冬の始まりと、暦の話。
エールとソーセージと作り置きしてあったパイを追加した夕食はほどほどのところで終わりにして、街灯が点いてる間にラーンとフェン君は帰宅。
鍋とスキレットはほっとくと錆が浮くからさっさと洗い、食器はざっとすすいで所定の場所に置いておく。朝になれば通いの人が来て洗ってくれる取り決めになってるので、俺がやることはあんまりない。
住み込みで家事をしてくれる人を探しますか、と言われたこともあるんだけどね。男の一人暮らしで手間もかからないし、食事は共同食堂に頼むこともできるから、今のところ通いの人だけで間に合ってます。
掃除と洗濯してくれて、日中に井戸のポンプを動かす仕事をしてもらえるだけでも、十分助かってるし。
電動モーターがまだ使えないので、井戸は基本的に手押しポンプに毛が生えた程度の魔術器具をとりつけてあります。必要な時にいちいち井戸で水汲むのがめんどくさいから、一日2回くらい稼働させて、建物の中の貯水槽に送水するようにしてあるんだよね。
昔は屋外の水瓶が凍ったりしたもんだけど、今の家の中なら凍結の心配もないし、おかげでシャワーも不自由なく使えます。水と燃料が十分ないと使えないからね。
シャワーのあとボイラーの火を落として熾火のみにして、暖房に太めの薪を一本放り込んでから、さっさと寝ることにした。
──────────
寝る前に薪を追加しておくと、朝になってもまだ熾火は残ってるわけで。
新しい薪を少し追加したストーブの上に薬缶をのせてから、まだ温かいボイラーのお湯で顔を洗って髭を剃り、着替えをする。
そうしてる間にお湯が沸くので、お茶を入れる。目覚まし代わりに苦みのある薬草の根っこを炒ったお茶をいれて、残りもののパンと肉で朝飯を済ませたところで、通いのファーンさんが来た。
「おはようございます」
「あ、おはよう」
ファーンさんのほかにも二人ほどいるんだけど、朝一番に来るのはリーダーのファーンさんであることが多い。
「今日のお夕食はどうなさいます?」
「押しかけて来た客が帰るまではしばらく、うちで食べるよ。今日は食堂に頼もうかと思うんだけど」
「かしこまりました、手配しておきますね」
「よろしく」
「それと冬の薪の手配が終わりましたので、明日にも運び込みの予定です。薪割りのために一人入れることになりますが」
「いつも通りでいいよ」
俺がやると言っても聞いて貰えないので、諦めました。
家の冬支度について軽く打ち合わせた後、仕事場で書類の片付け。
それが終わったら農場の冬支度の続きがある。農地の一部には防風柵が必要だし、動物もそれぞれ冬ごもりの準備をしなきゃいけないから、はっきり言って忙しいんだよね。
「これ、いつまで続くんですか?」
昼を食べながら聞いてきたのは、宮田君だった。
「冬支度はあと十日もあれば終わるかな。それから新年の準備まで、一か月くらいはゆっくりできるよ」
「新年ってあっちと同じですか」
「こっちだと、冬至が大晦日になるんだよ。冬至の次の日が新年」
「なんか意味があるんですか?」
「うん。太陽が一番弱って死ぬ日が一年の最後で、死んだ太陽が復活するのが新年、て考え方らしいよ」
太陽の出てる時間が一番短い冬至は、太陽が一番弱まる日。翌日は復活の始まりとして、お祝いする。
このへんの考え方は、ほとんどの種族で共通してる。
例外なのが人間の一部だけど。
「え、なんで?」
あ、渡辺君も知らないか。
「夏至や冬至の日を決められなかったんだ」
天体観測をしてカレンダー作らないと判らないからね。
今でこそ人間の国でも夏至や冬至といった日が特定できるようになってるけど、できるようになってからまだ100年くらいしか経ってないもんだから、人間の暦は冬至始まりじゃありません。
「春に新年が始まるのって、何か分かりやすい理由があったんですか」
「うん。山の雪が消えて最初の新月の日が新年だったんだよね」
さすがに満月と新月は分かりやすかったらしいです。
「え、それだと新年の始まりがずれたりしません?」
「もちろんずれるねえ」
なんかそのへんは『柔軟に』対応してたらしい。
リーシャさんの実家はそれだと不便だと気が付いて、違う暦を使うようになってるけど、やっぱり春が新年なのは同じ。さすがに伝統というものがあるんで、変えられなかったっぽい。
「それで大丈夫なんだ……」
「大丈夫でもなかったみたいだけどね」
悪天候の年はなかなか新年にならないし、そうすると『新年まで』と期限付きで交わされた約束事の期限が来なくてトラブルになったり、色々あるらしい。
「ちゃんとした暦が作れないって、もしかして大変なことなんですか?」
「もしかしなくても大変だねー」
俺らの世界でも、暦を作るのは権力者の仕事だったくらいだからね。
「でも、僕らの世界だと、昔から天体観測もしてたし、暦もありましたよね?」
と、宮田君が首をひねってました。
数千年前から暦があった世界の人間としては、こっちの人間がやってることって謎だよね。
「なんでか知んないけど、こっちの人間って、やってなかったみたいなんだよね」
これは渡辺君。
「でもさ、暦って農業やるのに必要だったから作られたとか、そんな話を世界史で聞いた覚えあるんだけど」
宮田君、世界史選択でしたか。
「こっちの人間の場合、他の種族がやってること真似して農業やってたから、自分たちで観測する必要が無かったんじゃないか、て言われてるね」
すぐ近くに異種族がいて、彼らが天体観測の技術も持ってたからね。
その異種族が働きだすのを見て動いてれば、自分たちで観測しなくてもどうにかなってたんじゃないか?とは言われている。
「……こっちの人間て、めっちゃ遅れた種族だったんですね」
その人間をごひいきにしてる管理者氏の頭の出来具合を考えれば、非常に納得できるんじゃないでしょか。
「……そっか、ここって神様の頭の良さに影響受けるんですもんね」
北島君がなんか遠い目になってました。
「まあ、無視することも可能ではあるんだけどね。管理者氏のことはもう拝んでない人たちも多いでしょ」
「信仰してなければ、影響受けないんですか?」
「実は信仰してても影響受けない神様もいるけどね。信者の足を引っ張るほど出来が悪い奴ならとにかく、有能な神様なら、特に邪魔なんかしないよ」
管理者氏の場合、自分のレベルに合わせさせようとするからねえ。
そりゃ発展なんかしようがありませんわな。
「それに管理者氏の場合、異世界への交通を管理してるもんだから、必要があれば別の世界から盗ってくればいいと思ってるところがあってねえ。信者もそっちの方が楽だから、発展しなかったみたいなんだよね」
「なにそれ馬鹿なの?」
「少なくとも利口じゃあないよ」
邪神落ちカウントダウン中だからね。
魔王「ここにもでっかい月があるんだよねえ、なんでか知らんけど」





