社会見学に行こう。(Side:宮田大樹)
さて、見学旅行に行った少年たちはと言いますと。
(Side:宮田大樹)
魔王様が手配してくれたので、僕らは高原地帯の見学旅行に行けることになった。
「これ、ちょっとした農園とか言えるレベルじゃないよね?」
北島が言った通り、農場を出発してから半日経ったけど、まだ目的地まで半分も来ていない。
これまで通ってきた道のほとんどは山の中だけど、ところどころ開けたところに集落があって、畑があったり放牧してたりする。川沿いの一部には工場も建ってて、人間の国とは全然違ってた。
「どう見ても国だよね」
「それもさ、かなり進んでる国だよね」
「これ、全部魔王様が開発したの?」
知っていそうな渡辺君に聞くと、少し首をかしげてから
「う~ん、一部は山の向こうの国の技術だってさ。エンジンとか蒸気機関は島田さんも関わったけど、水車はエルフの技術だって」
そう、教えてくれた。
「ドワーフとかいないんだ」
「背の低い部族はいるけど、筋力ないし技術も持って無いんだよね」
「そこだけファンタジーから外れてるんだね」
「鉱山持ってて金属加工してて技術大好きな部族なら、いるよ?」
「あ、やっぱいるんだ」
「でもでっかいんだよね。間違っても矮人って呼べないサイズでさ、どっちかっていうと巨人族」
「え、なんか意外」
坑道に潜ってツルハシで鉱石掘ってる、小柄で筋肉質の種族はいないらしい。
「でっかいのに鉱山掘れるんだ?」
「今じゃ鉱山も機械掘りしてるし、請負で働いてる別種族もいるんだってさ」
「うわ、全然ファンタジーじゃなかった」
「産業革命くらいの文明レベルだもん、ファンタジーっていうよりスチームパンクじゃない?」
「スチームパンクって知らない、何それ」
「産業革命ファンタジー?かな?蒸気機関と歯車のロマンみたいなやつ?」
「何それよくわかんないんだけど」
「僕も詳しくないもん」
まあいいか、ここは作り話の世界じゃなくて現実だから。
自動車に比べればのんびりしたスピードで進む馬車は乗り心地も快適で、ガタガタ跳ねたりすることもない。僕らが座ってるのは荷馬車の荷台だけど、横向きに作られたベンチにはちゃんと座布団が置いてあって、たまにしか来ないお尻への衝撃も和らげてくれる。
それになにより、道路がちゃんと作られている。
「轍がえぐれてないし、石も転がってないね」
人間の国の道路は荷馬車の通った後がえぐれて、時々大きな石が転がってたりする、とても通りにくい道だった。
石畳のある街道はほんのちょっとしかなくて、そこも轍が出来てたうえに、石がすり減って滑りやすくなってたし。
「ここらへんは、定期的に整備してるからね」
そう教えてくれたのは、エルフのオーウェンさん。
イケメンエルフで魔王様に信頼されてる高官で、婚約者のリーシャさん美人という、リア充を形にしたような人だ。
……うらやましいとか思ってないし。
本当なら客用馬車で送り迎えされるような人だと思うんだけど、今回は僕らがいるということで、案内係を兼ねて一緒の荷馬車に乗ってくれていた。
客用馬車って窓が小さいから、僕らの見学旅行には不向きだろうってことで、今回はこの荷馬車になったんだよね。荷馬車には自衛隊のトラックみたいな幌がかかってるけど、今は後ろも横も巻き上げてあるから、周りが良く見える。
「すごいお金かかりそうですね」
北島が微妙に現実的なことを言っていた。
「うん、安くはないね。でも、そのお金で潤う人がいるから、僕らは損はしないんだよ」
「潤う人、って業者ですか?」
「業者もいるし、整備局が直接雇う人もいるよ。僕らが集めた税金をそうやってお給料に還元すると、みんなが町や村でお金を使って、町や村にいる人も潤うんだ。だから損にはならないんだよ」
そっか、お給料を払えばみんな使うもんね。お給料を使えばお店の人の収入になって、お店の人がまた別のところでお金を使うから、お金が巡ってみんなが潤うんだ。
「それに、道路がちゃんとしてれば人や物を運びやすくなる。それがまた、みんなの生活の役に立つんだよ」
「通りにくい道路って、やっぱり不便なんですね」
「不便だし、不便な道を頑張って運んできた物資は値段が高くなるからね。住んでいる人のためには、荒れた道路を放っておくのは良くないんだ」
色々考えてるんだなあ。人間の国って、その辺全然考えてなかったっぽいけど。
「あそこは攻め込まれたときに敵の有利になるのを恐れて、街道の整備はあまりしない方針でもあるからね」
「……攻め込む人なんて、いるんですか?」
どう考えても貧乏で遅れた地域じゃん。攻めて意味あんの?
