魔王様のお膝元?いえただの村です。
うちの農場に人間の国と同じ神殿は無いけど、事前連絡通り、アダン神官はポータブル祭壇を置くスペースさえ確保できればいいとの事でした。
知恵の女神を信じてる宗派では、人間の国の神(管理者氏の事ね)みたいに仰々しい神殿は必要ない、という事になってるんだとか。
「もともと、知識を広めるために田舎に赴くことも多いのです。田舎には豪華な神殿などありませんから、赴任先ではまず小型祭壇を設けるだけになるのでして」
「あ、なるほど。それで持ち運びできる祭壇が必須なんですね」
そりゃ、田舎にいきなり神殿建てろってわけにいかないよね。
「はい。これさえあれば、問題ありません」
けっこう合理的な宗派らしい。
そしてアダン神官の職場になる、学校として作った平屋建ての建物に案内すると、珍しそうに屋根を見上げていた。
「天窓が付いてるんですね」
昔の工場のノコギリ屋根を参考に、天窓つけてます。北側に窓を付けることで直射日光は避けてるのも、工場と同じだね。
「ああしておかないと、暗いですから」
この村は電気を通してあるけど、発電量は大したことが無いし、なにより電球の生産技術が追いついてない。明るい照明がまだ出来ないので、室内の採光が大切です。
「面白い工夫ですね。ガラスが使えると便利ですねえ」
「ガラスじゃなくて、樹脂ですよ」
ここだとガラスの材料入手が面倒だからね。森を作れば確保できる植物由来樹脂のほうが、よっぽど使いやすいです。
ガラスと違って耐火性に乏しいのが欠点だけど、その点は他の建材も似たようなものだから、まあ仕方ないと割り切っている。ここは森に囲まれているから木材は入手しやすい分、建築に適した石やガラスの材料は手に入りにくい。だから火の周りは耐火性を上げるためにレンガなんかを使ってるけど、基本的に木造建築物ってことになります。
「初めて見ました」
「そうでしょうね」
上の村を開拓してた時に、偶然見つけたんだよね。何度も改良を重ねて今の大きな板状パネルが作れるようになったけど、昔は小さくて透明度の低い板しか作れなくて、小さな板を何枚もはめ込んで窓を作る必要があって、窓枠を作るのがめんどくさかった覚えしかない。
ちなみに山向こうの国には特許という考え方もあるので、二世代ほど前の技術を特許として押さえてある。
基礎技術さえ押さえてしまえばお金とれるから、それなりに儲けになってます。スローライフを目指すならお金も大切です。
「中に入ってみましょうか」
正面に小さいポーチがある、昔の洋館風に仕上がってます。このへんは赤牛族と黒鱗族の様式のミックスかな。外壁は塗装下見板張りで、内壁との間には断熱目的の植物素材が詰められてる、寒冷地仕様の建物です。
こっちの世界の安い家って、壁薄いんだよね。量は多くないけど雪も降るこのへんの気候だと、冬場は家の中で氷が張る温度になります。
子供たちを通わせる場所としてはちょっと洒落にならないので、壁は断熱材入り、土台建ての構造にして、床暖房が仕込んであります。
夏は窓を開けて扇風機回しておけば、間に合うからね。年間の最高気温がせいぜい25℃くらいだし。
「玄関で靴は脱いでください」
玄関は二重ドアで、外ドアを入ったところで靴を脱ぐ。これは元々寒冷地に住んでた赤牛族の伝統様式で、冬に泥なんかを持ち込まない工夫だね。
「全部、床が貼ってあるんですね」
「ここは土間が無いんですよ」
聞いた話だと、人間の国では一階の床が土間になってる建物が多いんだとか。大金持ちの貴族は素焼きタイルや石を敷き詰めてる事もあるそうだけど、田舎に行けば貴族の館もホールは土間で、暖炉はまだ一般的じゃなくて、ホールの奥に炉床が切ってあるのが普通だとか。
うん、中世末期って感じだよね。
それに比較すると、床暖房完備のここは時代が完全に違います。
「……素晴らしい技術です」
「ご理解いただけて何よりです。こちらが職員室なので、神官さん以外の者も使う執務室を想定しています。神官さんの宿舎は東棟です」
南向きの棟は教室で、東の端っこから北向きに突き出してるのが神官さんの宿舎。といってもあまり贅沢してはいけないそうなので、簡易キッチンとトイレとシャワーが付いた2Kです。
