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講義7




目が覚めた…




二度寝

三度寝…

四度寝……


はぁ…欲望のまま

気の済むまで出来たらなあと閉じたい目を開けて…

時計を見れば3時過ぎ…



切実に寝たい

惰眠を貪りたい…


それでも…

温い布団と決別して梯子を降りる

しかし片腕でこの登り降り…面倒だな

すっかり体に力は入るようになってはいるものの、動きにくくて仕方がないのだ

早くこのぐるぐる巻きの期間が終わればいいんだけど…



ぎこちない動きで漸く床まで降りてみれば


ロフトベッド横の壁際…

皺1つない綺麗に畳まれたシャツ

チェストに置かれたそれ、

トウモロコシ粉…棗

…携帯食料のごみ


多分寝てる間に置いてかれたのか…

部屋を改められた際にアコヤに持っていかれていたものだ。

ごみまで丁寧にどうも…

それを屑入れに入れてから机の上の本を取り…

羽織を引っ掛けながら部屋を出た





勿論…9階の給湯室は使わない

二度あることは三度ある…鬼門だ


今はアコヤに会う気分ではない、

回避できるなら回避すべきと

一階の自室に降りて、本をバックに入れ込む

浴衣を脱いで着物に着替える…羽織は同じでいい…




さて、散歩に出るかな…

寮監控室…流石に寝てるだろう。

そのせいもあってか、より一層通路に人の気配もないことも手伝って…

喧騒と迄はいかずとも賑やかな普段の様相とは別世界のような空気

…気が楽で良いなと

人目がなければ身の振りに精神を使う必要もなくて良いのだと

案外早起きも価値がある


そんなことを思いながらも寮の入り口を通り過ぎて外に出る

講義棟とは反対側に足を向けた




少し歩けば平地

その先はすぐに山林様とした練習場だ


一足入れば目当てにしていた1つ


直ぐに見つかるよもぎの群生

…少し奥のものにしよう…食べるし踏まれた可能性も低い、手付かずの方が気分的にも良いからと足を更に奥にと、

分け行っていく





青臭い新緑の匂い

熊笹をかき分けて進む

…肉厚で葉に光沢があるもの

粉茶にして飲めるそうだ…進みながら摘み取る


人が踏み入れていなさそうなそこ

葉は丸みを帯びて裏側はびっしりと白い産毛に覆われているよもぎに

からすのえんどう…

…スープの具材になる

小さな鞘を摘んで…

見れば


小さな小川

屈んで掬い取る…

綺麗だ…やっと昇り始めた朝日に煌めくそれ

こんな風に綺麗な部分だけ掬いとれれば…

そんなものが己にあれば良いのに

切にそう思う


朝露に濡れたドクダミ…

一瞥して何枚か取る…独特の香りが広がるそれと

摘んだ野草をゆすいで立ち上がる





そろそろ帰るか…

時間も寮を出てかなり経ったようだと、

懐中時計を確認の為見れば確信を得る


元来た道を戻る途中…

俺は何をしているんだろうな…と

そんな笑いが込み上げてくる


こんなことしても…

殿下に侍り続ける糧にはならないのに、

仮初めの従者すら務まらないというのに…

俺には特段突出した剣もない、

薬の腕もない、政敵を割り出すことも出来ない


なんのために頑張るのだろう

殿下の益になることはほぼないのにも関わらず…

後5年…

自身が行き長らえる為の知識をつけて…

雑草を食みながら…




そんな暗い思考に囚われながらも体は動かし続ける。

部屋に戻って麻紐でくくって吊るす

乾燥魔方陣はまだ描けない

…選択講義で教授に教えてくれるように急かしてみるか?

教えてくれるかはわからないけれど…

やるだけやってみるものだ。



給湯室で手を洗う…

雑草、いや…野草を採取する時に手に染み付いた緑色の色素を落としきる…

戻って制服に着替え終われば予定調和だ






コンコン

早朝なら良いと言った…

一週間後の話だが、やはり気を使ってくれたらしい


自室に戻ってきてから程無く…

丁度良いタイミング


この時間なら誰もいない筈と俺が考えたことを二人はしっかりと理解して、この時間だろうと見越して来てくれたのだ

扉を開ければオニキスとラピスが…予想通りに待っていた。


何故か目を丸くして…

さては、俺がこんな時間に起きて準備もし終わっていると思ってなかったな?

