いずこも変わらぬ出るもの事情。
勇者(笑)4人組は送還したけど、まだ残ってるのが第一波の二名。
剣士君と神官見習い君だね。
いや、もう名前も掌握したからこの呼び方はしないほうが良いだろう。剣士が鈴木君、神官見習いが中村君と言って、どちらも高校一年生だった。
この二人も、保護したあとで風呂に入れてやるところまでは、他の救助対象者と同じだったんだけど。
「やっぱりなあ」
予想通りに問題を起こしたのは鈴木君。
移動中の様子から見ても、極端に空気の読めない子だとは判ってたんだけどね。
「何かが目に付いたらすぐそっちに気を取られて、ふらふら移動してしまいますね」
と、トゥワン。
「なんでも弄るし、壊そうとするし」
これはサイード君。
「いくらなんでも、あれはいかがでしょうか」
リーシャ嬢も控えめながら容赦がなかった。
「さすがに、下水処理設備に興味がわいたから壊してみようと思った、は行き過ぎだよなあ」
俺もいささか頭が痛いです。
下水道はまだ作れてないこの集落には、各建物に簡易的な浄化槽を付けてある。鈴木君は何故かこれに興味を持ったようで、持っていた剣でいきなり排水管をぶった切り、乱暴に浄化槽を掘り返そうとした。
幼稚園児じゃないんだから、いちいち何でも壊そうとしないでほしいもんです。
というかあの浄化槽、日本でも使われてるものと似たようなタイプなんだけど。別に珍しくはないよ?
「保護期間終了ってことで、鈴木君は帰そう」
さすがにもう置いておけない。
「そうしていただけると、助かります」
これは営繕担当のリカルス。
「もうちょっと早く踏ん切りをつけるべきだった、ごめん」
「いえ、ご配慮は理解できますので」
「しかしいきなり設備を壊し始めるとは思わなかったな」
何考えてるか全くわからんけど、とりあえず帰そう。
もちろん、本人に相談なんかしない。寝てる間に送り返すことにしました。
そして、残ったもう一人のほうはと言うと。
「……それで、あいつ帰したんですね」
鈴木君を返した翌朝、中村君に事情を説明すると、なんだかほっとした様子だった。
「だって、あいつの面倒みるの、僕だったんです。これまで、あいつにずっと、迷惑かけられてて」
「あ~……」
うん、鈴木君の尻拭いを押し付けられてたんだね。
なにしろ鈴木君、こちらに収容したあとも気ままにあっちこっち突進していき、食べ物があれば何も考えずに勝手に食べ、やってみたかったからと設備を破壊し、欲しいものがあればさっさと懐に入れ、それを咎められると『ボクが欲しいから取っただけで何が問題なんだ?』と首をかしげる、という行動をとり続けてたからねえ。あれじゃ面倒を見るのは大変だっただろう。
あれで良く日本で生活できてたなと思うけど、そのへんは俺は関知しない。
ただ、兵士たちは鈴木君の面倒を見るのを嫌がっていたし、それでも面倒を見ていた一人が死亡したあとは特にアンタッチャブルになったようで、中村君に全部押し付けられてたというわけだ。
「もう、面倒見なくていい、ですね」
あ、泣き出した。
そりゃそうだ、中村君もまだ15歳で、本来なら大人の保護下にいる年齢だ。それがこんなところに放り出されて、自分の面倒を見るだけで精いっぱいだったはずなのに、同じ年齢の何も考えない奴を押し付けられてたとなったら、相当な負担だろう。
「なんで、僕が、面倒、見なきゃいけないん、です、か」
涙はこぼれてるけど、絞り出すような声で、頑張って普通にしゃべろうとしている。
これは泣かせてやったほうが良さそうだなあ。
「もう帰しちゃったから、中村君はこれ以上頑張らなくていいよ。良く我慢したよね」
頭をぽんぽんと叩いてやると、号泣した。
──────────
泣くだけ泣いた後は恥ずかしそうにしてた中村君は、翌日には元気そうに振舞っていた。
まだ食事の量も増やせないし、落ち着いて寝てる様子も無いけど。ただまあ、そのへんは時間が解決してくれるのを待つしかない面もあるからね、俺としては焦らず待つしかない。
「これ、コンクリですか?」
排水設備の修理を見に来て、まず中村君が言ったのがそれだった。
