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最初の頁



淡く白い靄を引きながら、列車が雪原を走り抜けてゆく。



その中で渡された一冊の本を、困惑したままそうっと開いた。


ページを押さえた自分の指先の頼りなさに、もう一度窓に映る姿を確認してしまう。


そこに映っているのは、不安そうに眉をひそめた髪の長い少女の姿だ。

若鹿のような優美な肢体だが、伸びそうで伸びない身長が、まだ未完成なのだと謳うほの淡い危うさを感じさせる。




「大丈夫だ」



ふと、その声に目線を上げれば、同じボックス席の向かいに座った男が、はっとするぐらいに柔らかな色を目に浮かべて微笑んだ。


じわりと浮かんだのは、安堵感と、なぜだかの喪失感と。



南洋の青緑を基調とした孔雀色の瞳には、瑠璃から燐光の黄緑、水色に菫色、様々な色が万華鏡のように散らばる。


ふと、彼が暗い色味の服を着るのは珍しいと思った。


片側だけ重量のあるケープを足元まで落とし、お伽話の悪い王様のようではないか。




(あれ、この本、手紙が挟まってる………?)



まだ曖昧な意識を小突きながら、まずはこの本を読んでしまおうと開いた最初のページに、白い封筒が挟まっていた。


上質な紙には金の箔押しで小さなシルクハットの絵柄がある。


躊躇いながらまずはそれを広げてみれば、綺麗なカードに文字がびっしり書き連ねてあった。



(………セイへ、あなたの親友より)



窓の向こうの視界の端に、何かの影が過ぎったような気がした。

微かに眉を持ち上げ、それに気付いた目の前の男の唇が意味深い微笑みを浮かべるのを、どこかひやりとした思いでやり過ごす。



今はまだ。

どうか、この手紙を読み終えるまでは。




“私はずっと昔、鹿だった。


マリアという写本を手にして、自分の森を捨てた鹿だった。


それが鹿以外のどんなに気紛れな種族であっても、私達は、自由であることを一番の幸福としていて、そう容易く自分を投げ出しはしない。


そして、私達が、自分らしい生き方と引き換えに手にすることが出来る写本は、生涯ただ一冊だけ。


だからもし、あなたの本を誰かが手にしているのだとしたらどうか、その人のあなたへの深い愛情と執着を疑わないで欲しいの。


写本の管理者の道を選んだ私達は皆、その物語を手に入れることでしか、幸福にはなれないのだから。


だから、あなたがいつか、その執着の愚かしい愛情の深さに気付いてくれることを、心の底から願っているわ”



(これ、……………は?)



謎かけの詩のようで、意味を捉えられない手紙に、セイは眉を顰める。


首を傾げれば長い髪がはらりと肩から胸に零れ落ち、その一筋を、向かいに座った男の綺麗な手が掬いあげるのを、まるで他人事のように息を詰めて見ていた。



髪先に口づけを落とす意味は、どんなものだっただろう。

それは、初対面で成されるにはとても親密なもののような気がした。



「お前の親友に同胞がいるとは、俺も最後の最後で運がいい」




言われている意味がわからず、セイは目を瞠る。



「物語の始まりからずっと、お前はあいつのものだったからな」



知らない人の筈なのに、滲むような鮮やかな眼差しから目が逸らせなくなる。


艶麗な微笑みに隠れるのは悪意にも似たしたたかさと、どうしてそんな顔をするの?と声に出してしまいそうな懐かしさだった。




(………私は、この人を知っている?)




目線を落とした先で、白いカードがかさりと音を立てる。



「………………リリアナ?」



そうだ。

この手紙は、親友から預けられた最後の言葉だった。


一体どうして、そんなに大事なものを自分は忘れてしまっていたのだろう?


学院の教室で笑っていた親友の顔を思い出そうとして、窓の外を流れてゆく景色に違和感を覚える。




(………そう言えばこの列車ってどこに向かっているのだろう?)




「その本を読んでみるといい。まだ、時間は足りうるだけはある」




(これは、私の写本の物語?)




そうして読み始めた物語は、まったく別の世界で暮らした私の物語だった。








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