魔王とゆかいな仲間たち。
えるしってるか、シャベルはさいきょうのぶきなんだぞ。
繰り返して主張しておくが、俺の仕事は農場主であって、魔王とやらではない。
召喚されて暴れる奴を誘いこんで元の世界に叩き返すために、『魔王城』なる舞台は作ってるけど。
あれがあると自動的にそっちに向かってくれるから、農場の被害が減って良いんだよね。
「あんな森の中にあるテーマパーク、人が住める場所じゃないってすぐ分かりそうなもんですけどねー」
昼食をもぐもぐしながら言ったのは、召喚されたけど神殿から逃げ出してきた佐奈ちゃんだった。
彼女はこちらに攻め込んできたわけじゃないので、本人の希望を聞いた結果、残留することになった元日本人の会社員。今は農場の一角を任せて野菜作りに励んでもらっている。
ちなみに好きな野菜は大根だそうだ。
先日はぬか漬けが食べたいと騒いでいたので、そのうち類似品くらい作ってくれるだろう。
「今の神殿上部に、そんなことを理解する方がおられると思いまして?」
上品に辛口コメントを出したのは、リーシャ嬢。
彼女はこちらの世界の出身で、王族と婚約までしていたような身分の高いお嬢様だったそうだ。しかし浮気性の婚約者に裏切られて神殿に異端者と認定された挙句、処刑されかけてたので、引き取った。
こちらにしては立派な服を着た連中と神殿の連中がいっしょになって、馬鹿な宣言文を読み上げながら、うちの敷地の端っこで若い女性を殺そうとしてたからねえ。あまりのバカバカしさに、とりあえず近くにいた作業員と俺で介入した次第。
大声で読み上げてた宣言文がこの上なくアホらしかったうえに、犠牲者はすでにボロボロになってたから救助しました、というのが正直な事情。
そしてあの立派な服を着てた連中とその護衛、顔に手ぬぐい巻いて鋤・鍬・シャベルを持った農民集団にボコボコにされて撤収していったんだけど、あいつらが非常に弱かったのは余談。
農民や現場作業員に殴られて伸びてる護衛なんぞに、存在価値は無いと思う。
あれを畑の肥やしにしなかった俺たちの優しさを実感してほしい。
立派な服を着てた連中は人間の国の貴族王族の子弟で、リーシャ嬢の元婚約者とその腰巾着どもだったんですが、アホな宣言文でわかる通りちょっと疑問点があったので調査してみたところ……『真に女らしくて愛すべき、崇拝すべき聖女』である女性に全員でまとわりついて逆ハーレム状態。そしてその逆ハーレム女がリーシャ嬢を消そうとして取り巻きを操っていた、と判明しました。
要するにあの身なりだけ立派だった連中は、女狐に騙された馬鹿ボンボンご一同様だったってことだ。
阿呆かそいつら、と俺たちが呆れかえったのは言うまでもない。
リーシャ嬢は美貌と知性と社交性をすべて備えた女性だけに、婚約者側のコンプレックスを刺激しまくったのも影響していただろう、というのが、調査を担当したオゥウェンの言だった。
婚約者(なんと第二王子だった)はプライドばかり肥大して卑屈になってたから、操られやすかったんじゃないのかという事。
ちなみにリーシャ嬢、今はオゥウェンと婚約中である。あれでオゥウェンも耳長族の若長だから、それなりに釣りあった身分であるらしい。
あ、一連の調査結果はリーシャ嬢のご両親とお祖父さんにご連絡済み。
連絡しとかないと、俺がリーシャ嬢を誘拐したと思われたりするし。
ご両親やお祖父さんも動いていたようですが、そこにリーシャ嬢保護の連絡をしたものだから、えらく感謝されました。
「リーシャさんを追い出すような連中だもんなあ」
こんな農場の手伝いしてくれてるのは、はっきりいって彼女の才能の無駄遣いだと思う。
