死後婚礼
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「真麻ちゃん、ちょっと結婚してくれないかしら?」
「ふぇっ!?」
その日の朝、突然ママがトンデモナイ事を口走ってくれた。
何の脈絡もなく出てきた言葉に、
夏休み最初の日曜の朝っぱらからする事もなく
リビングのソファーに寝転がってテレビを観てたアタシは、
ものの見事に転がり落ちてしまった。
隣のソファーに座ってゴルフクラブを磨いていたパパも
信じらんないとばかりに、
手からクラブを落としてポカンと間の抜けた顔をしていた。
「ちょっ、ママ? 何言ってんの? アタシまだ17だよっ!?」
慌てて立ち上がると
後ろのダイニングテーブルに腰を下ろし、
お茶をゆっくりすすってるママに抗議の声を上げる。
「そうだぞ由恵。それに何処の馬の骨とも解らん奴に……」
「アナタはちょっと黙ってて」
「はぃ……」
アタシに続けと抗議するパパをママが一言で黙らせる。
相変わらずパパはダメダメだ。
「別に本当に結婚しろって話じゃないの」
「……どういう事?」
「法子大伯母さんの事覚えてる?」
「えっと……」
確かアタシのおじいちゃんのお兄さんのお嫁さんだったかな?
三年だったか四年だったか前に亡くなってた筈だ。
小さかった頃、
お正月の親戚の集まりでお年玉を貰ってた……様な気がする。
「うん、何となくだけど覚えてる。
それで大伯母さんがどうしたの?」
「その大伯母さんの所の姪御さんの次男くんが
今年亡くなったのよ」
それってアタシのおじいちゃんのお兄さんのお嫁さんの……
えぇ〜っと……。
そこまで行くともう誰だかよく解んないや。
ホント「誰それ?」って感じだし、
きっと顔も合わせた事は無いんじゃないかな?
「先々月にママとパパがお葬式に出席したのは覚えてる?」
「うん、それがひょっとしてその次男くん?」
「ひょっとしなくてもそうよ」
「それとアタシに結婚しろって言うのと、どう繋がるワケ?」
全く意味が解んない。
だってお葬式と結婚式って、
真逆に位置する人生の一大イベントってイメージがあるもの。
どこをどうしたらその二つが結び付くのかが解らない。
「どうも姪御さんの旦那さんの生まれた地域では、
『死後婚礼』って言う、古い習わしがあるらしいの」
「『死後婚礼』??」
聞き慣れない単語に首を傾げる。
「なんでも若くして亡くなった未婚の男の人が
死後の世界で幸せになれますようにって祈りを込めて、
簡単な結婚式を挙げるらしいわ。
その花嫁役にってアナタに白羽の矢が立ったのよ」
あんまりピンときてないアタシに、
ママが解り易く説明してくれる。
「そんな役を何でアタシに!?」
「花嫁役には未婚の女性が選ばれるのだけれど、
ウチの親族に年齢的に釣り合いの取れる未婚の娘って
アナタしかいなかったのよ」
「ホントに!?」
「ええ、他に未婚のってなると、
12歳と7歳の娘がいるにはいるけど、
流石にその娘達に花嫁役を任せるのはねぇ……」
ママが頬に手を突いてため息を吐く。
「どう? 引き受けてくれないかしら?」
「ジョーダン!」
アタシは即リプで拒否る。
面倒事に巻き込まれるなんてまっぴらごめんよ。
それに何が悲しくって花も恥らう乙女の初めての結婚を、
何故、縁とゆかりしか無い見ず知らずの男に
捧げなきゃなんないわけ?
ママももうちょっとアタシの事をじっくりと
考えてほしいものよね。
「そう? なら仕方無いわね。
先方も無理を承知でって事で、
謝礼に10万円用意されてたんだけど」
ママは残念そうに呟いて、
テーブルに置いてあったママのスマホに手を掛ける。
何?
お金をチラつかせればアタシが首を縦に振るとでも?
札ビラでほっぺた叩いて
花も恥らう乙女の初めての結婚を、
縁とゆかりしか無い見ず知らずの男に捧げさせようと?
