責任者出てこい。と呼び出してみるなど。
結局、勇者君はどうなったかというと。
「やっぱり捨てやがった」
黒鱗族のアーグが吐き捨てるように言っていたとおり、一人置き去りにされました。
王国兵と勇者パーティーが勇者君に付き添ってたのはたった半日。傷を縫ったばかりで動けない勇者君一人を野営地に置いて、連中はさっさと先に進んでいったわけ。
「……パーティーメンバーを見捨てて、士気が下がらない連中ってあたりが怖いね」
同じグループのメンバーが置き去りにされたりすれば、普通なら一気に士気が下がる。
実はこのへん、人間に限らず、黒鱗族を含む竜族でも仲間を見捨てることはタブーに近い。こういう経験は普通、かなりメンタルに来るはずだというのは全種族共通の認識だったりする。
「喜んで見捨ててましたね」
ゼーグも牙をちらっと見せていた。
竜族は感情が判りにくいと思われてるけど、これで意外に表情豊かなんだよね。ちなみに今回の牙を見せるという表情は、人間でいえば眉をしかめたのとほぼ同じになる。
「人格に問題がある、と判断せざるを得ないよ」
道具を下ろしながら言ったのは、ターク先生。
その視線の先にいるのは、野営地の隅の灌木に何とか隠れようとしている勇者君だ。怪我して動くのも辛いはずなのに、体を丸めて怯えた目でこちらを見つめていた。
「何て言ってるのか、教えていただけますか」
勇者君がぶつぶつつぶやいてるのは、日本語だ。自動翻訳の魔法が切れているようで、ターク先生には判らないようである。
「死にたくない、殺さないでくれ、ですね」
「……勝手な奴だな」
小さい声でアーグが言うのも当たり前だと思う。
ペレーに返り討ちされるまで勇者君は俺TUEEE全開で、目につく生き物を嬲り殺しにしていたんだし。同じパーティーの他メンバーを罠に嵌めて弄ぼうとしたり、王国の下級兵士を鍛錬と称してボコボコにしたりと、好き放題やらかしていた。
「他の生き物をなぶり殺すのは平気でも、自分が死ぬのは嫌か」
「そんなものだろうね」
同情はしないけどね。
「ターク先生、どうです?」
「触らせてくれると嬉しいんだがな。傷の様子が見たいんだ」
「こちらで聞いてみますよ。……おい、日本語ならわかるか?」
勇者君が日本語を話せるのは判ってたけど、まずそう聞いてみた。
「死にたくないしにたくないしにたくない……」
「こちらの話が分かるか」
呼びかけている間は、誰も接近させない。黒鱗族の二人は勇者君を警戒、耳長族二人が周辺を警戒し、ターク先生は少し遠ざかっていてもらう。
「やだやだ死にたくない怖い殺さないでお願いしにたくない」
「答えろ!判るか!?」
まあはっきり言って危険人物だからね。
怯えあがってろくな答もできないけど、それだけに何をしでかすか分かったものではない。
「ひぃっ」
「もう一度聞く。こちらの話は分かるか?」
普段より少し低めの大きな声で、威圧を混ぜておく。
「わ、わか、わかる」
「名前を教えろ」
「な、なまえ、うわぁぁぁぁ」
「おちつけ。君の名前を教えてくれ」
頭を抱えて体を丸めた勇者君については、先に保護した二人から高校生だと聞いていた。
「や、やまもと……」
「山本蒼兎瑠、で合っているか?」
実は先に二人から勇者パーティーの情報は得てるからね。
「……にほん、ご」
「そうだ。こちらに攻撃の意思はない、怪我の手当てをさせてくれ」
勇者君が落ち着くまで、20分くらい必要でした。
──────────
「あまり思わしくないな」
涙と鼻水まみれの勇者君を診終わって包帯を変えたりした後、ターク先生がはっきりそう言った。
表情には全く出してないけど。ポーカーフェイスのままなのは、ぐずぐず泣いてる勇者君に気取られないようにだろう。ターク先生は耳長族だから、人間にも簡単に表情が読めちゃうし。
「緊急に送り返してやったほうがいい。血を失いすぎてるし、体力も足りなさすぎる」
治癒魔法を使う時間が短いなと思ったら、そういう事でしたか。
「あれ以上の魔法治療は無理だ。かけ続けたら体力が足りなくて死んでしまう。それに、このままであれば早晩、傷が膿んで死ぬ」
「あちらの医療に賭けるしかない?」
「ああ。間に合えば良いが」
ターク先生、基本的に人が良いです。
「俺も医者じゃないから何とも言えませんが、そういうご判断ならやりますよ」
身綺麗にさせてやる時間もなさそうだ。風呂に入れるわけにもいかないから、仕方ない。
あっちの救急の人ごめんなさい、不潔臭してるけどそのまま送ります。入院した後で洗ってやってください。
