魔王様?いえ非公式名称です。
だらりとした日常が続きます。
食事が終わったら、午後からは契約内容の確認。
このへんは俺だけじゃなく、ワールさんやリーシャさん、あとは村の法務担当も含めての確認になる。
俺個人で雇うわけじゃないからね、まあ色々最終確認はあるわけですよ。
変に宗教を持ち込まれたらトラブル必須だから線引きも確認しなきゃいけないし、情報保全も必要だし、色々ごちゃごちゃしております。
神官さんだって上に報告する義務がある人だから、情報を絶対に出すなとは言えないしね。
「ずいぶんときちんとなさってますね」
確認して書類にサインしたあと、神官さんがそんな事を言った。
「そうかな?」
「たいていの領主であれば、ここまでの確認はなさいません」
「へえ。それでどうやって情報保全してるんだろう」
「手紙をすべて検閲するのが当然とお考えの方もおられれば、お気の向いた時に思いついたように取り締まる方もおられますね」
ああ、そうか。人間の文化圏って、まだ成文法の時代じゃないんでした。
「明確な基準がある場合って、どのくらいあるの?」
為政者の気分次第で取り締まりの基準がころころ変わるとか、まあありうる話だよね。
「無い事が普通です。細かな法は作っても守られることがございませんし」
「慣習が積みあがってるのをうまくやりくりしてルールっぽく運用してる……てところなのかな」
「そのようなものです。そもそもこちらのように、魔王陛下まで法に縛られるという事態はありえません」
「だからここ自治区だし俺は王様じゃないですってば」
そこはあくまでもはっきりさせておきたいところです。
外部に連絡を取る人だから、神官さんからの報告書が『魔王』が公式の称号だと外部に間違われる原因を作りかねないし。
「失礼しました、しかしどうお呼びすれば」
「社長で良いんじゃないですかね?農園主ですし」
「そこは領主と呼ぶのが我々の常識ですが」
法務のダガン氏につっこまれました。
「う~ん、領主かあ、まあ領主と言えば領主ではあるけどさ」
「書類上は領主の表現を用いますので、納得してください」
「あっはい」
ダガン氏の眼鏡がキラッと光ったので、おとなしく引っ込むことにしました。
ついでに言うとオウムみたいに頭のてっぺんについてる冠毛がちょっと立ちあがったし、かなり本気度が高いです。
羽鱗族(外見はところどころ羽毛が生えてる恐竜って感じ)のダガン氏、けっこう表情豊かなんだよね。表情筋は人間より少ないっぽいけど。
「どなたも、御領主様とはお呼び申し上げてませんよね?」
神官さん、そこで素直に首をひねらないで頂きたいんですがね。
「ええ、口頭では魔王様と。ただ、文書にする場合はお気を付けください。上級神殿への報告書は、公的文書に該当しますので」
「ああ、なるほど。書面には領主と記載することにいたしましょう。爵位などはおありでない?」
「この方を叙爵できるような者がいるとお思いですか」
「それもそうですね」
そりゃまあ、爵位を授けるってことは俺の上位に立つってことだからねえ。
俺としては絶対に避けなきゃいけない事態なんだよね、それ。どこかの国に従属させられるのは困るから。
「格が足りないと判断される可能性もありますかね?」
自治領と認めるには不足だ、なんて言われるのも困るんだよねえ。
「いえ、その点については魔王陛下御自身も神官であると報告いたしますので」
「神官?」
「お気づきではありませんでしたか。大地の祝福を行っておられますので、豊穣神の神官を名乗られて差し支えありませんよ」
「あ~、なるほど、そういう誤魔化しもあるね」
こっちの神様なんて信じてませんけどね。神様総出で管理者氏をシメるまでは信じてやらん。
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契約書にサインが終わった後、神官さんを今使ってる校舎に案内すると、ちょうど学校が終わる時間だった。
「まおーさまだー」
「ねーねーまおーさまー、冬休みに狩りに行きたいです!」