村の独身者は合同食堂と合同浴場を使っている人が多いから、それにならった形かな。神官さんが自炊したければそれは応相談になるけど、今のところ自炊は特に希望しないと聞いている。
「ああ、そちらは後で拝見いたします。教室に入っても?」
「どうぞ」
教室と言っても、3人掛けのテーブルと椅子が並び、前方に黒板があるだけの、簡単なもの。読み書きと四則演算ができるのを初期教育の目標としているし、神官さんにお願いするのは初期教育がメインだから、今のところ凝ったものは用意していない。
「小さい子供たちがいるんですね」
子供サイズの椅子を見て神官さんが言うのに、俺とリーシャさんはそろって首を横に振った。
「有鱗3族の子供たちは、人間より小さい椅子を使うんですよ」
主に座り方の問題です。人間よりちょっと低めに作った椅子のほうが使いやすいみたいなんだよね。
「え?」
「ここは種族を問わずに教えてください」
「あ、ああ、はい。ああそうか、亜じ……人間型種族だけじゃないですよね」
亜人、と言いかけて修正するあたり、適応する気はあるようでなによりです。
「はい。種族によっては付き合い方が難しいと思うかもしれませんので、これまで先生役を務めてきた者に聞きながら仕事してください」
「ご配慮ありがとうございます。これはわくわくしてきましたよ!」
ぶれない人だよなあ。
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村の居住エリアは独身寮とその近くにある食堂棟に浴場棟、家族用コテージが作ってあり、隣接する管理エリアが市役所みたいな役割をする機能を集めてある。俺の家は居住区寄りの管理エリア内。
まあもともと、俺の家で書類整理なんかしてたのを別棟に分けたのが初期の管理エリアだったから、位置的には近くにならざるを得ないんだけど。
案内してる途中なので、お昼ごはんは合同食堂でとってもらう事にする。
俺が一緒だから、臨時に食堂の一角を区切って分けた幹部用の席だけど。
ワールさんも慣れたもので、何も文句は言わない。というかこの人、人間の国の貴族にしてはずいぶんまともで、無茶な要求はしてこないと報告を受けている。
「辺境の砦に似ておりますね」
アダン神官に村を見た感想を聞いたら、そんなことを言った。
「そう思った理由を聞いても良いですか」
「はい。独身の者を兵舎に住まわせ、食事はまとめて提供している点が同じです。またこちらでは鍛錬は行っておられませんが、居住区の近くに生活に必要な機能を持たせている事等も似ています」
「悪くない線に行ってますよ」
「すると、砦を参考にされた?」
「俺の母国の駐屯地が参考ですから」
自分が慣れてたものを参考に作ったらこうなりました。
独身寮は隊舎を参考にしてるし(ただし二階建てで個室。ついでに言うと一階もほぼ居室にしました)、浴場も食堂もあればいいだろうと思って作ってます。家族持ちは別に住んでくれればそれでいいし。
高校を出てから6年共同生活して、満期で退職して大学入って独り暮らし始めたんだけど、最初はめんどくさいと思ったんだよね。俺みたいなめんどくさがりは絶対いると思う。
あと、ほったらかすとまともな食事をとらない人って必ずいるからなあ。食堂を作っておくほうが安心なんだよね。
そんなこんなで、各建物にも台所はあるんだけど、使用率はそんなに高くない。
あ、商業区画があるのが駐屯地との大きな違いかな。軍隊じゃないから、商売を制限する理由が全くないんだよね。
だから商業エリアには職人が店を構えてるし、一部の独身寮の一階には雑貨屋兼駄菓子屋が入ってるし、夕方になれば寮の前に屋台は出てくるし、家族用エリアには食料品店もあったりする。
「魔王様は元騎士でらっしゃいましたか」
「なんで?」
「砦の構造に詳しいご様子ですから」
「ああ、俺の祖国に騎士階級って無いですよ。昔は似たようなのもあったんですけどね」
近代以降の軍について説明するのは、また後で良いよね。長引きそうだし。
魔王
「独身寮の近くでおやつが買えるの、超重要です。おやつ禁止は人権侵害。特に理由もなくおやつ禁止とか言った中隊長の事は、一生忘れません(怒)」