ジョーダンも休み休みにして欲しい。
アタシはママに近付いていって、
スマホに掛けた手を掴む。
「引受させてもらうわ!」
そして月日は過ぎてお盆初日の結婚式当日――。
「ほふぅ……」
姿見を前にして思わず溜息が漏れる。
普段のアタシは髪を明るく染め、肌も日サロで焼いた、
何処にでも居そうなJK風に仕上がった格好をしている。
それが黒く染めた髪を結い上げ角隠しを被り、
肌を白く化粧しておまけに唇に紅まで差して
白無垢で完全武装したその姿は、
思わず「誰だよっ!」ってツッコミ入れちゃいそうな程
完璧な花嫁さんに化けてしまっていた。
「馬子にも衣装とはこの事ね」
後ろでアタシのその変わり様を見ていたママが
思わずと言った感じで言葉を漏らす。
「ママ、それって実の娘に対して何気にヒドくない?」
「何言ってるの。実の娘だからこそよ」
ママの切り返しに
自分でも感じていた事だからつい苦笑してしまう。
パパはと言うと、
さっきから一っ言も喋らず顔を真っ赤にしながら、
いつ買ったのかごっついカメラで
一心不乱に今のアタシの姿を撮っていた。
そうして家族で束の間のまったりタイムを過ごしていると、
障子の向こうから「失礼します」と巫女さんが中に入ってきた。
「式場の準備が整いました。
移動の開始をお願いします」
その言葉に、ママとパパはスッと襟を正し、
アタシも心の中で、とうとう来たかと腹を括った。
その後――。
巫女さんの案内され、
女のアタシよりガリガリに痩せ細った
青白い顔で無理目に微笑む男の人の写った遺影を持った
お義母さん? に軽く挨拶を交わし、
式の開始を固唾を飲んで待った。
そして何処と無く湿っぽい雰囲気を漂わせながら始まった式は、
形だけの結婚式ごっこにも拘わらず割と本格的で、
内心、多少引いたりしながらも恙無く終了する。
漸く全てが終わり、
化粧も衣装も何もかも落として、
何時ものアタシに戻ったその手には待ちに待ってた白い封筒。
中には聞いてた額よりちょっぴり多めの12万円が入っていた。
さ〜て、このお金で一体何を買おうかしら♫
そうして普通なら滅多に体験出来ないひと夏の経験は、
日々の生活の中の一トピックとして埋もれていった。
それから数年後――。
私は新婚旅行でハワイに来ていた。
「ダ〜リン♡」
ソファーに座りシャンパン片手に夜景を楽しんでいた
バスローブ姿の私の旦那さまに、
甘えた声を出しながら後ろから抱きつく。
「何だい? そんな甘えた声出して」
「んふふ〜、何でもない♪」
ニマニマと顔を緩ませながら応える。
私の旦那さまが微笑みながらソファーの隣を手で軽く叩く。
私は回り込んでそこに座るとその腕を絡め取り、
グリグリと身体を押し付けた。
浮かれてる。
馬鹿みたいに浮かれてる。
解ってる。
解っているけど止められない止まらない。
幸せが後から後から止め処なく流れ出る。
愛する旦那さまとの結婚式。
初めてのウェディングドレス。
初めてのヴァージンロード。
初めて愛を誓いあい指輪の交換。
家族と友人が見守る中での誓いのキス。
溢れ出る幸せに溺れ死んでしまいそう!
