買い物2
むんずとラピスに捕まれたフードが、
この場を去ることを不可能にする…
本当、見かけに…
いや…普段外に見せている柔和で柔らかい印象は
本性とはやはり違うのだと改めて感じる。
…こういうところ、
ラピスの方が侮れない…
硬派で怖いと見られているオニキスの方が実際は情を使って容易に揺さぶれるし…甘い
捕まれた手を
振り払うことなく、この場に留まる
溜め息混じりに立っていればその行動の意図することが分かってくる
二人の会話の内容から…
「ねえ、オニキス?」
「ああ…キャンプ道具とか見るときのオリゼもかなりヤバイからな」
「そうそう…こっちのこと忘れて没頭するよね?」
「確かに。前なんて一時間くらい店から出てこなかったよな、俺ら諦めてお茶して待ってたし」
「…本当、集中すると周り見えなくなるし話しかけても聞こえなくなるよねー?」
「…」
「オリゼ?聞いてるんだけど?」
「エエ…ソノトオリデスネ」
「ね、だからお互い様じゃない?」
「…イヤ、ソレホドデモ?」
片言になるのは…
少し普段とは違う圧力を纏っているラピスのせいだ
だがその聞かれたことに対して
ハイそうですかと同意することは出来かねるな…
お互い様?
違うだろ…
俺は…
確かに例え話し掛けられてもその声が聞こえない程夢中になることもある
学園に来て暫く、
その時は傍仕えも供につけてあの行きつけの店に初めて行ったときはオニキスが言うように長時間滞在した
…そう、一時間程度では済まなかった。
思えばあの時のあいつ、
…考えれば主従関係であれど根気よく付き合ってくれたなと思い出を振り返りながらそう…思いもする
が、ラピス程ではない
こいつは話に集中していても周りの声は聞こえる
…夢中になれる物を目の前にしても、それを聞こえない振りをする余力や警戒感を消しはしない
「まあ…お前ほどじゃないが」
「まだそういうこと言うんだ…オニキス
オリゼの味方、する気なの?」
「…オリゼの方がましだろ、だってラピスのは専門用語でさっぱりだろうが」
「なにそれ!
そっちだって、保存状態やらなんやら意味わからないこと言うじゃないか!」
「はあ?あんなの専門用語じゃないだろ!」
「良く言うよ…
オニキスこそ薬効やら保存状態や品質とか包括して店の人と議論してる…良く分からない所に迄こだわりを発揮するじゃない…
俺だって詳しくない訳じゃないのに聞いていてもさっぱりだよ!」
「あんなの普通だろ!」
「普通?
俺だって必要なら調合位するけど…そこまで考えなくたって"普通"の薬効は得られるよ!」
「俺だって患者に必要な処置をすることもある…
お前だって…」
あのね…
さっき下した評価を変えていいかな?
ラピスもオニキスも…
頭に血がのぼる程ではないが外聞も周囲へ気を配ることもしなくなっている
それはここが
ラピスの家の御用達で、他に客がいないから
そして周りが見えなくなった二人と…
それに付き合わされている俺を察した店員…
多分店主が店先の暖簾を下げるまでは自制していた、
周囲への警戒も少なからずしていた筈のラピスもそれを確認してからは
…気が大きくなっているのだ。
そこまでラピスが外装を、
例え外部の人間が入ってこないことを確認したと言えど…
御用達の店で守秘義務があるのだろう事を考慮に入れてもここまでの振る舞いをしているのは…
かなり珍しい
…あの…
他の店行ってきていいかな?
俺に対する矛先はいつの間にか本格的に二人の言い合いに変わっている…
ここに俺がいる意味は、
足を留まらせた理由は無くなったのだろうし…
フードはいつのまにやら離されてる
それを良いことに…
二人で白熱し始めた様子と注意が逸れている事を鑑みて、
そろりと動き出せば…
「そうは言ってもなラピ…ん、オリゼ?」
「オニキス!お前は…おい、どこ行く気なんだ?」
…ムリデスカ
そうですか…
ここまで俺から注意を反らしていたと言うのに、
入口の扉までたどり着く事無く気付く二人に呆れながらも感心する
「…なに?」
「お前はどっちの味方だ!」
「ねえ、オニキスよりましだよね?」
「いいや、ましとかそういうレベルじゃなくて格段に俺の方が普通だろ?」
…
…仕方なく
振り返って返事を返せば…
会話の議題は変える気はないらしい
巻き込まれるのは御免だと思いながらも、
考えていたことを口にする
「…あのね、俺はそういう二人の一面を結構気に入ってるんだけど?」
「…え」
「オリゼお前…」
家業でなくたって…
己の目指すこと、興味が出てきたことやや研究課題を見つければそれについて解決策や実験をしてより高度で使いやすい物にしようとする。
家の者や人様に言われてやる、
そんな強制力が働かなくたって自身を高みに持っていくことの出来る向上心
自発的な積極性
高く評価してるんだ…
こうして口論になるくらい、
その拘りや自身のレベルは…それこそ"普通"の域を越えていないと
当然だと認識しているからに違いない
各々、
関わっている技術や似通った場面があるから互いのことが理解できる
同時に…専門的な部分やらに関する所と本質は違う…
互いにその点に関してどれ程普通でないかと判断がつくのだ、
己の突き詰めた部分を棚に上げて…
互いのその部分に対する、その熱の入れ込み用が異常であると分かるのだ…
唖然とした顔になっている二人に、