そんな呆気にとられたという様相に、

少し勝ち誇った気分になる。


俺だって…

退っ引きならない状況下では流石に早起き位はするんだと


さて、朝飯だ。

周囲に誰もいないことを良いことに、

立ち尽くした二人に構わず歩き出した…







ついた食堂はやはりまだ他の人は居ない

さてと、

何を取り分けようかと盆を手にしようとすれば嗜めるように手を叩かれた…


ちっ…オニキスめ

俺の立場もここでは役に立たない…

侍従だからと遠慮出来ない、何も言えない俺を嘲笑うかのようにオニキスが此方を見てニヒルに目を細めて視線を寄越してくる。

そう…人目がないことを良いことに俺は自分の食べるものを

取ることすら出来ないようだ。





持っている盆の皿にオニキスが次々と取り分けた物が増えていく…



ジューシーな粗挽き…ではなく血のソーセージ

鉄分の補給なのか知らんが…あまり好きじゃないそれ


バターが豊富に使われたスクランブルエッグ

…ではなく野菜の多く入ったキッシュ


オニキス…

…俺はバター香るそれにケチャップをたっぷりかけてパンと食べたかった…



ん?

成る程、

嫌いではない…

寧ろ好きな部類でもあるミネストローネの前で止まる

まあ、

好きではあるもののジャガイモのポタージュの方があるのだからそれの方が良いのにと、

熱視線を送るも…

その横にある筈の好物は目に入らないとばかりに完全に無視をされる…


なあ、オニキス?

クルトンを多めに乗せて、その少し香ばしい香りとザクザクとした食感と共に…滑らかな舌触りと濃厚な生クリームの深みを楽しみたいんだけど?



…確かに好きではあるものの

普段食べなくても

たまにはと気分が乗って、よそって食べる量ではない

が、オニキスはそこの遠慮も無いらしい


スープがメインであるかと言うように…選ばれ、注がれた器は大きく、

そしてかなり上まで満たされていく…





お次は、

とオニキスが立ち止まった目の前の料理を見て絶句する


「…オニキス、それは嫌だ」

「あ"?」




思わず口にした意見は勘に障ったのだろうか?


セロリなんて食べたくない…そもそも近づくのも嫌だ

それなのに…

俺の意見を一蹴し、その香りをはなつ凶器を構わずに皿に乗せている…





「相変わらず嫌いなんだね、セロリ」


ほほえましくない…ぞ?

そんな風に笑っている、

後続でオニキスの分まで装っているラピスを睨む

…効果は抜群だ


手が止まることはなく、

皿に盛られていく量は増えていくばかり…



「ラピス?」


「オニキスではオリゼはもっと食べたいみたいだよ?」

「そうか…これじゃあ足りなかったか」


ニヤニヤと二人が共謀する…悪巧みを考えるような笑みに挟まれる


結果、

…セロリの量が二倍になった。

そう、"逆"効果

悪影響という意味で…俺が果敢に拒否権を施行してみた効果は抜群にあったのだ




「…」


…そうですか

そうですか

食べますよ…食べれば良いんでしょう?

主治医様?


嘆息しつつもついていけば…

最後の方で

オリーブオイル漬けのクリームチーズとパンをのせてくれただけましかと、溜め息をついた…






テーブルに置かれたそれを…その誂えられた朝食を立ったまま暫く見下ろす様に眺める

食べないのかと、

そう既に椅子に座って食べ始める二人に促されるまで…



前回とは違い、

量の調整もさせないようにする意図があったのかと…理解する

バランス良くよそわれているのだ


彩りすら申し分無い

仕方ないかと、

…席に座りその緑の物体から片付け始めた




ほぼ噛まずに喉に通す

ただただ…飲み込んでいくと、

噛めと注意が横から飛んでくる…



「…何の当て付けだ、オニキス」

「俺が必要な事だと言ってるんだ、従え」


「横暴にも程がある」


食べているだけましだと思ってくれと…

食べ方迄指導されるのかと、

恨みがましい視線を横に向ければ…



「あのなあ…生理的観点からの指摘だ、

歯で磨り潰して唾液と混ぜ合わせるのが消化吸収を助けることくらい…分かってんだろ?」


正論を叩きつけられた…

よく噛むかどうかで食事の栄養価…その吸収効率にも影響が出ると言われている…

それくらいの知識は俺も持ち合わせているし、

オニキスもそれを知っていて苦言を呈したのだろう…




…ちっ、厳しいな


「オリゼ?」


「ああ…分かってる」


「なら俺に当たるな。

普段から炭水化物ばっかり食べやがって…偏った食生活をしていた自身を恨むんだな」

「つまりは不足分を補うのも含めて…この量は適正だと言いたいのか」


「そうだ。嫌がらせで追加して盛ったのは一口分、

元々それくらい食べさせる気だった」


「…何も態々セロリでなくても…他の野菜でも良かっただろ?」

「並んでる中で目ぼしいものはそれだった、

それだけの話。…オリゼ、まだごねる気か?」


意図せずとも…普段より低い声が出る

それは不機嫌で不満に満ち溢れた物

…オニキスにその感情を向けることは大人げないことも自覚している

それでも口にした


…きっと憎まれ役になると知っていて、

このメニューを俺に宛がったのだから



「いや…従う」


「なら「カロリー計算も概算で出してるんだろ?」…分かってるなら」

「分かってても、

セロリ程苦手なものはない」


分かっているなら…そう続けようとするオニキスに被せるように言葉を紡ぐ

そしてきっと俺は

今、膨れた顔で餓鬼その物の表情を浮かべているだろう


それでも従うのは、

俺を思っての行動だと痛い程理解しているから

この憎まれ役に八つ当たったのは…これを食べるのが嫌だからだけではない。

オニキスが…

大人びた表情で俺の食の進みを窺うから


普段の通りに振る舞っている…

向かい合って座るラピスも何処か心苦しそうに口を開かない。

まさか…バレていないとでも思ってるのか?