「残念だけどちょっと違うかな。魔術材料だから」
コンクリートを作るには材料の石灰が必要だから、石灰岩が手に入らないこの地域では作れない。ただし魔法加工が非常に楽なラズル石は多くとれるので、うちではそのラズル石をコンクリート代わりに使っています。
その他にも、可塑性の高い樹脂の取れる木があるので、その樹液を使って植物性プラスチックを作ってたり。これは浄化槽の内部パーツに使ってます。
「コンクリそっくりですね」
「作り方もほとんどコンクリートと同じだし、意外に便利だよ」
焼いて粉砕したラズル石を水と魔力で練って、砂を混ぜればモルタルになる。硬化させる時にさらに魔力を加えると防水モルタルになるので、かなり重宝します。
「これ、何に使うんですか」
ああそうか、都会っ子はそりゃ知らないよね。
「浄化槽だよ。建物から出た排水を、ここで処理してきれいにするんだ」
いろいろ検討して試した結果、落ち着いたのがいわゆる嫌気濾床接触曝気方式。現代日本で一般的な家庭用浄化槽と同じ方式だ。原始的なケンタッキー式トイレシステムも当初は採用してたんだけど、いろいろ試してたら合併処理浄化槽と同じ方式が作れちゃったので、そっちに切り替えました。
電気から作らなきゃいけないから大変だったけど。
「壊れた浄化槽はきちんと直すのに時間がかかるから、とりあえず新しいのを付けちゃおうと思ってね」
鈴木君が壊したものは、いったん中の汚泥や水を汲み取ってやらないと修理もできないし。ひびが入ったままにすると、汚水が地面に浸透して言って地下水を汚染したりするから、急いで中を空にしてやる必要がありました。
営繕が頑張ってくれてたけど、けっこう大変だったんだよね。
「トイレが水洗だから、こういうの要るんですか?」
「トイレだけじゃなくて台所とかの排水を処理する設備を作らなきゃいけないから、どうせ作らなきゃいけないんだよね」
ちょっと前の日本でも、浄化槽に流すのはトイレの排水だけで、生活雑排水はそのまま流す方式があったそうだけどね。あれやると結局汚れた水を流すことになるから、あんまりやりたくないんだよね。汚水が下手に地面に染み込めば、地下水や川を汚染することになってあんまり良くないし。
実は殺菌用の消毒薬を作れるようになるまでが大変だったのは、あんまり説明しなくていいだろう。小さい水力発電所を作って電気を確保して、工業材料用の塩を入手するようになってようやく、可能になったんだけど。
「そこのパイプあるでしょ。家の中からの排水がそこ通って、この浄化槽に入って、こっちのパイプから出るんだよ」
「これで、匂いなくなるんですか」
「無くなるねえ」
興味津々で眺めてる少年はそのまま好きにさせておいて、その日のうちに工事は終了してました。
魔王:「周りを汚染しない、臭くないトイレって大切ですよ?」
参考資料:
「陸軍と厠 知られざる軍隊の衛生史」潮書房光人社新書、藤田昌雄、2018年
消毒用次亜塩素酸の製造過程で必要になる苛性ソーダ(水酸化ナトリウム、NaOH)の製造は食塩水を電気分解するしか方法が無さそうです。半透膜はありませんから、水銀電極を使って水銀アマルガムを作ったのち、アマルガムを加水分解して得るしか無さそうですけど(現在のリアルワールドでは半透膜が使えるので、行われていない製法です)
苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)製造とその用途については、このへんが判りやすかったですよ↓
「苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)の工業的製法と用途(基礎化学品製造の実際と高校での教育実践)」吉田 健, 化学と教育 2012 年 60 巻 3 号 p. 118-121, https://www.jstage.jst.go.jp/article/kakyoshi/60/3/60_KJ00008019322/_article/-char/ja/