似た者同士だろうと言っても認めないんだろうからと諦めながらも
実は結構尊敬してる…ボソッと付け加えると
今度こそ固まった
「な、なあ…今日のオリゼ変じゃないか?」
「朝も変だったよね?」
「天邪鬼らしくないよな?」
「ツンケンするくらいが普通なのに…」
…失礼な
たまにはそういうことぐらい言う…多分
仲がいいんだか悪いんだか…
今度は互いに言い合っていたのも忘れて、
俺の方に視線をちらちら向けながらこそこそ話始める二人を今度こそ置いていく…
入口付近に立っていた店主、
それに扉を開けてもらって外に出た…
数件先に見える
乱雑に置かれた空瓶の山に向かって進む
やはり勘違いではなかった、
見間違えでなくて良かった…
高級ジャムや酒の入っていた物だろう
少し高いが…
同じ青い色瓶が数個…
口も大きいし、適度な大きさだ
1つ10ルース…
「これ、お願いします」
近寄ってきた店主に山から出して置いた瓶を指差す
ありがとうございますと包んで持ってくる
手に持った荷物を置いて30ルース払う
小銭入れを仕舞って抱え直し…
受け取ろうとするも
…持てない
右手に風呂敷を掴みながら右腕で紙袋を抱えている
左手で持つか…
手を伸ばせば後ろから手が伸びてかっさらわれる
「なにやってる、左腕に負担をかけるな」
「右腕だって全快じゃないでしょ?」
その声と手に驚いて振り返れば、
誰だと警戒したのもつかの間、
見慣れた二人の顔に気が緩んだ…
…
その隙にラピスに紙袋ももぎ取られたのだ
「悪い…」
それぞれ荷物を持ってくれる友人…
何だかんだ優しい…
先程声を荒げてまで言い合いをしていた雰囲気は何処にもない
牛乳はいいや…
この状態を考えれば、
俺に何かを持たせる気は無いことが分かる
だから…ここで買えばこの二人のどちらかの腕の負担が増えるだけだと、
帰ろうと言えば
そうだな、早くこの薬草も試してみたいしな…
だね、俺も軽く鞣して図案おこしたいし…
その二人の言葉に
俺も買ったものを切って乾燥させておきたい…
そんな帰寮への、
三者算用の意見が一致したのだった
楽しかったね
そうだな…また来るか…
そんな二人に続いて歩き出せば
何処からか刺さる視線
確認すれば少し離れた場所に
…侍従の二人ですね
はい…主人にこんな格好させた上に荷物持ちさせてますもんね
ラピスの家の御用達だって表だって訪れる場所ではない、
そう…貴族向けの店じゃないのに、興味持たせてるし…
そりゃあ不服でしょうよ
荷物を持ってもらって…楽な腕
負荷の掛からない傷より背中の方が痛くなりつつも
寮まで帰ってきた
寮監に帰ったと一言いって、
一端二人と共に俺の部屋に向かった
机の上に、紙袋と瓶の包を置いてくれる
「助かった…」
そう言ってそれぞれ腰を落ち着けて暫く、
侍従が紅茶を持って入ってくる
勿論俺にではなくラピスとオニキスに
それはそうだ…
この二人の侍従は買い物の間ずっと付いてきていたのだから帰ってくるタイミングも、
寸分なく把握しているのだから…
仕事が出来るんだなあと、
まだ着替えもしていない自身の姿を見て思う。
侍従…
早着替えにも程があるだろう…
俺が一息ついた間に、
忍ぶ服装から侍従服に着替え身嗜みもそれにあわせて…
紅茶の準備まで完璧にこなす
「買い物一緒にできたし」
「あそこなら普通に会話もできるしな?」
また行こうと盛り上がりながら
満足げに紅茶を飲む二人…
そんな侍従のことを気にもしていない…
軽く見ているのではなくそれが当然だからだ。
俺だって見習いにならなければ、
こんな事まで気付かなかっただろうしな…
だから、さ…
今言わないでくれるかな…?
一緒に買い物出来たとか、
普通に会話できたとか…止めはまた行こうと行った時だった。
去り際にも関わらず、
ルーク達に凄い目で見られたんだけど…?
それも主人に見えない角度で…
「…たまにならいいな」
二人の侍従が出ていってから…
苦笑しながら答えれば、
楽しかっただろ?どうした?とばかりの二人
「頻繁に行こうもんなら、お前らの侍従に殺されるよ」
「ん?…もしかして俺が知らないとこでそんなことしてたの?ルークが?」
「あ?ビショップに言い聞かせるか?」
「…お願いだからやめろ」
口々に己の侍従に言い聞かせると、
…ルークに至ってはそれで済ます事はない。
悪いのは俺の方なのだから、
今回の件でお前らの侍従に責任はない…
気になる視線だけで納めてくれたのは、
貴族子息に対する越権ではあれど、
見習いとしての俺には甘い処置
だから…
あの二人がこいつらから責めを受けることになれば、
…飛び火にしても達が悪すぎるのだ。
それに今後
…俺、使用人通路で鉢合わせた時にどうすればいいんだよ…
既に最悪の心象に心象を重ねた上にそんなこと言ってくれたら困る
挙動が若干おかしくなる俺を見ても
二人してピンと来ない様だ…
普段の察しの良さは何処にいったんだ?
俺は一応見習いだぞ?
あの二人より格下だし貴族同様上下関係厳しい世界だぞ?
と思うも、
実際その身分にならなければ分からないだろうと
想像は出来たとしても、
体感することで理解が深まる所までは納得してくれないだろうと確信はある。
もういい…
とにかくやめろと言い含めてから
追い払うようにそれぞれの部屋に着替えに行かせた




