冬の夜には男の料理(ただし手抜き)
工場視察のあと、ちょっと書類を片付けたら一日のお仕事は終わりです。
終わりったら終わりです。
ワールさんはそのへん弁えててくれるんだけどねえ。
「アーガス氏から会食の希望がありましたが」
「断るよ」
何が哀しくて呼んでもいない客と会談せねばならんのか。
「はいはい、お伝えしておきますね」
うちのスタッフも良く知ってるから、この反応。
そもそも会食しますったって、どこで食べるんだって話もあるからね。外食できる店が無いわけではないけど、この村でそれなりに会食をとなると、俺が食事の席に招待する形になるからねえ。
アーガスさんの申し出は「食事に招待してください」って意味にしかならないわけですな。
呼んでないのに押しかけて来た客に、そこまでする気はないです。
「はよ帰ってくれないかなー」
「しばらく粘ると思いますよ?」
「夢も希望もないツッコミありがとう?!」
「アーガス氏がお帰りになるまで、ご自宅で召し上がったらいかがです?あそこなら国外からの客の立ち入りを禁じておりますし」
それしかないかね、やっぱり。
あと、ここは国じゃなくて農園だからね?
──────────
武家屋敷っぽい客間がある『表』の建物から30mくらい離れたところにある、二階建ての家が俺の自宅です。
表からは渡り廊下でつながってるんだけど、その廊下は途中で鍵の手に曲がってるし、見えないように防風林を作って結界まで張ってあるから、お客さんの目には自宅に見えないらしい。表と自宅で建築様式がちょっと違うのも、同じ家に見えない理由の一つだろうけど。
建物自体は、大きいログハウス風。もちろん、最初に建てた1K+ロフトの小さな丸木小屋とは全然サイズが違うし、一部は魔術モルタル使ってるから建材も木だけじゃないけどね。そもそも最初の小屋は俺一人で作ったけど、今の自宅は大工の手が入ってるし。
おかげで今の家は窓の隙間風なんかはほとんど無くて、快適です。
俺が作った昔の家は、材木の収縮を考えてなかったからねえ。しばらく住んでたら隙間だらけになったんで、あっちこっち埋めまくる作業が必要になったんだよね。今の家を建てた大工はそのへんを見越して作ったので、思ったよりもずっと補修が少なくて済みました。
そして中は基本的に洋風です。
「表」を向いてない玄関にある風除室で、靴は脱ぐようになってます。
接客用の『表』は普段使ってないから、そっち側の渡り廊下につながる玄関は、ほとんどダミーと化してるんだよね。
一人暮らしで二階建ての一軒家は広すぎる気もするんだけど、昔は自宅で仕事も全部やってたから、場所が必要だったんだよね。今はリビングになってる部分が旧事務所で、ダイニングは数人以上が食事することを想定してたから、両方ともそれなりに広い。
1階が2LDKで、2階にも寝室が4つ。昔は住み込みの人が何人もいたから、2階はその名残です。今はほとんど使ってません。
「ずいぶん久しぶりですねえ」
ダイニングを見渡してしみじみ言ったのは、耳長族長老のラーン。
久しぶりに一緒に夕飯をどうかと声を掛けたら、手土産代わりに肉を持ってきてくれました。
「昔はここで良く夕食を頂いたものでしたなあ」
「初期移住組は宿舎なかったからねえ」
最初に逃げ込んできたラーン達に提供できたのは、納屋だったんだよね。
当時はまだ母屋も小さかったし、機材置き場になってた納屋のほうが大きいくらいだったから、納屋の二階を貸したんだよなあ。
台所なんかついてないから、料理は母屋で一緒にやってたんだよね。食べる場所はそれぞれの居室だったから、母屋を建て直すまではずいぶん不便させた気がする。
建て直してからは臨時でこちらの二階を提供して、食事は皆でダイニングでとるようにしたけど。
「ツノモグラも脂がのってる時期だねー」
ラーンが持ってきたのは、草食害獣のツノモグラ。モグラと呼んではいるけど地上で生活する時間も長くて、土を掘るのは植物の根っこを食べる時だけだったりする。そしてデカい。
