放牧する。その家畜を冬のはじめに潰して、肉を供給するのと同時に、冬の間の口減らしをするわけだ。
そんな国が、誘拐してきた異世界人を冬に養おうとするかと言えば……否。
だから冬の始めになると、養っておけない者たちを追放する。召喚された人がいない年は軽犯罪者を、そして異世界人がいる年は異世界人も、冬の食料を食いつぶさせないために追い出すのが例年の事だったりする。
追放された人に対しては、密着してる監視もいない。
『勇者』には貴重な鉄の武器防具を貸与するけど、追放する相手にはそんなのやらないからね。
「何人くらい回収できるかな」
生き残りは数人ほどのはずだった。
魔王「捨てると言うなら、拾いに行くまでです」