本当に、

俺には過ぎた親友達だ


そんな二人から視線を料理に…セロリへと落とし、

フォークを握り直して口に運んだ

…勿論

丸飲みせずに反芻していく


心底逃げ出したい

苦い…

この独特の青臭さが心底嫌いだ

筋張った繊維が歯を軋ませて不快感をより一層増してくれるこの物体は…

何故この世に存在するのだろうか?




「…ふふっ」


そんな…

多分親の敵、そんなもの居ないのだが仮定すればそれを見るような形相でいたのだろう

最後の一口を食んでいれば聞こえる笑い声


苦味に耐えながらも数回噛み、

少し温くなったミネストローネを含み流し込んで目を上げる




「ラピス…」

「…っ、ごめん。あんまりにも面白い顔してたものだから…」


「…あの世に煉獄があるならその一端を体験したみたいなもんだよ」

「ふっ…ふふふ、何それ…

まさかオリゼ、それで上手いこと言ったつもりなの?」



「言い得て妙、だろ?」

「…っふ…いや、そんなに嫌いだったとは知らなかったよ…ふっくく」


大事過ぎるでしょと…

遂には堪えきれないと言わんばかりに、

そんな風に…ただ面白そうに晴れやかに噴き出すように笑い始めた。



目の前の悪友に苦虫を噛み潰したような声が出る

大袈裟ではなくそんなもんなんだから、

仕方がないだろ…


笑い転げるラピスを見ながらも、

それに対して怒りは微塵も湧いてはこない。

理由は分かっている…

一安心した、

俺を笑ったからだ…

あの時から、悪かったと申し訳無いと一歩何処かで退いていた。

そんなラピスが遠慮出来ずに俺を笑ったのだから


他でもない。

傷の為に苦痛を伴って

苦手なセロリを食べている俺を…


俺が傷を負った事でラピスに心的な負担を抱えさせたくない

変に責任感を持たれても、

それは決して俺が望むことではないのだから…






セロリが終われば、

後は消化試合

掻き込む真似をしないように気をつけて食べるだけ…

ただ

予想に反して満腹


総量からすれば普段より少ない様に見えた

ここまで久々に食べた気がすると思えば、

眠気も襲ってくる


噛み殺せない欠伸が…

ふわぁ…

大口を開いて漏れる

このまま寝たら最高だろうな、

お腹一杯でそのまま寝れば幸せになれる


…ふわぁ


二度までも…生理的な涙すら出てくるのだから…





「っ、世話の焼ける患者だ…」


「…だから、優秀な主治医と補佐が付いてくれてんだろ?」


その台詞にラピスから視線を移せば…

涙を拭いながら横を見れば…


肩を揺らして俯いているオニキス、

お前もかブルータス


裏切ったな…

真面目な家業をこなすような顔してたくせに、

結局はおまえも笑うのか…

普段のオニキスに戻って何よりだ

払った犠牲は、

俺のプライドや尊厳は甘味しない事にすれば万事上手く収まった…のかもしれない





「…くくくっ、聞こえなかった…優秀な何だって?」

「ああ、言い忘れてた…それと品行方正な患者だ」


「くくっ…違いない、な

後半の言葉はともかく…前半は合ってるよ…な」




「…オニキス」

「さあ…ふっくくく、なら品行方正な患者さん?

…勿論、食後の薬も飲んでくれるよな?」


一端は収まったラピスの発作

…笑いも再発したようだ…

もう何の気兼ねも此方に向けることはなく、

二人で笑ってる…




失礼な…

飲むには飲むに決まってるだろ?


そんな二人を他所に…

差し出された

丸薬を…

薬包紙が目の前に眉を潜めた。


折角美味しいチーズの香りで口が満たされているのに…

そう思いながらも口に放り込んだ…

少しはこの味にも慣れてきたようだ

最初よりは抵抗感は減った気もするなと…



がぶりと飲んだ水

後味を消すため、更に緑茶で流し込んだ。

これで終いだ…

遂に食べきったと、

まるで戦地を走り切り抜けた後のような達成感と疲れに


今度は

ニヤニヤと笑っている二人に…

隠すこともなく大きな溜め息を漏らして見せた…




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