「では、準備しましょうかね。あ、勇者君はこっちに寝かせるから」
野営地の真ん中のほうが、送還しやすいからね。
草を踏みつけて平らにしただけの野営地に、持ってきた笹を4本立てて、縄を張る。その前に送還陣を描いた布を敷いて、その上に勇者君を寝かせれば準備完了。勇者君には直接触れないようにする必要があるから、浮遊の魔道具で浮かして棒でつついて移動させてもらう。なお赤牛族の二人は勇者君に可能な限り触れないですむように、場所造りの作業がメイン。
そして黒鱗族二人が怪我人を移動させてくれてる間に、俺は『管理人』召喚陣の準備。このまま返したら勇者君が死体になって到着しかねないから、ちょっと管理人氏に協力させる必要がある。
「じゃ、始めるよ」
護衛4人とターク先生がこちらに背を向けたのを確認して、俺は合図をした。
『世界の管理人』氏は人間を依怙贔屓してるから、竜族や耳長族といった他種族と目があえばろくなことをしない。管理人氏にはちょっとご協力いただかなきゃならない俺としては、集中力を欠かれても困るんだよね。
「我、千別の山守が末裔に、荒ぶる神をば問い掃へと依さし遠つ御祖の神、御照覧あれ」
というわけでまずは呪文開始。
俺の派遣元への一報からです。
平たく言えば「邪神討伐しろって言ってた偉い神様、ちょっと聞いて聞いて」くらいなもん。
実はここ、普通の日本語でも構わないんだけどね。なんというかこれのほうが雰囲気があってお好きだとの事でこうなってます。
文法的に正しいかどうかは俺も知らない。何しろ俺が提案した呼びかけ文の一つだったから、たぶん間違ってるんじゃないかと思うけど、呼ばれてる神様は気にしないらしい。俺としてはなんか承認されちゃったから使うだけ。
肝心なのは呼びかけてる事と、しめ縄で囲った方形の中に魔力を注ぐこと。
「管理者、ちょっと出てこいや」
そして『世界の管理者』氏に対しては雑な対応です。
実はこれで間に合うからね。
『おまえオレを敬う気ねぇのかよ!?』
なんせ管理者氏がこれだし。
しめ縄の囲いの中に出てきたのは、人間の男に見える管理者氏。顔はあんまりわからないけど、この際そこは重要じゃない。
「あるわけないじゃん。とりあえず一人返すから、力よこせ」
『ハァ?オレ管理者だぞ?おめぇより偉いんだよ!』
「うるさいよ邪神堕ち間近の分際で。だいたいさー、おまえの尻ぬぐいしてる俺に感謝のカの字もないような野郎が何言っちゃってんの?頭沸いてんの?」
『るっせぇなオレが管理してんだからオレが好きにしていいんだよ!』
「好きにやってたら邪神になりかかってるくせに」
『てめぇ人間の分際で!』
「人間に尻ぬぐってもらってる奴って、人間以下だって気が付いてないわけ?」
『オレの言うとおりにするのがてめぇの仕事ギャァァァァ!』
あーあ、変なこと言うからうちの神様が怒ったじゃないか。
実はこのしめ縄、管理者氏を閉じ込める目的ももちろんあるんだけど、こっちの世界にうちの神様が出てこられる場を作る目的で張ってもいるんだよね。
あ、管理者氏が焦げてる。
神様何をなさいましたか、いや敢えて教えていただかなくていいですけど、怖いから。
「そろそろさ~、学習しようよ?黙って力を振り絞れ?」
俺の力でも返せるんだけど、今回の返還予定者は重傷者。
責任取ってもらうために、管理者氏の力を削らせてもらいます。重傷者にかかる負担を減らすためには、送り返す力に余裕があったほうがいいからね。
「というわけで、エナジードレインっと」
なんでここだけ英語なんだと言ってはいけません。
単にめんどくさいだけ。余計な仕事ばっかり増やす管理者氏に、丁寧な呪文とか使う気ないし。
とりあえず必要なのは管理者氏を構成してる『力』を俺の手元に引っ張ってくることだからね。
なんか悲鳴をあげてる管理者氏はほっといて、押し戴くように両手を上げる。ふわっと温かい空気が俺を取り巻いた後、両手に少し冷たく感じる『力』がギュンギュン集まってくる。
冷たいのが管理者氏の力だ。集まった力に俺の力を少し混ぜて、変質させて。
「じゃあ山本君、君は帰ろうね」
怪我人が寝てる送還陣を、そっと力で覆ってやる。
優しく強い光が怪我人を覆い、そして消えると、怪我人の姿もなくなっていた。
そしてしめ縄の中にはなんかぐったりした管理者氏。
「もう用は済んだから、帰れよ」
囲いに投入してた力を引き上げると、管理者氏が無粋な悲鳴を上げながら消えて行った。
魔王「邪神に丁寧に対応する必要があるだろうか、いや無い」