群がってきた足の速い一団がなんか言ってるけど、おまえらワイルドすぎです。
「野外学習はお父さんお母さんが良いって言ったらな。あと俺一人で全員みるの無理だから」
「けいびぶたいの兄ちゃんが手伝ってくれるんでしょ?」
「あのな、警備の人だってお仕事あるんだから、あんまり自由にならないぞ?」
「あたし、スキーがいい!上の村で遊びたい!」
「森でキャンプしよーよ!」
サバイバル訓練を兼ねて遊ばせたら味をしめた子供でいっぱいです。
インドア派もちゃんといるんだけどね。そういう子たちはいきなり押し寄せてきたりしない。
「冬の森でキャンプとか、演習じゃないんだからさあ」
少しは安全に気を配ってくれませんかね。君らまだ子供なんだし。
「こらっ、お客さんの案内してるんだから、魔王様困らせないの!」
追いついてきたラエル先生、お疲れ様です。
「え~、だってもうすぐ冬休みじゃん」
「冬休みじゃないと冬キャンプで遊べないもん!」
「そういう話はあとでしなさい、お客様のご迷惑よ!」
「ラエル先生、任せます」
すまんが丸投げです。
人間の子供だって大変なのに、村にいるのは力の強い種族も少なくない。もちろん、子供らもそれなりに強いんだよね。
この群の面倒を一人で見るのは、白牙族や有鱗族といったパワー系種族じゃないと難しいです。
というわけでラエル先生に任せてその場を逃げ出すと、神官さんはなぜかニコニコ笑っていた。
「懐かれてますね」
「ちょうどいい遊び相手なんでしょう」
宿題をしろとか言わないで遊んでくれる大人ポジションだからねえ。
近所のおっちゃんに遊んでもらってる感覚じゃないのかね、あれ。
「ここは手習い処として作ったんですけど、やっぱり手狭だし、教える人もなかなか確保できなくて」
田舎の集会所みたいな広間が一つ、という小さい建物から始まった場所だけに、進度も違う大勢の子供を教えるにはあんまり向かないらしいんだよね。
「ああ、ここは建築様式も違うんですね」
「間に合わせの突貫工事で作りましたからねえ。トイレも別棟になってるから、天気の悪い時は子供らが可哀そうで」
手習い処になってる建物からいちいち外に出ないと、トイレに行けないんだよね。渡り廊下は作ったけど、寒い日や雨風の強い日は濡れたり風に吹かれたりでちょっと可哀相だったんだよなあ。
「こちらの建物はどうなるんです?」
「取り壊して、図書館作ろうかなあと」
みんなから要望もあるし、役場の片隅の図書室だけだとちょっと手狭だから、仮設みたいな今の建物は壊して図書館に作り替えようという計画が走っている。一部のメンバーがノリノリだし、俺が止める理由は特にない。
「図書館!本が読めるのですか」
「うん、貴重な娯楽ですし」
文字が読めない人もいるけど、読める人が借りて言った本を朗読してあげたりして楽しんでいるらしい。
「なんと素晴らしい……!」
「え、そのくらいの娯楽は必要ですよね?」
そりゃあ、人間の国みたいに手書きで本を書き写したり、豪華な装丁したりなんてやってたら、そうそう本なんか作れないだろうけど。
ここにある本は活版印刷です。ここ独自の図鑑なんかも作ってるし、一部の人が新聞を印刷したりもしています。
山向こうの国で出版関係の技術特許を少し取ったので、そこからの儲けで本も買ってます。
たしかに、本も材料の紙も安くはないけど、ここはケチるところじゃないよね。
「民が書に親しむことを好まぬ領主は、少なくないのです」
「あ~……もしかして、領民は馬鹿なほうが良いって考えの人がいる?」
「はい、おっしゃるとおりでして」
「住民に文書でいろいろお知らせできないと、不便だと思うんだけどねえ」
うちだと掲示板にお知らせを貼って読んでもらったり、印刷物を配布したりしてるんだけどねえ。何より、災害があった時の対応方法なんかは、事前に教えておいたって忘れられちゃうからね。手元にパンフレットでもないと、いざという時の役に立ちません。
「なるほど、そういうお考えですか。感動いたしました」
そんなに大したこと言ってないけどね?
魔王「ラノベがずらっと置いてあるとか、昔の職場じゃ普通だったよ?」





