見学旅行2日目。(Side:宮田大樹)
旅行二日目は湖を見下ろす街道をず~っと移動。
轍もそれほど深くない道で荷馬車はあんまりガタガタせず、座り心地はかなり快適だった。
「思ったより、住んでる人多いんですね」
上のほうは人口が少ないと聞いてたけど、湖の岸にところどころに集落がある。
街道沿いにちょっと家が集まってるところと、街道から少し離れた岸に家が固まってるところとがあるけど、どれも十軒くらいの家が集まってるだけの小さな集落だった。
もうちょっと家がないところかと思ってたけど、平らなところは収穫が終わった畑みたいだし、斜面には果樹園ぽい場所もところどころある。全体的に、きっちり開発されてる感じだった。
「あれ、何やってるんだろ」
北島が指さしたのを見て、
「ああ、今日の漁が終わって漁具を乾かしているんだね」
と、オーウェンさんが説明してくれた。
「もしかして、網ですか?」
TVや動画では見たことない、四角い枠にくっついた網っぽい道具だ。
「仕掛け用の網だね。赤牛族の村では良く使うんだ」
「種族によって違うんですか?」
「種族というより、集落ごとかな。移住してきた民が他の民の道具を真似して改良して、変化しているものもあるからね」
そうか、魔王領っていろんな種族がいっしょに住んでるからそういう事も起きるんだ。
「あっちにあるの、干物ですか?」
北島が指さしたのは、紐にずらっとぶら下がってる魚だった。
湖の魚を干してるのかな?
「あれは燻製用だね。燻製にする前に少し干すんだよ。塩をしてから何日か干して、そのあとで燻製するのがこのへんのやり方でね」
「塩?山の上なのに、塩あるんですか」
人間の国では、塩は高いと聞いていた。その割に干し肉はしょっぱすぎたけど。
「ここまで運ぶの大変じゃないですか?」
標高も高いし海から離れてるから、塩も遠くから運んでくるんだよね?
「岩塩がとれる場所が近くにあるから、意外と輸送も楽だし、安いんだよ」
「岩塩」
「うん、岩塩。君たちは海塩に慣れてるんだと思うけど、ここらへんまでは岩塩が流通してるんだ」
「ピンク色してるあれ?」
たしか、母親がどっかで買ってきた岩塩がピンク色してた気がする。
「色は産地によって違うね。ここでよく使われるのは、白い岩塩だよ」
「白いのもあるんですね」
「アルプスの塩ってたしか白かったと思う」
渡辺君がそんなことを言った。
「え、そうなんだ。見たことないな」
「うちの台所にあったのアルペンなんとかって書いてある塩だったけど、白かったよ」
「へ~。普通の食塩じゃなくても白いんだ」
いろんなのがあるんだなあ。
──────────
その日の昼過ぎに、目的地に到着。
目的地は湖に注ぐ川のあるところで、二階建ての建物が集まった小さな町みたいなところだった。
川沿いの町といっても、山から伸びてきたそんなに高くない台地が湖に突き出すようになってて、その上から川を見下ろす位置に町がある。農地は台地の下にあって、建物のあるあたりには畑は見当たらなかった。
「ここが庁舎のあるイチノムラだ」
村と言うより町ですけど。
「なんかずいぶん新しいですね」
下の村もそうだけど、谷間の村より新しい建物が並んでた。
「この20年ほどで難民の流入が増えたから、色々建て替えが必要になったんだよ」
「人口、そんなに増えたんですか」
「ここ50年で三倍くらいになったと伺っているね」
「もともとの住人て、そんなに少なかったんですか」
「魔王様が顕現なさった時は、このへんに住民はいなかったそうだよ」
「……無人?」
えっと、島田さんってこっちの世界の都合で呼び出されたんだよね?
