講義8
「今日も遅いのか?」
漸く笑い終えた二人、
あれだけ遠慮なく笑って気は済んだのだろう…
オニキスが声を掛けてくる
俺が薬の後味も無くなって落ち着いたのに気づいてか…
落ち着きを取り戻し、取り留めもない会話をしていた二人がこちらを向く
選択講義のことを聞いているのだろう…な
「いや、分からない
…まあ、昨日と同じくらいには帰れるとは勝手に思ってはいるが」
「はっきりしないな?」
「暫くしたら大体把握できると思うけど…」
「ああ…独特な教授が多いんだって?選択講義」
オニキスに対する言い訳ではないと、
俺が予測出来ない理由を察したのか…
ラピスが紅茶を飲みつつ聞いてくる
「…多分?」
苦笑しながらも明言を避けて答えれば
納得したようだ…
実際にまだ測りきれていない、
そもそもまだ1講義しか知らないのだから…
「まあいいけど…」
「…部屋の鍵渡しておくから好きにしろ」
これからは
侍従の仕事が増える…
俺の部屋に来るのは構わないが、
都合良く俺が先に在室している事の方が少なくなるかもしれない。
その度に二人を
扉の前で待たせておくわけにもいかないしと、
ラピスに自室のスペアを…鍵を手渡した
「オリゼいいの?」
「いいもなにも昨日だって好き勝手やってただろうが…
後、明明後日の午後は外に出るから待ってなくていい」
いいのと聞きながら
迷いなく受け取ってしまうその様子
流石いい性格してる…
まあ、管理はこいつらの事だ
しっかりしてくれると信頼しているし
好き勝手今までもしてきたのだから状況はほぼ変わらない
「…オリゼ、何処に行く?」
「紙と野菜を買いに」
眉を少し上げて聞いてくるオニキスに、周囲を
…まだ誰も来ていないのを確認して答える
「まだ傷、治ってないのにか?」
「…だから報告してるんだろ」
やはりな…
体調を考えろと言いたかったのだ
「一緒に行くぞ」
「…来てもいいが、外れまでいくんだぞ?」
「だからなんだ」
俺がこの体で長時間外出することを快く思わない、
そんなオニキスの思考が眉間に皺を寄せていく…
それを見ながらやはり付いてくるという答えは変わらないのかと、
溜め息を吐く
俺が貴族向けの城下町中心で買い物を済ませれば良い
それは分かってるが、
そうもいかない…
「まあ、俺も付いていくけど…
ああつまり、オリゼが言いたいのは一緒に来るなら服装に気をつけて従者に守らせてってことかな?」
違う…
そもそも来るなと言いたい
お前もか、ラピス?
てめえらの身になんかあれば困るんだ…
城下町とは言え、外れでは危険度も違う
だからこそ、
天邪鬼で素直でない事を抜いても…一人で行きたい、
俺を心配する気持ちは素直に汲めはしないのだ
まして、
侍従は本来守るべきこの二人を安全に見守る
必要のない場所に、
俺に付き添う為に主人がリスクを負う
影から…
距離もある
護衛の観点から見る限り回避したい筈だ
そして…
主人を危険に晒す俺には守護する侍従は居ないのだから、
更に条件は宜しくない。
ならば…
だからといってルーク達は俺を…
護衛対象から切り離して扱うことは出来ない
…きっと、
危険が迫ったとしてもこいつらは俺を見捨てないからだ。
だから必要ない俺の身の安全も同時に保証しなければならない…
その様に動く筈、
有事の際にはリスクが跳ね上がるとしてもだ。
そして何事もなかったとしても…
本来の業務なはない事をさせられる羽目になるのだ。
俺が同じ立場…どちらか二人の侍従であれば、
間違いなくそんな俺に好感情は微塵も持てず…
主人を思い止まらせるなりして、リスク回避する方策を考えるだろうな
「…お前ら、少しは貴族の自覚あるのか?」
「お前だって貴族だろ」
「オリゼ自身に危険がないって言うの?」
「お前らと俺じゃ立場が違うだろ…
俺には優秀な兄上もいる、それにこの前三男も産まれたしな」
俺だけであれば危険があったって構わない。
お前だって貴族だろとオニキスは言うが、
家としても替えにもならない次男より、将来明るい弟の方がいい…
俺には兄の代わりなど出来ない
そうだ、…帰省ついでにアメジストの鉱石も返さないとな
あれは弟が持つべきだ
「…お前」
「オニキス、貴族ってそんなもんだろ」
三男がいれば、問題ある次男を廃すことは普通だ
嫡男と次男
それに子爵と男爵じゃ全然立場も違う
「…そういうところ、前から変わらないね」
「怒るなよ、ただの事実だ」
そう、まごうことなく事実だ
俺の感情的なものを抜いたって変わりはしない
そう付け加える
「何でそんなこと態々言うんだよお前は」
「だから、怒るな…
"友人"の身を心配する権利はお前らだけじゃなく俺にもある」
怒気が漏れ始めたオニキスに
努めて冷静に答える
言い分としては齟齬はない…
それでも何か言いたそうに口を開き掛けた
それを遮るように席を立つ
「講義棟に向かいますよ」
視界の端に…
入口に人影が見える…
立ち上がりながらアコヤに目配せする
会いたくなかった相手ではあったが、
オニキス達からの詰問から逃げるには良いタイミングだった
…けして嘘じゃない
そして言いたくない台詞
それでもいずれ袂を分かつ時は来る
だけど、
今その言葉を発することなく済んだのは運が良かったと言えよう…
いつか俺を切り捨てるときがくる…
そのしがらみを断ち切る障害…対抗処置を考えさせるようなことは言いたくない。
…こうやって接してくる二人、特にオニキスには
今言ったって聞かないだろうから…
友人としての二人
そして貴族として将来はしっかりと立つ二人
今からだって距離を置くべきだと思う…
出来れば悪友として過ごしていたい…でもそれすら本来は役が重いのだ
それが分かった上で…
此方からも親友として関わり続けているのは…
俺がそう望んでしまっているから。
だから…
この葛藤は…俺の中でずっと消えていない
呆気に取られて口をパクパクさせている
早く立ってくれ…
先に俺が歩くわけにはいかないんだから…
視線で急かせば
漸く立ち上がって歩く二人についていった