各国地理や社会情勢、歴史などにも非常に詳しい上に頭の切れる人だから、外交なんかではものすごく活躍できたはずなんだけどね。とはいえ、リーシャ嬢も神殿の影響下にある国ではまだ大手を振って生活できないそうで、ここくらいしか居場所が無いんだけど。
現在はご両親がリーシャ嬢帰還に向けて動いてくれてるらしいけど、まだまだ帰れなさそう。
というわけで今はこちらの産物を売るために手を借りているんだが……なんだってこんな使える人を追い出したのか、馬鹿な王族とやらに感謝の念しか湧かない。
「理解してくださる方がおられるこちらが、貴重な国なのですわ」
「国じゃなくて農園ね」
せいぜい話を広げても荘園。
「ええ、判っておりますわよ?」
これってたぶん、『わたくしは理解する気がありません』と翻訳したほうがいい言葉だ。
「虐げられた民を匿って下さるばかりか、生きる術まで与えてくださるのですから、ここをただの農園と評するのは難しゅうございますわねえ」
あ~やっぱり。
「下手に国だと言っちゃうと、トラブルの元だよ?」
「どのみち、異教徒には生きる資格すら認めないのが神殿でございますわ」
きっぱり言い切られた。
「ああいうのって関わりたくないよねー」
これは佐奈ちゃん。
「だから誘導するためにあのテーマパークがあるんだよ」
神殿にとって『世界の敵』である『魔王』の御座所、という設定の巨大舞台、それがテーマパーク『魔王城』です。
森の中の、いかにもそれっぽい『防御施設』をいくつか越えたところにある、無人の町に囲まれた黒っぽい城で、大きさとしては某ネズミの国のお城くらい。あんまり大きい印象は無いんだけど、こちらとしてはそれで十分と言う意見があったので、コンパクトにまとめてみました。
俺が作れる魔法のギミックと、避難してきた各部族の技をつっこんだ、とても遊びがいのある場所になってます。
最終ステージはもちろん『玉座の間』で、そこにはいかにも魔王らしい格好の魔動戦闘ロボットを座らせてある。最終戦闘の醍醐味もたっぷり味わっていただけます。
戦闘終了後、勝とうが負けようが強制送還だけどね。
なお、逃げ込んできた人には相応の準備を整えたうえで余裕をもって帰還してもらってるけど、攻め込んできた奴はそのままの装備で即座に帰してる。
その結果『あちら』でどうなってるかは……お察しですね。
恥ずかしいコスプレのままで出現して、不審者扱いされるが良い。ふはははは。
「いっそ、砂漠の真ん中にでも出現させてやればいいのに。妙なところで親切だよね」
意外に過激なのがサイード君。
彼も召喚されたけど逃げ出した人で、母国に帰るかどうか迷ってる最中。
「君が知ってる砂漠に金属鎧でコスプレした人を放り出したら、生きていけないからね?」
「というか、半日で煮えそう」
これは佐奈ちゃん。
「半日たたずに死ぬんじゃない?」
なんせ『神殿』が用意する装備ときたら金属製だし。体力ない人には革製品をあてがってるみたいだけど、『玉座の間』に辿り着くような人間は金属製品で身を固められる体力がある。
で、そいつらを金属の鎧なんか着たままで砂漠に放り出す?
うん、いい具合にローストされるよね。
実は俺はそれでも構わないんだけど、契約上、そういうのは無しって事になってます。
「一応、保護する義務はあるからねえ……最低限は」
帰還地点が空中だったり、何もない海上だったり、土の中だったりと言う事態は避けてくれ……と最初に言われましたのでね。
俺をこちらに呼び寄せたという自称『世界の管理人』に。
なお、社会的な配慮までしてくれとは言われてません。
「神殿よりも魔王のほうが優しいんだよなあ」
生暖かい目で見ないでほしいんですが。
というか、それよりも。
「誰が魔王かと」
「「優紀さん」」
そこ、口を揃えて言わないように。
次話は2019/09/20 23時頃に公開の予定です。