「勝手に呼んどいて、無人の高原に放り出したってことかよ」
北島が微妙に機嫌悪い。僕も同感。
「ああ、そういう事のようだ」
オーウェンさんがすっごい微妙な表情になっていた。
「うっわ、たち悪い」
「関わったのがあの人間族の神だからね。信じる者たち同様の性格のようだ」
「そういえば、オーウェンさん達って違う宗教なんですか」
魔王領に来てから、人間の国みたいな神殿を見かけないし。
人間の国は石造りで立派な神殿を作ってたけど、ここは集落に小さい神社みたいな建物や、祠があるのが普通。魔王様の館にあるのはまさに神社だったけど、あれは島田さんが日本人だからだろうな。でも全然違和感なかったし、他の種族の人も普通に手を合わせてた。島田さんも、屋敷の外にある祠に普通に手を合わせてたし。
「ああ、私達は別の神を崇めているから。人間の神から我々は出来損ないと呼ばれたので、信じるのをやめた歴史もあってね」
「え、なんですかそれ」
「神託が下った際に、人間以外は出来損ないと言われたんだよ」
「それひどくないですか」
「ああ、ひどいな。だから我々は他の神に祈ることにしたんだ、かの神以外にも神はおられるからね」
なるほどなっとく。そりゃ、祈らなくなるよね。
「幸い、この地はあの方のお力で豊かな土地になった。その後少しずつ人が増えて、今の姿になったんだ」
「やっぱり、魔王様がいると違うんですか?」
「我々の力では、ここまで開拓することは困難だったろう」
「あ~、そうか、島田さんの魔法」
渡辺君が一人で納得していた。
「え、なんかあんの」
「あの人、農業魔法が得意なんだよ。土木工事とか農地作りとかに向いた魔法もけっこう使えるから、開拓に向いてたんじゃないかな」
「それ、開拓の必要があったから一生懸命覚えたんじゃ」
「どっちだろ。島田さん、苦労話しない人だから判んないんだよね」
「ただの農業魔法ではないよ、祝福魔法もお使いになる」
なんというか、魔王って名前に似合わない神官魔術っぽいものだった。
「強い魔力をお持ちなので魔王様とお呼び申し上げているが、別に神と対立するものと言う意味は無いからね。そもそもあの方は異界の神が遣わされた方でもある」
「異界の神?」
「日本の神様だってさ」
「あ~なるほど……え?なにそれ」
「こっちの神が無理やり呼ぼうとしたんで、日本の神様と喧嘩になって、そのあと条件付きで派遣されたって聞いたよ」
「そしてこちらに顕現される際に、その無理に呼び寄せようとした神が悪意を見せここに落とした……という事のようだ」
う~ん、とってもファンタジー。
「その神様って、僕らを拉致った神殿の神様だよね?性格悪いよね」
「まともだったら僕らを誘拐しないと思う」
それもそうだね。
──────────
喋りながら町のメインストリートを進んで行くと、円形の広場に出た。
正面の建物にだけ、4階建てくらいの高さの塔が付いてて、鐘がぶら下がってる。
「あれが庁舎になる」
庁舎前の広場からは、僕らが通ってきた街道と、さらに山に向かう街道が伸びていた。
次の街道には向かわず、僕らが乗った荷馬車はそのまま庁舎へ。正面玄関に横付けされた馬車から降りると、迎えの人が出てきてオーウェンさんに頭を下げた。
「若長、ご無沙汰しております」
「ああ、久しいね。皆も息災かな」
「おかげさまを持ちまして」
恭しい態度の人は、色白のエルフだった。
「この二人が見学者のダイキとユートだ、案内を頼む。作業は手伝ってくれるそうだ」
「かしこまりました。体験がてら軽作業をお願いしようと思っておりますが、いかがでしょうか」
「そのほうがいいだろう、まだ二人とも本調子ではない」
オーウェンさん、こうしてるとやっぱり偉い人なんだなあと思う。
「見学を主に計画しております」
「担当はいつも通りかな」
「はい、ティルラに任せる予定でございます」
「では、ティルラのところに二人を案内してやってくれ」
「かしこまりました」
「ダイキ、ユート、ここからしばらく別行動だよ。私のほうは書類と報告会議ばかりで、君たちには退屈だろうからね」
「あ、はい」
気を使ってくれてもいるんだろうな、と思ったので、素直にうなずいておいた。
魔王「あ~あの管理者氏は性格マジで悪いからね」





