交渉は対価が無いと成立しません。(Side: アダン)
短いので2話同時更新しています。 (1/2)
もちろん、神殿だって慈善事業をする気は全然ないわけで。
「なるほど、そちらの神殿にも異界の民についての知識はあるんですね」
ごく穏やかにそう返してきた青年は、見た目は全く普通の人間に見えました。
短く整えた黒髪に淡褐色の肌、濃い褐色の瞳の、細身ながらよく鍛えた体つきの青年です。素朴な人柄も、この穏やかな村にまさにぴったりと言えるでしょう。
その実、彼こそがこの国を治める魔王なのですが。
「はい、多少は知られております」
「管理者氏の信者が呼ぶくらいだから、知らないわけはないか」
魔王が『管理者』と呼ぶのは、今や一部の人間のみが崇める神。
智女神の神殿は、かの神を崇める者たちと袂を分かつ準備をしている最中です。
私も今回の件があるまで知らなかったことでしたから、上神官に教えられてびっくりしたものでした。
「こちらの人間とて、あの神殿のやり方に異を唱えないわけではございませんので」
「具体的にどんな動きがあるかお聞きしても?」
「拐かされた方々の救済をお手伝いできるのではないかと。こちらを預かってまいりました」
総神官長から特に言付かってきた文を傍にいた者に渡します。
側近であろう耳長族の若者が確認したそれを受け取り、開封用小刀を添えて魔王に差し出しました。
魔王の身分を考えれば銀の盆にでも載せて差し出すべきでしょうが、どうやら魔王は格式ばった真似を好まないようです。側近が無造作に封のまま差し出したそれを受け取り、封蝋に小刀を差し込んで、あっさり開封していました。
開封する瞬間だけ小刀に魔法をまとわせていたのは、流石というしかありません。
「ふうん……そちらで何かなさると言うのであれば、ご自由にどうぞ、としか言えないですよ、俺は」
苦笑気味に意見を述べた魔王は、近くに座っていた御令嬢に手紙を手渡しました。
御令嬢が無表情のままそれを読んで、更にワール卿に手渡します。
どなたも無下に扱うつもりはないようですから、今はそれで良しとするしかないでしょう。
「これを受ける理由がありませんからね」
「やはり、そうなりますか」
ずいぶんと図々しい要求を突き付けていることは、私にもわかっている事でした。
書面の内容は私も聞かされています。
魔王が救出している異界の民に手を差し伸べる代わり、魔王が持つ知識を開示せよ、と求めるそれは、協力の申し出というにはあまりにも尊大と言うべきでしょう。異界の知識は魔王の力の源であって……
「お金払うなら別ですけどねー」
え?
「こっちで利用できるものはもう、色々と実用化してましてね。山向こうに工業国あるでしょ、あっちに技術提供してるんですよ」
「は、はあ」
「でね、あっちとの契約ってもんがあるわけでしょ?他の業者さんと契約結んでお金貰ってるものを、タダで寄越せって言われても無理なんですよ。うちの信用問題になっちゃうから」
「えーと……」
「契約とか特許とかは、どういうものか判りますか」
「ええ、まあ……」
私達にはあまりなじみのないものですが、知識としては知っています。
「なら話が早い。そちらの要求は、他の業者さんとの契約違反になっちゃうので受け入れられません」
……実にあっさりとした拒否の言葉が、返ってきました。
「それにあなた方も、異界の民を誘拐するの拙いと思ってるなら、やることありますよね?」
「いえ、別宗派ですから禁じることはできませんで……」
「あれ、人間の国にある万神殿にもおたくの神官いますよね?意見くらい出せないんですか?俺の手間を増やさないくらいの努力は出来ますよね?あなた方がまずやるべきことって、それですよね?俺こっちの人間じゃないんで、あんたらこっちの人間がやる事まで肩代わりしませんよ?」
にこやかに言っていますが、魔王がその身に纏う魔力は増していました。
「ご自分でやる事やってもらうのが先ですね、交渉するならその後にしてください。とりあえず、この手紙は読まなかったことにしますね」
そっと手紙を収めなおして卓上に置いた魔王が、パンと音を立てて手を叩くと、封蝋は元の姿に戻りました。
魔王「ちゃんとした商売をするの、大切ですよ?」





