えらいひとに休暇は無いらしい。
冬の体制が本格的に整った翌朝、雪が積もったわけですが。
「すっごい良いタイミングですね」
「いつも通りだねえ」
宮田君が驚いてるけど、いつもこんなタイミングで積もるから。
というか、特に異常気象でもなければ雪が降る直前に体制が整うように、スケジュール組んであるんだよね。
ちなみに天気予報は耳長族が得意です。俺も魔法でサポートしてるけど。
「工場の本格稼働が年明けだから、それまではみんなちょっと休暇って感じかな」
「冬休みあるんですね」
「あ、子供らは学校だけど」
子供が家にいたら、大人の息抜きが出来ないからね。
子供たちはしっかり勉強してもらいます。学校は子供たちを預かる場所でもあるし、新年まで普通にやってます。
「ええ~、子供だけ冬休みなしですか?」
「午前中だけでも預からないと、親が大変だからねー」
その代わり、冬至の日から10日間は冬休みにするけどね。これは新年の行事などがあるからという理由です。
「君らは前倒しで遊んでて良いよ」
「……課題が終わんないです」
宮田君と北島君がなんか黄昏ている。
この二人は親御さんに連絡が取れてるし、帰宅予定もしっかり立ててある。そこで問題になったのがやっぱり学校の事で、復学については親御さんと学校で話し合いしてる最中だそうなんだけど、勉強そのものはもう再開してるわけだ。
勉強道具は親御さんに用意してもらって、こっちに引き寄せた。
手間はかかるけど、渡辺君にも同じ対応をしてるから、俺もこの作業に慣れてはいる。何回もやり取りするのは面倒なので、二人分を同じ場所に持ってきてもらって転送かけたけど。
「お互いに別の課題やって、写させてもらえば?」
「学校が別なんで、教科書とか違うんですよ」
「あ、そうか」
おじさんだからすっかり忘れてたよ。
「英語の辞書とかは、渡辺君が貸してくれるから良いんですけど」
二人のご両親に渡した『用意してもらうものリスト』には、シャーペンの芯や消しゴムに至るまで必要になる物品を載せてあるんだけど、やっぱりトラブったのが英語辞書。
電子辞書は破損する可能性があると書いたんだけど、二人のご両親が用意したのは電子辞書で、転送する時に電池が破裂しました。
紙の辞書なんてあんまり使わないし、仕方ないんだろうけどね。
「それに、しばらく学校行ってなかったから勉強も忘れちゃってて……」
「受験、大丈夫かなあ……」
真面目な若者二人、シリアスな顔になってました。
──────────
大人は新年準備、子供は学校、そんな時期でも俺は仕事があるわけで。
「で、なんで書類って奴は減らないわけ?」
「諦めてください」
いつものやり取りです、はい。
「文書があるだけ、まともではございますわよ?」
リーシャさん、それ慰めになってないからね?
「比較対象が悪いよ」
人間の勢力圏だと、きちんとした官僚機構が無いところが多いんだよね。
そういうところでは行政もけっこういいかげんな事になる。なにしろ為政者のタイムスケジュールすら気まぐれで、その日の気分次第で昼近くなってから仕事を始めるのも良くあるらしい。報告は文書じゃなくて対面で受けるのが常で、用件を伝えたり報告を受けるために朝の接見や謁見といった仰々しいものに時間を取るし、気に入りに相手からの報告はしょっちゅう受けるけど、ちょっと気に食わない奴からの報告はかなり後回しにするとか。
そんな方法で、領地や国の管理がうまくいくはずはないだろう。トラブルシューティングだってうまく行ってるかどうか。
ぶっちゃけ、どう考えたってカオスにしかなってなさそうなんだよね。
それと比較すれば、決まったフォーマットの書類を出してもらって担当部署で処理していくという方式は、それなりに合理的なんだよねえ。
無駄な書類を増やさないように、細心の注意を払う必要はあるけどね。
もっとも紙の生産量が限られてるから、むやみに増えるわけじゃないので、その辺は安心して良いのかもしれない。
「ルリヤー王宮はたしかに、比較にも価しませんわねえ」
ルリヤーってのは人間の国の名前ね。
「リーシャさんところはとにかく、それ以外のとこはねえ」
リーシャさんはお祖父さんが大改革を始めたから、今では文書ベースの行政システムが導入されてるんだよね。
識字率もそれなりに高いし。
とはいえ、行政文書を書けるレベルで読み書きのできる人となると、まだまだ限られてるみたいだけど。
「こちらほど、文章が簡略化されていないのも問題ではあるのですけれど」
「なんか仰々しい文章が好きだよね」
修飾過多でまどろっこしい書き方をするのが作法だそうで、俺宛の手紙も最初は回りくどくて読みにくかったんだよねえ。
こちらも忙しいので簡潔な手紙のやり取りをさせてくれ、と頼んだら修正されたけど。
「恥ずかしながら、文飾は知性と教養をひけらかす手段、と思っている者が多いものですから」
「壮麗で力強く心を揺さぶる文飾こそ身分の証、だっけ?」
書かせた貴族の教養を誇示するために、わざわざ読みにくく書くのが習慣だそうな。
そんなもん、行政文書に不要なものだと思うんだけどねえ。
ま、そんな認識を持ってるのはもはや少数の国だけだし、一企業体であるこの農園でそんなお貴族ゴッコしても笑い話にもならないから、俺は真似しないけど。
そんなことより、リーシャさんがここにいるのは別の話があるからで。
「春先の販売計画に影響しそう?」
「ええ。あちらの道路状況については、リカルス氏のご意見も伺いたいところでございますけど」
リカルスはうちの営繕担当の土木技術者。リカルス自身は専門が違うけど、リカルスの下には道路建設の専門家がいるからね。
「一応、参考意見は出て来てるよ」
既に上がって来ていた報告書を渡すと、リーシャさんはそれに素早く目を通して、ため息をついた。
「詳細説明はあとで読ませていただきますが、概要を拝見する限り、絶望的と見ておられるようですわね」
「冬の間に道が壊れて、復旧に半年と見てるかな」
うちから人間の国につながるルートのうち一本が、秋の豪雨でかなり傷んでるんだよねえ。
傷んだルートを管理してるのは人間の国の王家と、貴族。どちらもろくな技術は持ってない。
ちなみに、壊れたままでもうちは困りません。他のルートを迂回しても、商品を売るのに困らないし。そもそも人間の国は商売相手としての比重は低いし。
「我が家に影響がないように計らっていただけますと、大変ありがたいのですけれど」
唯一の懸念はそこだよね。
リーシャさんちに悪影響が出るのは避けたい。
「そこは考慮するよ。第三ルートを春からしばらく開けようかと思うんだ」
豪雪地帯が挟まってるから冬は使えないんだけど、春から秋にかけてはそれなりに通れる道がある。
「ありがとうございます。たしか、その街道は魔王様のお力で維持されていたと思いましたが」
「うん、ちょっと魔法がいるね」
うちの営繕なら、春になれば魔道具の設置もできるから問題ないです。
魔王「冬休みマダー?」





