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異世界でスローライフを目指してたら魔王にされてた件。  作者: 中崎実


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23/95

立ってる者は魔王でも使え、の季節。

 上の村が冬支度を終えたら、今度は下の村で冬に向けた作業になる。

 収穫物の貯蔵と、冬季だけ動かす工場の立ち上げが今の主な仕事。それなりに忙しいんだけど、皆慣れてるからそう大きなトラブルは起こらない。冬に向けて休止に入った工事現場から働き手が流入してるし、人手もまあまあなんとかなっている。

 それでも、見慣れないと忙しく見えるようで


「なんかすごい忙しくないですか」


 昼休みに、そう聞いてきたのは北島君だった。


「俺個人はそれほどでもないかな」


 工場に関して俺が口出しすることはほとんどないので、希望があれば視察の予定を入れるだけ。はっきり言って俺が役に立つ場面って無いんだよね、経営だって俺が直接関わってるわけじゃないんだし。


「俺は農地の管理がメインだからねー」

「え、島田さんも忙しそうに見えるんですけど」

「そりゃ、やる事が無いわけじゃないからね」


 収穫が終わった畑のうち、土を起こしておく必要があるところにトラクター出したりとかはしている。

 動物たちの数の調整や冬支度がある畜産部門も、いろいろ忙しいんでそっちの手伝いもある。

 つまり、冬の前はどこの部署も仕事てんこ盛りってことです。


 計画通りに進んでるから混乱は無いけど。


「魔王様がこちらでお食事を召し上がっていても、誰も不思議に思わない程度には忙しいのですよ」


 俺の隣で昼ご飯を食べ終わったリーシャさんがそんなことを言っていた。


「あ、そういえばそうですよね。いつもは偉い人用の食堂とか使うんですよね?」

「あんまり顔を出すと鬱陶(うっとう)しがられるからねえ」


 そんな理由もあって、暇がある時は別室で食べてるけどね。

 しかし今日みたいにどこもかしこも忙しい時は、俺の食事に人手を使うのもバカバカしいので、こうやって合同食堂に来てます。

 いつもの事なんで、驚いてる人はいないかな。


鬱陶(うっとう)しいなどと思う者はおりません、(おそ)れ多いだけですわ」

「俺、ただの農家のおっさんだけどね?」

「おっさん、ていうほど年取って見えませんけど」


 これは宮田君。

 昼休みだから一緒になってるけど、今日は二人それぞれ別のところの見学に行ってる。北島君は経理部、宮田君は営繕(えいぜん)に興味を見せたので、しばらくそこの手伝いもしてもらう予定。

 ご家族と相談のうえで、帰宅のタイミングも長期休暇中にすると決まったし、あとはまあ二人の希望進路と興味の対象を考えての見学先です。二人とも大学進学を考えてるけど、北島君は経済学部に、宮田君は土木系に進みたいみたいだし。ここには現代日本みたいな環境はないけど、それでも何か思うところがあればそれでいいだろう、たぶん。


「肉体年齢もアラサーだし、おっさんでいいの」

「え、幾つで年取るのやめたんですか」

「31だよ」


 自発的にやめたんじゃなくて、何となくやめる羽目になっただけなんだけどね。


「つくづく、そんなお年には見えませんわね……」


 これはリーシャさん。


「もともと童顔に見える民族だからねー」


 こっちの人間の国は、栄養状態の悪さや肉体労働の多さもあって、みんな老け込むのが早い。栄養状態の良い上流階級は別だけど、労働階級で20代後半と言ったら、日本の40歳よりも老けて見えるくらいだからねえ。生活がよっぽど厳しいんだろうと見てますが。


「たしかに、食糧事情が良いとは言えませんわね」

「小麦に(こだわ)り過ぎなんだよなあ」


 収穫量が少ない上に、栽培する場所をけっこう選ぶんだよね、あれ。

 他の、もうちょっとましな収穫の望める作物にすればいいと思うんだけど、やっぱり小麦こそが至上(しじょう)という文化なんだよね。日本人の多くがコメに拘るようなもので、(あきら)めろと言っても無駄。やっぱり小麦が食べたいらしい。


「黒麦や青麦は、下々と牛馬の食料と思っている者も多うございますし」


 そう言ってるリーシャさんも、最初は俺の食事を見てびっくりしてたんだけどね。

 青麦っていうのは収量が多くて脱穀・精白も比較的楽な麦の一種で、(ひき)(わり)か押し麦に加工して食べることが多い。小麦みたいに脱穀(だっこく)・精白しにくいものは粉にしないと食べられないけど、青麦は加工が容易だから、比較的低コストの主食にできる。


 芋ばかりに頼るとアイルランドの飢饉(ききん)みたいなことになりかねないので、うちの農園では青麦や黒麦といった麦も作って備えてます。

 そして農場主である俺ももちろん、(ひき)(わり)麦の麦飯を主食にしてる事もあるわけ。

 作った俺が食べないわけがない。


「穀物の(つぶ)食を嫌がるのも、栽培品目に影響ありそうだよね」

「わたくしどもにとって(つぶ)食とは(かゆ)の事ですし、粥は農民の粗末な食べ物の代名詞でございますから」


 面白い事に、ここの人間の国はパンを食べる食生活こそ文化的だと信じている。そのパンもランクがきっちり決まってて、一番良いのが小麦で作った白いパンで、ふかふかしてない混合麦のパンがその下にあり、灰に埋めて焼くような小麦以外の平たいパンはそれ以下。黒麦で作る身の詰まったもっちりしたパンは平たいパンより下で、さらにその下に粥が来る。

 これ俺らの歴史上の中世ヨーロッパでも似たようなものだったよね。関係ないはずなのに同じような文化を持ってるんだから、なかなか面白い。


「粉食にこだわる割に、水車が発達してないのが不思議だよね」


 水力利用の技術もろくにないんだから、あれじゃ粉ひきの歩留まりがかなり悪いのも仕方ない。


「水車と()(うす)を改良するだけで、あんなに収量が増えるとは思ってもみませんでしたわ」


 リーシャさん、ため息ついてます。

 ちなみにリーシャさんが()(うす)と呼んでるのはロール機のことで、細かい機構は機密扱い。リーシャさんには内部は見せてません。

 そのへんは本人も理解してるんだけど、リーシャさんから人間の国に技術が流出すると困るからですね。

 隠しようもない馬の(くびき)なんかは見せちゃってるけどね、無駄に敵意を持ってやってくる国に技術流出しないように配慮はしてるわけ。


「独立すれば情報開示するからさ」

「ええ、食糧事情改善のためにも、祖父と父には頑張ってもらいませんと」


 あのトラブルメーカーの国から離れられれば、提供できる知識も少しは増えるからね。

アイルランドの飢饉:

1845‐1849のジャガイモ飢饉の事。


うんちく:

ジャガイモは親芋のクローンであるため、同一品種は同じ疫病に負けやすい。

同一品種ばかりを育てると同じ疫病ですべての芋がやられてしまうため、原産地のチチカカ湖では多様な品種を栽培してリスクを分散している。


(つぶ)食:

穀物を粒の形を保ったままで煮炊きして食べるスタイル。

日本の場合、麦は挽き割りか押し麦として食されることが多かったようです(丸麦は煮炊きに時間がかかったからだそうです)


魔王(しまだ) 「食糧確保のためにはリスク分散も必要だよね」

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