「無いわけではないよ。水もあれば耕作地もある、何もない場所ではない」
あんまり評価されてないっぽいコメントですありがとうございます。
そしてオーウェンさん、本性が透けて見えてます。魔王様以上に魔王っぽい大物の雰囲気駄々洩れです。
そういえばこの人、人間の国に不意打ちされたエルフの街から非戦闘員を無事に逃がした英雄だったっけ。次のエルフの長だし、そもそも大物なんだった。
「でも土地も痩せてるし、取り合う価値まであるのかなあ……」
そして渡辺君はそんなオーウェンさんの雰囲気を全力でスルーしていた。
……付き合いが長いせいもあるんだろうけど、渡辺君もかなり強心臓だよね。
「人間があそこに集まってくれることに意義はあるから、攻めないほうがいいとは思うんだけどね」
いつもの柔らかい雰囲気になったオーウェンさんだけど、これが仮面だという事が良く判りました。
「集まってたほうがいい?」
「蛮族なんかに散らばられたら、始末に負えないよ。固まっていてくれるほうがよほどましだ」
「それもそうですね」
なんかあの国、思いっきり害虫扱いされてる気がする。
─────────
その日の夕方になって僕らの馬車は予定通り、長い山道を登って最初の村の中で停まった。
街道沿いにある宿場町っぽい村で、道の両側に何軒かの家?が並んでる。木と石で作って壁を白く塗った家と石畳の道が、ヨーロッパのどっかの観光地っぽい雰囲気を出していた。
山に沈みかけてる夕日がなんかきれいだけど、すぐ暗くなりそうな感じ。
「もうちょっと行くと湖がある。そこから街道はずっと湖沿いに続いてる」
「そこの川を遡って行くってことですか?」
村があるのは川のそばのちょっとした河岸段丘の上。川岸は畑になっていた。
「そうだね」
「ここらもしっかり開拓されてるんですね」
魔王様が一人で開拓したっていうにしては、ずいぶん広いんだけど。
「ああ、あの方はこちらにお越しになって百年ほどになられる。長年かけて整備してこられたんだよ」
「……え?」
現代人だよね?
「島田さん、こっちに派遣されたときに過去に遡ったんだってさ。だから日本じゃ僕らの時代の人だけど、こっちに100年以上住んでるんだって」
島田さんそんな年じゃないように見えるんだけど。
100年も前からこっちにいるようには絶対見えない。
「なにそのファンタジー」
「異世界召喚てそもそもファンタジーだと思う」
北島、適切なツッコミありがとう。
「最初に顕現なさったのが湖の近くだ。そこのを初めの地となさって、徐々に農地を広げられた」
「……農場の大きさ、馬で横断して4時間とか言ってた気がするんですけど」
これまでの距離を考えても、絶対におかしいよね。
「その『馬』は竜馬の事なんだよ」
ちょっとまって、それって。
「竜馬、ってそれ空飛ぶじゃないですか」
僕より先に北島が突っ込んだ。
「竜ほどは飛ばないけど、飛ぶよね」
こっちにしかいない鱗の生えた超早い動物なんだけど、短時間なら空も飛べるし、ものすごく頑丈で知られてる。
「それで4時間、て相当じゃん!?」
「奥行だけで80㎞くらいあるんだって。直線距離で」
高低差とか考えないで80㎞だから、実際に移動する距離は当然、もっと大きい。
実際、僕らの日程は移動完了まで一泊二日。これでも一番奥まで行く予定じゃないんだよね。
「うっわー、なんか詐欺っぽいー」
「今更すぎるって」
渡辺君はなんか悟った顔してるし。
うん、たしかにもう何かいろいろ諦めたほうが良さそうな感じ。少なくとも、島田さんに常識を当てはめるほうが間違いっぽい。
「さて、今日はもう宿でゆっくりしようか」
オーウェンさんが少し苦笑して、話を打ち切った。
「はーい」
渡辺君が返事して、僕らも一緒に宿に入った。
宿の玄関にはランタンが灯ってる。中もランタンがいくつか吊るされていて、こちらにしては明るい部屋になっていた。
木で張った床はぴかぴかしてるのが、やや暗い明りでもよくわかる。
「料金は支払い済みだから、お湯も使えるよ。食事の準備が整うまでに、体も清めてきたらいい」
宿帳に何か書いた後、オーウェンさんがそう言ってくれた。
「ありがとうございます」
やっぱり体は埃っぽくなってるし、お湯が使えるって最高だよね。部屋に荷物を置いたらすぐお風呂に行くことにする。
日本のお風呂みたいに大量のお湯に浸かるのは無理だけど、それでも十分な量のお湯で体を洗えるのは気持ちがいい。
しっかり体を洗って服を着替えて、食堂に行ってみると、晩ご飯の準備が出来ていた。
「ここらへんでは良く食べられているシチューだよ。湖の魚を塩漬けしたものと、根菜を煮込んだものだ」
味付けは塩といくつかのハーブだというそれに、大きいほくほくしたジャガイモが晩ご飯だった。
量はたっぷりあって、お腹いっぱい。魚も大根ぽい野菜もしっかり味が染みてて、美味しかった。
「明日も朝早いから、早めに寝るように」
「はい」
満腹になったら眠くなったので、反対意見を言う必要は全くなかった。
魔王:「真面目にコツコツ農地を広げただけですよ?」





