森の生態系は大切です。勇者よりも。
スローライフ(?)の合間の害獣対策とは。
甜菜っぽい野菜の収穫が終われば砂糖工場が稼働するので、人員がそちらに取られることになる。だから収穫時期は調整してあって、比較的寒いところの農作業に人手を必要としなくなるシーズンに収穫できる分しか作っていない。
うちの農場は標高の高い所とそれほどでもない所があるんだけど、標高の高い所だと冬は作物が取れないからね。上はちょうど長野県みたいな感じで冷えるし雪も降るから、ちょっとだけ温かい所に移動してきて工場の作業をしてもらう事になっている。
今しばらくは勇者(笑)対策もあるから俺はずっと低いところに詰めっぱなし。高い所からの報告は受け取るけど、なかなか見に行けない。
仕方ないのでこういう場合は人を派遣するんだけど。
「というわけでオゥウェンに上を見てきてもらうんだけど、君らも行く?」
新規滞在組に声をかけてみた。
上にも管理組織は作ってあるけど、ほったらかすわけにいかないからねえ。ちゃんと気をかけてますよと態度で示す必要があるのです。
「え、いいんですか?」
「うん、君らの隔離期間も終わったし。冬の支度を手伝ってもらうかわりに、見に行って来たらどうかなと」
実は『下』で受け入れて療養してもらうのには、彼らの持ってるかもしれない病気を他の人にうつさせないため、という理由もあるんだよね。
検疫と同じで、しばらく隔離しておいて何もなければ交流可能にするわけ。ここにいるスタッフは、すでにこちらの人間や召喚された被害者との接触経験がある人達で、まあ抵抗力あるでしょって事でこういう場所にいる。
魔法で鑑定する方法もあるにはあるんだけど、実は鑑定の対象外になってる病気もあるからねえ。黒鱗族にとってたまに致命的になる病気なのに、ウロコカビ病なんかはまず引っかかってこない。
とはいえ魔法併用であれば隔離は二週間で済むんだから、短いと言えば短いのかもしれないけど。
「行きます」
即答したのが北島君。
「歩きですよね?」
と、すでに行くつもりで交通手段を確認したのが宮田君。
性格の違いが良く出てます。
「うんにゃ、馬車出すよ。ちゃんとショックアブソーバー付きの奴」
板バネだけだとびよんびよん跳ねるからね。
「おお~」
二人そろって感動してました。
「自動車はまだちょっと厳しくてねー」
緊急車両の数が足りてないから、人間の定期輸送にはまだ使えないんだよねえ。
「え、いいですよ。帰れば乗れるし」
それもそうだね。
──────────
若者二人を見学に送り出したところで、また勇者(笑)対策会議。
まあ進捗聞いて方針決めるだけなんだけど。
「あ~、ようやく半分まで来たねえ」
あいかわらずチンタラしてる勇者(笑)ですが、さすがに標準の倍の時間をかければ途中までは辿り着けた様子です。
そのまま行けば予定通りだったんだけど、例外事項が発生しました。
「脳筋君はかなりダメージ入ってるねえ」
最初は威勢が良かった脳筋勇者君、同じパーティーの剣士君と張り合ってるうちに大型肉食獣の巣穴に特攻して、大怪我しました。
勇者パーティーは勇者・剣士・魔法使い・神官見習いの四人。いずれも性格はオレサマで、自分以外の3人を見下す材料探しに一生懸命。勇者と剣士は似たような猪突猛進タイプだし、魔法使いは他の人間を出し抜く罠を考えるのが大好きで、神官見習いは舌先三寸で他の人間を支配しようとする、ややこしい集団です。
よくもまあ、あんなに性格悪い奴ばっかり集まったもんだ。
「で、ペレーの被害は?」
今回の被害者は、ライオンそっくりなペレーという肉食獣。
冬だけ洞窟に移り住む性質があるんだけど、ペレーの群がいる洞窟に勇者君が乗り込んで行ったんですな。強い肉食獣を倒したら自慢できるし楽しいんじゃないか、というそれだけの理由で、剣持って乗り込んで、幼獣を見つけて斬り殺したのがトラブルの始まり。
近くにいた成獣が急いで帰って、勇者君をボコボコにしてたんだけど、勇者君は何とか逃げ切った。
「幼獣2、成獣2が死亡。幼獣1、成獣3が負傷です。群れとしては全頭が殺されるか、怪我をした状態ですね」
「全滅はしなかったみたいでなによりだけど、痛いなあ」
肉食獣って森の生態系を保つ重要な役割があるからね。むやみに殺されると、草食動物が増えすぎて森がダメージを受ける。
「認識阻害装置は動いてたよね?」
森の道から出ないように、こちらが行きたい場所に行かせるようにするために、森の中には認識阻害装置や誘導装置が仕掛けてあるんだけど。もちろん魔道具で、こちらが行ってほしくない場所には「行きたくなくなる」効果が付与してあります。
「一か所が故障していました。故障個所から幼獣が道に出てしまい、それを追って森に入って洞窟に辿り着いたようです」
「森の中のは強度下げてあるからなあ、裏目に出たな」
人間は森に留まりたくない気分になるフィールドが、森の中を薄くカバーするように張ってあるんだけどね。あまり強くしちゃうと耳長族などの近縁種はいくらか影響を受けることもあるので、人間だけが『なんとなく、ここにいたくない』と恐怖を感じる強度に設定してあります。
道沿いのものはそもそも人間が道から外れないように、強めに設定してあるんだけど。森の中の弱いフィールドでは、動物虐待を楽しんでる殺し屋を止めるには不十分だったということ。
「ペレーの群は保護しよう」
「かしこまりました、それはこちらで担当しても?」
黒鱗族のゼーグが申し出てくれた。
「頼むよ」
森の管理に長けているのは黒鱗族と耳長族。魔道具が多少なりとも耳長族に影響を与えることを考えると、黒鱗族が出るのが一番だろう。
「現時点で勇者どもは動く様子がありません。負傷者を捨てていくよう主張している者はおりますが」
主張してるのは魔法使い君。怪我した奴はもうどうしようもないから置いていくべきだ、と言い張っている様子が動画に映っていた。
「やっぱり、治癒魔法を使う様子はないね」
神官見習い君は未だに浄化魔法だけを使っている。傷が膿む心配は減るけど、治す役には全く立たないんだよなあ、あれ。
「リーシャ殿の仮説が正しいのかもしれませんね」
「ああ、神殿は治癒魔法を持ってないっていう?」
「はい。この期に及んで出し惜しみする理由があるとも思えません」
使用魔力量を考えると現時点ですでに、治癒魔法を使ったほうが良いくらいの魔力を消費してるからねえ。浄化魔法のほうが魔力消費が少ないと言ったって、繰り返し使ってたら節約にならないし。
「治癒はされないという前提に立ってよさそうだね。王国兵士はまだ貼り付いてるか」
勇者君、鎧を引っ剥がされて治療は受けている。原始的な方法で傷を縫って(麻酔使ってなさそうだった)、飲み物とらされて寝てるだけだけど。
「王国兵が離れたら、送還なさいますか」
「勇者君の具合が悪くなるか、王国兵たちが捨てて行ったら、死ぬ前に回収して送還するよ」
彼の冒険はもう、ここまででいいだろうからね。
魔王「のたれ死ぬの嫌でしょ?そろそろお家に帰ろうか?」