畑を荒らす悪い奴なので、敷地内では発見したら肉にすることに決めてます。
肉は美味いんだよね。
「皮は孫の手袋にしようと思いましてな」
「良いんじゃないの?」
冬毛はふさふさになるから毛皮にしても良いし、革に加工しても小型動物だから割と柔らかい。
「もう加工場に送るのは遅いですから、どのみち来年用ですな」
「塩漬けしとくしかないね」
皮なめしは専門職が引っ越してきたので、そっちでお願いしてます。
皮の加工には冬の間に大量に出る木灰が必要だし、革加工の本番は春以降です。
「ねえじいちゃん、俺が自分でやっちゃダメ?」
ラーンの荷物持ちも兼ねてくっついてきた孫のフェン君がそんなこと言ってましたが。
「おまえにやらせても、皮が無駄になるだけだからな」
ちょっと孫に厳しくないですかね。割と同意ではあるんだけど。
「え~、そんなことないって」
「太鼓の皮が出来るだけだろうからの」
うん、失敗してパリッパリの皮が出来上がるのが目に浮かぶようです。
というか俺も何度かやらかしてるし。丈夫でしなやかな革を作るのって、すごい技術なんだよね。
「いっぺんやらせてみても良いんじゃないかな?」
失敗すれば理解すると思うんだけどねえ。
「せっかくの皮がもったいない」
「ひでぇ、俺失敗しないから!」
「ほほぅ、言ったな?」
あ、ラーンが面白がってる。こりゃフェン君は失敗するパターンだな。
「良かろ、このツノモグラの皮の半分はおまえにやる。ちゃんと職人に聞いてやってみるんだぞ?」
「俺なら絶対大丈夫だし、出来上がったらじいちゃんにやるよ」
「太鼓の皮は要らんぞ」
パリパリになった皮なんて、あんまり使い道ないもんなあ。
そんな雑談をしながら肉に塩と香辛料を擦りこんで、ニンニクっぽい匂いのする根茎をつめたら、鋳鉄の鍋に入れてストーブ内の台に置く。
母屋の暖房には薪ストーブを使ってるから、冬は一人だと料理もこれで作ることが多い。台所には調理用ストーブもあるんだけど、わざわざ使うほどの料理はしないんだよねえ。鉄鍋一つで作れる男の手抜き料理が多いです。
40分くらい焼いてから芋を入れて、また焼く。
けっこう時間かかるけど、しっかり火が通った焼き上がりはジューシーで美味い。
肉を焼いてる間に、スキレットでパンを焼くのはラーンの仕事。発酵させるんじゃなくて、ふくらし粉みたいなのを使うのがラーンの家の流儀なんだとか。麦と豆の粉を合わせて作るんだけど、俺がやってもラーンほどの仕上がりにならないんだよね。
「俺がやるとぺっちゃんこになるんだよね」
どうやら、フェン君はまだまだ修行が足りないらしい。今日はフェン君は手を出すなと言われております。
「あ~、最初のうちはそうなるよね」
「え、魔王様も?」
「最初に作ったのはひどい物でしたな!」
ラーンが笑ってるけどまあ、仕方ない。分厚い煎餅にしか見えなかったからね、あれ。
「あれはどうやって食ったっけ?」
「たしか、シチューに入れて煮込んだと記憶しております。煮込む前に金槌で割り砕く必要がありましたなあ」
「金槌!?」
フェン君、笑いをこらえるのに失敗してるよ?
「うん、岩みたいに固かったからねー」
「なにそれ、魔王様でもそんなの作るの!?」
「そりゃー失敗なんかいくらもするって」
最初はそんなのを作ったんで、ふくらし粉が足りなかったのかなと思って増量したら、入れ過ぎて変なえぐみが出たんだよね。
成分は植物由来らしいけど、詳しい事は知らない。重曹なんかとは違う理屈で生地を膨らませてるっぽいんだけど。
「何回か作ったんだけど、俺に作らせたら粉がもったいない、って言われてさ。しばらく作らせてもらえなかったんだよなー」
「あれほど堅いパンを焼く才能をお持ちの方はめったにおりませんからなあ」
ラーンがにやにやしてました。
いっそ煎餅職人を名乗った方が良いのかもしれない。煎餅屋さんに怒られそうだけど。
魔王 「スキレットとダッチオーブンは男の料理の基本」





