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螺旋の輪廻  作者:
7/22

06

目が覚めた。


寝ていた?


不味い。早くここから離れないと。


アレに追い付かれる前に。


出来るだけ静かに、出来るだけ早く移動する。


3日間何も食べず、いつ追い付かれるんじゃないかという焦燥感で身体に限界が来てしまったのだろうか。


しかし、この3日間は寝るわけにはいかなかった。寝る暇が在ったらアレとの物理的な距離を離しておきたかった。


歩きながら懐を探る。

軍用の固形食糧だ。

堅く、日持ちがして、不味い。

これを融通してくれた友人の言では比較的マシな部類らしい。


一口大になっているソレを口に含む。

口の中の水分でふやかして食べるのだ。

口中の水分が一気に持っていかれた。


腰に下げた水筒に口を付ける。

一気に飲んでしまいたい気持ちがあるが、グッと我慢する。

ここから先、いつ何処で補給出来るか分からない。


何も考えずに足を動かす。


走る事は出来ない。


この不安定な足場の上で走ればどうなるか。

間違いなく大きな音が出る。

自分が此処に居るぞと宣言しているようなものだ。


もしかしたら、バランスを崩して転がり落ちてしまうかも知れない。

この下がどうなっているのか誰も知らない。

下を覗けば足がすくんでしまうだろう。


後ろを見る。

大丈夫。アレの気配は無い。


何故こうなってしまったのか。

今更後悔した所で意味は無い。


友人達は元気…まだ生きているだろうか。

私に協力したという名目で罰が…酷ければ死が与えられているかもしれない。


彼等の希望を無下にしないためにも役割を果たさなければならないと強く感じる。


第五殻門が見える。


門を警備する機械兵は2体。


背嚢から銃を取り出す。

前時代的な銃だ。友人から譲って貰った。

弾を込め撃鉄を上げ引金を引く。

軽い衝撃が一つ。

機械兵の上半身を吹き飛ばす。赤い血が噴き出す。機械兵が倒れる。まずは一体。

もう一体は何が起きたのか分からず茫然としている。

その横顔は…いい的だった。


第五殻門を抜ける。

自身の認証は使えないため、機械兵の無事な方を使う。

頭を吹き飛ばさないでいて良かった。


何だここは。

聞いた話と違う。


第五殻門を抜けた先、そこは機械兵が溢れていた。


機械兵共は武器を持っていないようだ。

兵科が違うのか?

まぁ、いい。

不必要な戦闘は避けるべきだ。


アレの動向が気になる。


アレはまだ第六殻門の辺りだろうか。

あそこで散々妨害工作をしてきたし、引っ掛かっていてくれれば良いのだが。


足早に機械兵の脇をすり抜ける。


『※※?※※※※※※※!※※※※※※?』


機械兵が何か言っているが、よく分からない。

生憎と自動言語システムは諸々の理由で廃棄してしまった。

それに、コイツらの言語を理解する必要は無い。今の私には関係の無い事だ。


第四殻門は近い。それだけこの第五殻層が狭いという事だ。

それにしても、機械兵が多い。

どうやら私は大通りを抜けようとしているようだ。


あれは…少年型の機械兵…か?何故あのような物を造る必要が…?

上層部の考えている事は分からない。


塔を昇る。

自動昇降機が在ったのは僥倖だ。

流石に420階層も地力で上るには時間が掛かるだろう。


第四殻門に着いた。

ここの門は機械兵共のIDでは開く事は出来ない。

どうするか。

ここぞという時のために持ってきた甲斐があった。

かつての上司…今となっては敵だが…の指を押し付ける。


開いた。

流石は上位権限保持者。指だけでも価値がある。

しかし、ここで使ってしまったこの上司はもう第三殻門では使えないだろう。

最早役目は終わった。指を適当に投げ捨てる。


第三殻層は一面の草原だった。

広大だ。遠くの方に巨大な建造物が見える。


恐らくはあれが第三殻門だろう。

距離感が掴めない。

しかし、ここは隠れる場所が無い。

もし、アレが追い付いてしまったらどうしようもないだろう。


急がなければ。


草原には多数の黒く大きな四足獣が草を食んでいる。

もしや、アレが牛と呼ばれる動物だろうか。

資料で読んだ特徴と一致する。

牛の肉は旨いらしい。

大昔の人間は人工肉ではなく、生の肉を喰っていたと聞く。

信じられない話だ。


何故第三殻層に牛が居るのか。

もしや、此処には牛を飼う人間。資料によると畜産業者と言うようだが、彼等が居るのだろうか。

そもそも、この牛は何のために居るのだろうか。

疑問は尽きない。


まさか齢20を越えて、まだ見ぬ物があるとは、故郷である第十殻層に居た頃には思いもしなかった。


この呑気に草を食んでいる牛を殺せば肉を喰えるのだろうか。


…………いや、そんな時間は無い。

解体の手順も知らないし、動物の解体というものはとかく時間が掛かるという話だ。

アレが来るまでに終わるかどうか怪しい。


ここは先を急ぐべきだろう。



第三殻門が見えてきた。


とてつもなく大きな門の前に小屋があるようだ。

門との対比でとても小さく見える。


『おや、お疲れ様。第二殻層へ戻るんですかい?それなら、ほらそこ。今日は右の扉が開いてますぜ。うん。また明日宜しく』


第二殻層へは驚く程簡単に通れた。


どうやら第三殻層で働く者と間違われたようだ。

運が良かった。

第二殻層は第三殻層で働く者の居住区のようだ。

あちこちに小屋が建っている。


もう少しだ。

急ごう。

足早に第二殻層を後にした。


着いた。

遂に第一殻門だ。

ここを潜れば外に出られる。

そうすれば、自由の身だ。

アレは外には出られない。


門の近くに気配は無い。


最後の門だ。

自身のIDを使う。


開いた。


外に出た。


眼下に広がるは青い空。


これは、海と呼ばれる物だろう。文献によると青く澄んだ色をしているという。

初めて見た。

これが海。これが地球か。


気が付けば涙を流していた。


『やはり此処…か。悪いがここまでだ。お前を外に出す訳にはいかないんでな。帰るぞ…レイヨン』


腕を銃に切り換えつつ振り返る。


遂にアレに…レイジに追い付かれてしまった。

振り向き様に撃つ。…が、やはり無駄だった。


腕から放たれた電磁パルスはレイジの直前で弾かれ虚空へと消えていった。

当たり前か。レイジと私では与えられた権限が違う。


『レイヨン…在るべき場所に帰ろう』


レイジの手が差し出される。

よく見れば人差し指が無い。

奪った指を取り替える暇もなく追ってきたのか。


『…あぁ、お前が私の指をもぎ取って行ったせいで大変だった。これは始末書ものだな』


私はもう帰る事は無い。

これでサヨナラだ。レイジ。


床を思い切り蹴る。

大きな破砕音と共に身体が宙に跳ぶ。


確かにアレは大きな権限を持つが、それだけだ。

アレは今の私と違って武器を持てない。


つまり、アレの手が届かない場所に逃げればどうにでもなるのだ。


お別れだ。レイジ兄さん。また会う日は無いだろうが。


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