「あ……」
記憶の奥に埋もれていた、とある記憶が甦る。
「ん? どうした?」
「そう言えば前にも結婚式挙げたな〜って思い出しちゃって……」
「え!?」
「あ! そう言うんじゃ全然なくてっっ」
あらぬ誤解を与える前に慌てて言葉を続ける。
あの17歳の時の夏の日に体験した『死後婚礼』の話を――。
「へー、そんな事があったのか」
「そ。私以外になり手が居ないって、
どうしてもって頼みに頼み込まれて仕方なく……ね」
「ふ〜ん……僕より前にごっこ遊びみたいなもんだとは言え、
真麻と結婚式を挙げた男が居たんだ……何だか悔しいな」
「私の旦那さまはアナタ一人だけよ。バカね」
「フフフ……バカだもの」
おでこを付け合い見詰め合い、軽くキスを交わす。
「私の身も心もアナタだけの物よ?」
「僕の身も心も真麻だけの物さ」
「嘘偽りの無い事をお互いの身体に刻み込みあいましょ」
「ク、フフフ……バカ」
「ウフフ……バカだもの」
キスの合間に言葉を交わす。
そして愛する旦那さまは私の事を抱き上げると
少し乱暴にベッドに下ろした。
旦那さまがバスローブを脱ぎ捨てて
私のバスローブを脱がせる。
私はベッドサイドテーブルのリモコンを操作して
照明を落とし、カーテンを閉める。
指を絡ませ合い旦那さまが私に覆い被さると、
今度は貪るように互いの唇を求め合った。
バンッッ
それは唐突に――。
ベッドが面した壁を強烈に叩くような音。
ビクリと身体を私達は硬直させて音のした壁を見る。
間接照明の薄明かりに浮かび上がる壁は
何事も無かったかのようにそこにある。
「……何だったの?」
「……さあ」
互いに見詰め合う。
ついさっきまでの盛り上がりは鳴りを潜めてしまったが、
愛する者同士の身体と身体がそこにはある。
自然と行為が続けられるのは自明の理であり……。
燻っていた熾火は再び燃え上がり、
私の身体の上を唇が、指が、
慈しむように、焦らすように、
敏感な部分を掠めるように這っていく。
ドンッッ
今度は床が踏み抜くかのように鳴った。
「さっきから一体何なんだっ!?」
行為を邪魔されてイライラが募った旦那さまがベッドから立つ。
…………ナ …………スナ
「フロントに文句を言ってやる!」
旦那さまがズカズカと大股で電話へと向かう。
フワリとカーテンが揺れる。
埋め込み式のガラス窓から風が流れ込む筈はない。
空調かしら?
私はベッドで半身を起こし、
熱り立つ旦那さまの背を見詰めながら
ボンヤリとそんな事を考える。
オ…………スナ ……ヲ……スナ
さっきから耳鳴りのような何かが聞こえる……気がする。
突然、照明が灯り部屋が明るくなったかと思えば、
すぐさま明かりが消えて真っ暗になり、
それが何度も何度も繰り返される。
「何なんだこのホテルは? 欠陥だらけか?」
電話に手を掛けた旦那さまが
イライラと顔を歪ませながらボヤく。
「もしもしフロント?
このホテルは一体全体どうなってるんだ!?
いきなり壁や床で物凄い音がなったかと思えば…っが!!」
今の今まで電話口に向かって
怒りをぶち撒けていた旦那さまが電話を取り落とすと、
急に喉を押さえて苦しみだした。
「くぁ…がふ…ぁ……」
「アナタどうしたの!?」
思ってもみなかった現状に
転がるようにベッドから飛び降りて旦那さまに近寄る。
喉を押さえる指の隙間から
強く圧迫されたような白い肌が覗く。
「アナタしっかりして!!」
必死に息をしようと藻掻く旦那さまに、
どうすれば良いのか解らず
ただオロオロとする私の視界の端で何かが動いた。
オ……ヲ……ナ オ……オン……スナ
私はギチギチと錆びたゼンマイ仕掛けのブリキの玩具ように
ぎこちなく首を動かす。
ベッドの上――。
照明が明滅を繰り返す中、
一枚の真っ白なシーツが盛り上がる。
人の背丈程も盛り上がったそれが、
次の瞬間、私達に向かって踊りかかってきた。
裾をはためかせて迫るそれが、
私達のすぐ目の前でパサリと落ち、
その下から現れたのは、
土気色の肌をしたガリガリにやせ細った男だった。
落ち窪んだ虚のような光の無い目をしたその男は、
私と旦那さまに向かって牙を剥く。
「オレノオンナニテヲダスナァァァァァァッッ!!」
『ハワイ〇〇ホテルにて昨夜未明、
日本国籍の若い男女の変死体が見つかりました。
二人は新婚旅行中と見られ地元警察の協力の下、
事件と事故の両方から捜査が進められるとみて…………』
おしまい。
読了感謝。