責11
「…罷り間違っても"殿下"に飲ませるようなものではない」
「薬のようなものだからか?」
チキンを諦めてナイフを置いて言葉を紡ぐ
諦めたのはチキンだけではないが…と、
…深く息を吐く
「遠征練習の時のことを覚えてますか」
思わず敬語になる
「…覚えているが」
なぜ敬語を使うんだ…と、
そして最近のことをなぜ聞くんだとばかりに
「背の高い藪がありましたね?細長い縁が白い葉の」
「…」
「…それです」
効能がないとは言わない、だから薬草とも言えるが…
実質世間一般の…庶民からしてもそれに対する認識は雑草だ
そう…
材料はそれだ
「あれ…が…茶になるのか?」
「…ご自身の舌で確認すればよろしい」
この後飲むのだろうと
捨て鉢に言えば黙る
…
…
…言葉の選択を間違ったようだ
重い沈黙が横たわった
チキンだ
この際気にしてられるかと
黙々と目の前の食事に集中する
…
そういや多分あいつ昨日の夜からなんも食べてないな
あの側仕えが飲んだなら熊笹茶は飲んだのだろうが…
朝は弱い…布団から離れない
入学してすぐの長期休暇
寮の部屋に迎えに行ったとき布団を引き剥がして起こした記憶…
あの時も目覚ましのために飲み物は口にしたが
出かける前になにか他に食べはしなかった…
ビショップが部屋に報告に来た時間から逆算するに…
どうせ朝も食べていないだろう
…間に合わなかった筈だ。
そして昼も…と
パンをちぎりながらそう頭の片隅で考える
…ビショップは今、役に立たないしな
あ、失念してた
あいつもこのままいけば飯抜きになるな
せめて早く切り上げて…
早く部屋に戻ってやらねば。
事がほぼ何の咎めもなく終息したことは言わないが、
俺の姿くらいは見せてやらないと…
とりあえずは無事であると示してやらねば、流石に可哀想だ
「で?」
「…なんだ」
未だ何かあるのかと…
思考から呼び戻される声に答えれば
「オニキスは飲んだことあるのか?」
そんなことか
「…知識のために」
「どうだった?」
「……」
この後飲むのだろうと言った筈だ
捨て鉢に吐いた、
それで俺の意図は…殿下に伝わった筈だ
飲めば分かるだろうと…
そう喉元まで出掛けた言葉を飲み下す
「飲めはします」
「…そうか」
その辺に生えている草だとは思わなかっただろう
不安やショックでも覚えているのか?
…らしくない力の篭らない言葉
それも当然と言えば当然か
…
今では貴族だって野菜や香草も口にする
だが、土から生えたものに対する意識…下賎の食べ物だと言う昔からの認識は貴族…特に上級貴族には未だ根強く残っている
それに食べると言っても
中でも丁寧に栽培されたもの
…その辺で摘んできたものでは決してない
オリゼの自由が効く時間から考えると…
…練習場に生えてる物だろう
栽培するようなものではないし…したとしても数日で葉が採取できる筈もない…
黙りこくる目の前の"考える人"
それを放置し、
諦めて手放したフォークとナイフを握り直す
静かな中、
無礼講である筈なのに会話もなく
黙々と食べ進める…
そして…
パンも終わりチキンも終わる…
目の前のどの皿にも料理は何もなくなった。
やることもなくなり仕方なく目線を上げれば…
溜め息も漏れる
…
食を進めはしたらしいが、
表情は晴れないままだ
「…飲みたいと言ったのは自分だろ?」
責任は持たない
食事を終えてソファーの肘掛けに寄りかかっているのを見ながら声をかける
俺にそんな姿見せていいのかよと
つい思えば
…問題の茶が来たようだ
そして紅茶も
どちらになさいますかと聞く…
俺には飲まない選択肢もあるようだ、
まあ…熊笹茶を飲めば
紅茶は口直しに自動的に出てくるのだろうが…
するか否かの問い
まあ俺の意思確認に委ねるってことか
一応は客の俺に…
貴族子息の俺に無理矢理それを飲ませるわけもいかない
…そうしないと殿下の立場もあるからな
だが、
同じでいいと告げる
既に殿下の目の前には有無を言わさず、
湯呑みが置かれている…
まあ、俺は飲めないこともないし…
見捨てるわけにはいかないかと思ったのは、
完全に同情心からのものだ。
…恐る恐る口を付けるのを見やりながら
俺の目の前にと置かれた温めのそれを煽り飲む
…
「…感想は?」
出てきた紅茶に口をつけながら
眉間にシワが寄って険しくなっていく表情を眺める
俺より更に少な目に注いだのだろう
何とか飲み終えた様子に声をかければ
「……ぅ…青臭い」
そら見たことか…
間髪入れずに差し出された紅茶を飲んでから殿下が言った台詞は
やはりそんな事だった




