責16
…
「…許してやる」
長い無言が落ちたあと
疲れきったとばかりの声
感謝を述べれば
頭をあげろと言われて隣のアコヤが動く気配
目隠しが外される
目を開くも急に明るくなる視界
光が目を貫くように眩しい…暫く景色がにじむ…
次第に人影が…顔が分かる…
殿下に…
…腕組みをして目を瞑ったオニキス
俺…さっきなんて言った…
物音も、扉の開閉音もしなかった
…聞いていたに違いない
サーっと血の気が引いていく
「…殿下、お話が終わったのであれば地下にお戻しください…
まだ、期間は…終わっていない筈です」
怖い
彼処にまた閉じ籠られることに恐怖がない訳じゃない
でも…反省室のほうが今はましに思える
良かった…
オニキスの無事が確認できた。
それがこの殿下の居室で保たれている
それだけで裏切られたと殿下に向けていた怒りも消えていく
信用…して良かったんだと、
やはり重罪にさせるなんて、無かったのだ。
きっとこの状態から察するに…ビショップが来れないのは罰をオニキスから受けているだけだろう。
俺に友と認めさせるために利用したと…
やはり、そして認めればこうして酌量してくれるのかと、
そんな相手に対して信頼が揺らいだことに
自責の念が沸き起こってくる
そう…ほっとした
この二人がこうして同じ空間に座っていることに安心した。
が、そんな風に感じている場合ではない
そんな感傷は今は悠長に浸っている事は避けなければいけない…
目下の回避すべき事象は…
この無事であると願いに願ったオニキスから逃げること
そう、完全に怒らせた…
見たことのないオニキスの雰囲気と様子
対して殿下の満足そうな顔…
目に入ったテーブルには見慣れない湯呑みが2つ
…
俺の隣から移動してそれを片付けるアコヤの手の盆には
見慣れた自身の棗…
まさかとは思ったが状況から見るに熊笹茶を二人とも飲んだのであろう
色々と繰り越したい…
熊笹茶の評論なり
患者云々の先程の発言内容なんてオニキスに掘り起こされたら
…追加で問答されたら…
そんなこっちの気も知らないで
殿下がもう気は済んだとオニキスに言うのが妙に遠くに聞こえる
慈悲もない様だ
腕組みしたまま…
目をゆっくりとあけてこちらに目線を寄越す
何処かの演劇…悪の親玉が登場する場面の効果音が聞こえてくる気がした…
掛けられている、
アコヤの侍従服…上着を右手で掻き寄せる
そう…
そのオニキスの視線から左腕を隠すように思わず体が動いた
「…マルコが許しても、俺は許してない」
目をこちらから離して殿下に向き直るのを見て
やはり一息ついたのが間違いだったと確信する
「全部あいつの責任と言うならばだ。
その傍仕えとマルコに関してはマルコが許すなら解決する…だが同時に俺と俺の侍従も謀られたってことになる」
「理屈はそうなるな」
それならどうする気なんだと
何か考えでもあるのかと言うように喜の感情が駄々漏れの声
それに答えるようにニヤリと笑う悪友
…ここにも兄の卵がいる
オニキスの方が本来幾分緩い筈だが…
「くくっ…反省室の方が温いらしいぞ、俺に怒られるよりも。
逃げようとしてるなら、逃がさない方が罰になるんじゃないかって話だ。規則の原則を曲げることになるが…聞くだけ聞くか?」
「そうだな、聞くだけ聞く」
「…見習いなら、他の主人を経験させることもあるはずだ。
奉公や箔をつけるための通常の慣習とは違うが…
ビショップも簡単に謀られたことで
禁足で反省させるつもりだ…つまりこいつのお陰で俺の侍従は暫くいないも同然の状態になるわけだ」
「では残りの期間、俺の見習いを貸そうか?
…反省もするだろうしな」
分かるだろ、言いたいことは
オニキスの言葉に得てして分かったとばかりの表情をして口を開く殿下から聞こえてくる言葉に寒気がする
仮の主人だと言うことは
本来の…殿下に損にならない限りは従わないといけなくなる
危惧していた事も言い逃れも
無言を貫くことも不可能に近くなるに違いない…
…
そして今ここで俺に拒否権はない
反論の言葉も用意されていない
「期限は?」
「来週のこの時間まで。それでいいか?」
「構わない」
…
是非とも遠慮して断ってくれなんて
…無駄な願いだったことは分かっていた
…
…
それから1週間が地獄だった
初日の半日は殿下の部屋からオニキスの部屋に移動した後は
寝るまでずっと詰問…
…
仕送りなしで、見習いの給与も使った状態なのに
賞金に手をつけない理由は帰省の為の馬車代だと
消耗品の金は今後どうするつもりだったと問われ、ギルドに登録して稼ごうと思っていたと失言
…
今はするつもりはないと弁解するも、では食事はどうするつもりだと質問が変わる
…野草を食べますと、多少は八百屋等でも買い足しますからご心配無くと返せば
次の休日は完全に自由時間なし
…
それが実際の侍従ではあるのだろうが…
食事も自室に下がることは許されず、何故かオニキスに用意され食べ終わるまできっちり確認される
講義も侍従服のまま…
斜め後ろにある自身の席につくこともなく立ちっぱなし
講義内容の書き取りをさせられる
食事も食堂を利用することなく用意され休日同様の措置
…
選択抗議の時間だけは制服姿に着替え出席を許されたが
部屋に帰れば、
基礎講義の復習する仮のその主人の後ろで
書き取った紙を見ながら半場勉強しつつ、教える練習すらさせられる
それが終われば
傷の手当て
…
抜糸以外は自分でさせられた…
勿論指南と手解きはあったが
…命令でなければやりもしない…面倒で仕方ない処置を
一日に何度も繰り返し覚えさせられる
手を抜けばやり直し
湿布代わりのあの痺れる薬草から薬の煎じ方まで…
丸薬などではない
…薬湯だ、作ったものを差し出すも確認してから飲んで良いと返される
侍る為に口直しに水も飲めず
薬草から野草、ハーブまで薬効があるものの知識を詰め込まれたのだ




